38.「エルフ」
「あの商人に捕まるまでの話を聞いていいかな?」
僕が聞くと、リリーは頷いて話し出した。
「わたしは、静かの森の中のエルフの里で暮らしてた。
おばあちゃんと二人で暮らしてた。
お父さんとお母さんは死んじゃったって、おばあちゃんが言ってた。
捕まったのは、1週間くらい前。
おばあちゃんが病気になっちゃったから、薬草を集めに里の外に出ていたの。
森のすぐ近くに、色々な種類の草が生えている草原があって、そこで夢中になって薬草になる草を集めていたの。
だから、周りの状況になんて気付かなかった。
急にあの男に組み伏されて、縛り上げられてしまったの」
話しづらい話題になるのではないかと僕は心配していたが、リリーは特に気にすることもなく、あっけらかんと話している。
あまり深刻な様子ではなさそうなので、安心する。
「1週間前?
意外と最近なんだね?」
僕が聞くと、リリーは頷いた。
「あの男に捕まってからも、大人しくしていたせいか乱暴もあまりされなかったの。
けど、捕まってしばらくしてから、具合が悪くなってきた。
吐き気がしたり、下痢をしてしまったり。
エルフは里を出るなって教えがあるの。
多分、その教えを破ったから、罰が当たったんじゃないかと思う」
リリーは、そう言うと肩を落とした。
エルフは森の奥に住んでいて、めったに人前に姿を現さないと、リックが言っていたっけ。
エルフたち自身にそう言う教えがあり、それを頑なに守っているのだとすれば、納得がいく。
ミューズが解説を入れる。
「エルフの奴隷って珍しいんだ。
エルフ自体が、あまりお目にかからないものだし、エルフには、あまり金銭や名誉に対する欲がないと言われている。
私が会ったことのあるエルフも、そうだった。
エルフが金銭的に困って自分や身内を売るのは考えづらい。
そういう訳だから、エルフの奴隷は、不法に拉致されて売られてしまった者たちばかりなんだ。
逆に言えば、エルフは、あまり市場には出回らない。
エルフは綺麗な容姿をしている者が多いし、奴隷としては人気があるのにも関わらずね。
だから、あの商人も、リリーが高価で売れると踏んで、拉致したんじゃないかな?」
なるほど。
あまり乱暴をしなかったのも、商品価値が落ちるのを懸念してのことだろう。
身体診察をさせてもらったが、明らかな外傷はなさそうだった。
かなり大事に扱われてきたということだ。
おそらく、食事に関することもそうだろう。
毒のあるようなものを、わざわざ大事な商品に与えるはずはない。
今回の病態の原因が分かってきたような気がしてきた。
僕は、さらに問診を続ける。
「そう言えば、リリーって何歳なの?
エルフって、長命だって聞くけど……?」
その割には、両親が既に亡くなっていると言うし、ちょっと矛盾しているような気もした。
その答えは、衝撃的だった。
「わたし、32歳」
「ええっ! 僕と同い年なのか!?」
「えっ!? カナンて30超えてるのか!?」
「詐欺だ! 騙された!?」
ん?
なんだか、違った驚きの声が聞こえてきた気がするぞ?
まあ、それは置いておくとして、リリーの容姿はとても32歳には見えなかった。
むしろ、16歳というミューズやティアよりも、若く見えるくらいだ。
それだけ見れば、エルフが長命の種と言われるのも分かる気がする。
「エルフって、みんな長生きなのかい?」
僕がそう言うと、リリーは首を振った。
「長く生きる人は長く生きるけど、そうでない人はすぐに死んでしまう。
わたしのお父さんやお母さんもそうだった。
おじいちゃんのおばさんは、まだ元気だよ。
今年で96歳だって言ってた」
ふーむ。
長命だが病気に弱い?
二つは両立しないように思われるが……?
「そんなことより、カナンって実はエルフだったのか!?
絶対、年齢を誤魔化しているだろう!?
20代前半かと思っていた!」
ミューズの言に、ティアも、うんうん頷いた。
いやいや。
若く見られるけれど、それは流石に言い過ぎだろう。
「もしかしたら年下かもと思っていたけど、お肌には相応の年齢を感じるね」
ティアが、僕の頬を撫でながら、クスリと笑った。
ちょっと傷付いた。
「僕は、れっきとした人間だよ。
僕の世界の人間と、こちらの世界の人間の定義が同じならばの話だけど」
僕は同じだろうと思っている。
ただ、こちらの世界の寿命は、日本と比べると圧倒的に短いとも思っている。
恐らく、平均寿命は日本の半分以下だろう。
そんな世界では、僕くらいの年齢まで生きられる人間は、あまりいないのではないか?
96歳も、長命だとは思うが、ありえない数字ではない。
ただ、この世界の人にとっては、驚異的な長命だろう。
「そういえば、皆は成人してるの?
僕の国では、20歳で成人なんだけど」
だから僕は、その答えになりそうな問いを発した。
「うーん。わたしは成人したばっかり。
この前、精霊様の所にお祈りに行く儀式をやったの」
「へえ。私も、一応、成人してるぞ?
聖騎士として認められたのが14歳の時だから、その時かな」
「あたしも。
あたしは12歳で一人前として認められたから、その時が成人だと思ってる」
三者三様の答えが返ってくる。
大体、予想通りの答えだった。
そして、この答えで、ある程度、予測が立てられた。
エルフの成長速度は、人間の半分なのではないだろうか?
逆に、だからこそ、寿命が人間の倍になる。
例えば、細胞分裂の速度が、何らかの原因で、人間の半分だったとしよう。
そうすれば、単純に考えれば、寿命は人間の倍になる。
しかし、外傷を負った場合の傷の治りも2倍時間がかかることになり、外傷に限らず、病気を患った場合の治癒までの時間も、人間よりかかってしまうのではないか。
だから、エルフは病弱で、あまり外因の病原物質に触れたくないから、里の外に出ない。
そう考えると、つじつまが合うような気がした。
そして、今回のリリーの病態の正体が分かってきた気がした。




