表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕に回復魔法をください。  作者: シロツメヒトリ
サイドベルの章
38/71

37.「身体診察」

 僕は、まず下着だけになってもらったリリーに、ベッドの上に横になってもらった。

 この世界にはブラジャーはなく、下着とはシャツとカボチャパンツだ。

 僕は、シャツを盛り上げる二つのポッチを気にしないようにしながら、シャツをめくり、リリーのおなかを出した。

 横では、興味津々といった表情で、ミューズとティアが覗き込んでいる。

 正直、やりにくかった。

 僕は、何かを誤魔化すかのように、説明をしながら診察をした。


「出血の原因を調べるために、身体診察は非常に重要だ。

 まず、リリーの体形を見る。

 どちらかというと痩せ形で、腹部は平坦で、張っている様子はない。

 皮膚も黄色い様子はなく、むしろ白すぎるくらいだ」


 ミューズとティアは、ふんふんと聞いている。

 リリーすら、ふんふんと聞いている。

 何なんだろう、この状況は?

 構わず続けるしかないと考えた僕は、リリーの両目をアカンベさせる。


「眼球結膜、つまり、白目の部分が黄色くなっていない。

 ここの部分が、一番、黄疸が早く分かる場所だ。

 黄疸とは、胆汁が体中に溜まってしまった状態のことだ。

 この胆汁が溜まった状態については、後で説明するよ。

 そして、眼瞼結膜、つまり、この目の下の赤い所を見ると、普通の人よりも赤みが少ないと思われる。

 これは、リリーが貧血の状態にあることを意味する。

 さっき、血液をいっぱい吐いたから、状況に合うと思う。

 ただ、脈は速くなく、血圧は保たれている。

 意外と、出血量自体は少量なのかもしれない」


 まとめると、眼球結膜に黄疸なし、眼瞼結膜に貧血あり、頻脈なしということだ。


「胆汁って、肝臓が悪いと身体に溜まってしまうんだ。

 その他、肝臓が悪いと、腹水が溜まっておなかが張ってきたり、皮膚の血管が拡張してメデューサの頭と呼ばれるような様子を示したり、体中がむくんできたりする。

 そして、肝臓が悪いと出血の原因となる。

 肝臓は、とても血管が多く血流が豊富な臓器なんだけど、肝臓が悪くなると硬くなって、肝臓に行くべき血液が、全身の他の場所に溜まってしまうことになる。

 例えば、脾臓に血流が多くなると脾腫になり、皮膚の血管に溜まるとメデューサの頭のようになり、肛門に溜まると痔になったりする。

 そして、その血液が溜まる代表的な場所が食道だ。

 食道というのは口と胃をつなぐ場所のことだけど、ここに血液がたまると、血管が瘤のようにゴリゴリと拡張することになる。

 これを、食道静脈瘤と呼ぶ。

 肝臓が悪い人は、この食道静脈瘤が破裂して、大出血することがあるんだ。

 でも、リリーは幸い黄疸もないし、おなかの張りが少なく腹水が溜まっているような様子もないし、むくみもない。

 食道静脈瘤の破裂は否定的だと思う」


 肝臓が悪くなる、すなわち、肝硬変になると、脾腫、腹水、食道静脈瘤をきたすが、リリーは否定的ということだ。

 肝臓が悪くなる原因は、アルコールの多飲、高度の肥満、肝炎ウイルス、自己免疫性疾患、先天性疾患などだ。

 このうち、先天性疾患以外は、発症するのが中年以降だと考えられるため、そこからも否定的だ。

 ウィルソン病に代表される先天性疾患は、リリーぐらいの年齢では頻度は極めて少ないが考えられるため、出血の原因としては考慮するべきだ。


 ただ、この世界では、もっと頻度が高い原因がある。

 それは、飢餓だ。

 餓鬼と呼ばれる妖怪をご存じだろうか?

 身体はやせ細っているのに、おなかだけが出っ張った子供の妖怪である。

 実は、これは、飢餓状態にある子供の特徴を、そのまま表している。

 医学的には、クワシオルコルと呼ばれる。

 低蛋白質の食生活が長期間続くことにより、肝臓ではアルブミンに代表される血漿蛋白を作れなくなり、血液は水分を保持できなくなって、血管外に水分が漏出し、腹水の原因となる。

 加えて、蛋白質を作れない肝臓は、肝臓で作られる脂肪を肝外に運搬するリポ蛋白質を作れなくなり、肝臓に脂肪が蓄積し、脂肪肝となる。

 意外と思われるかもしれないが、飢餓状態では脂肪肝になるのである。

 この脂肪肝の状態が長く続けば、いずれ肝臓は肝硬変となり、それ自体が腹水の原因となる。

 このため、飢餓状態の人間は、身体がやせ細っているのにおなかだけは大きいという状態になる。

 そして、肝硬変になれば、食道静脈瘤もできるため、吐血をすることもあるだろう。 

 

 そういえば、この世界にメデューサは存在するのだろうか?

 メデューサとは、ギリシア神話に登場する、髪の毛が毒蛇の怪物だ。

 おなかに広がる血管が、このメデューサの頭髪に似ているんじゃないかとの想像からの名称だ。

 正確には、臍周囲の臍傍静脈と呼ばれる血管で、臍を中心に蛇行しながら放射状に腹部に広がる。

 一度見れば忘れない。


「おなかは、痛かった?」


 僕が次の質問をすると、リリーは頷いた。


「今は?」


「うーん、少し、かな」


 痛みは、かなり引けてきたようだ。


「ちょっと、脚を曲げてもらっていいかな?

 おなか、触るよ?

 押すと痛い?」


 僕は、リリーのおなかを、まず打診した。

 鼓音は聞かれず、ガスの貯留は少ないと考えられた。

 そして、リリーの痛いという心窩部以外の場所から圧迫を開始し、その都度、痛いかどうか聞く。

 心窩部、つまり、みぞおちを押すと、ちょっと痛いようであったが、それ以外の場所は痛くないとのことであった。

 そして、おなかは軟らかかった。


 吐血の原因に、胃潰瘍や十二指腸潰瘍といった、消化性潰瘍がある。

 恐らく、頻度としては一番これらが多い。

 これらは、自分の胃や十二指腸の粘膜が、胃酸などにより消化されてしまって起こる。

 血管が破れれば出血する。

 ひどい場合、胃や十二指腸に穴が開く場合もある。

 消化管穿孔という病態だが、これが起こると非常にマズイ。

 なぜマズイか?


 胃や腸の中が、身体の外にあると言ったら、どう思うだろうか?

 そんなことはないと思うだろうか?

 しかし、口の中が身体の外とつながっているのは、誰もが納得されることだと思うし、その口の中は、胃や腸の中とつながっているのだ。

 つまり、胃や腸の中は、身体の外なのである。

 そして、身体の外側には、様々な微生物が存在する。

 胃や腸も例外でない。

 胃は胃酸が多いという、微生物にとっては過酷な環境であるため、限られた種類の微生物しか存在しないが、十二指腸は比較的多くの腸内細菌が生息している。

 だが、いずれも細菌は存在する。

 消化管穿孔とは、胃や十二指腸などに穴が開き、身体の外側と内側が繋がってしまうことだ。

 つまり、無菌である体の中に、胃や十二指腸にいる微生物が、身体に入ってきてしまうということなのである。

 これは重症だ。

 現代日本では、手術を必要とする病態である。

 穴を塞がないと、身体の中と外が繋がっていて、いつまで経っても外から微生物が入ってくるからである。

 手術を行って、早急に穴を塞いでしまう必要がある。


 微生物が身体の中に入ると、なぜいけないか?

 それは、その微生物による感染症を引き起こすからだ。

 消化管穿孔を起こして体内に菌が侵入すると、そこにある腹膜と呼ばれる膜に感染するために起こる、腹膜炎と呼ばれる病態になる。

 この場合、腹部は板状硬と呼ばれる様に、板みたいに硬くなる。

 その他、反跳痛などのような、腹膜刺激症状を起こすのだが、そういった症状もなさそうであった。


 実は、《ヒール》を使えば、消化管穿孔をきたしていても、穴は塞がってしまうのではないかと思われる。

 だが、穴は塞がっても、塞がる前に起きた腹膜炎は良くならない。

 腹部を触診することで腹膜炎がないかどうかを判断し、起きていたら、しかるべき対応をしなければならない。

 放置しておいたら、その人は恐らく死ぬことになるだろう。

 幸い、リリーには腹膜炎を疑う症状はない。

 つまり、消化管穿孔は起こっていなかった可能性が高い。

 僕は、少し安堵して、診察を続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ