異世界ケータリング、始めました
新作、公開しました。
どうぞよろしくお願いいたします。
不思議なチラシと強い願いは、少し変わった人々を呼びよせる。
最近、そんな妙な噂が国中に広がっているのだ。
この国には聖女が招かれた。
聖女は大勢の人を救う奇跡の存在、待望の救世主だ。
しかし、それに巻き込まれた者もいる。
望まれずこの世界に舞い落ちた自分は居場所を自分自身で作る必要がある――少なくとも彼女自身はそう思っていた。
おそらくは彼女が過ごしてきた日々、そして彼女の性格ゆえのものだろう。
聖女の妹、橘仁奈は異世界で自分の居場所を作ろうと奮闘中なのだ。
*****
夜になれば、森に光はなにもない。
まだ幼い兄妹は寄り添いながら、森の中を歩き続けた。
「お兄ちゃん、どうしよう……」
泣きながらそういう妹に力強く兄が返事をする。
「大丈夫だ。兄ちゃんがいるんだから!」
しかし、本当は兄も怖くて仕方がないのだ。
妹に不安が伝わらないようにと強がっているが、今にも泣き出したい想いを必死に隠している。
兄妹は共に暮らす祖母が病気で寝込むのを案じ、薬草を探しに森に来た。
本来は兄だけで来たつもりであったのだが、こっそりと妹もついてきてしまったのだ。
なかなか見つからない薬草に焦り、どんどん森の奥深くまで歩いてしまった兄妹。
疲れ果てて、二人は木の根元に座り込む。
兄が深いため息を溢しそうになったとき、ぐうと大きな音が鳴る。
「お腹空いたね」
「……そうだな」
先程、最後の食料を食べてしまい、バッグの中にはなにもない。
だが、妹はごそごそと自分のバッグの中を探る。
まだ何かあったのだろうかと思う兄に妹が差し出したのは一枚の紙だ。
「これを呼んだらどうかな?」
「――お金がないし、そもそもこれには連絡先も何も書いていないぞ」
「そうなんだ……」
文字がまだ読めない妹にはわからなかったのだろう。しょんぼりとし、肩を落とした。
妹を気にかけつつ、兄はその紙をじっと読む。それが不思議な内容であった。
宣伝と紹介を兼ねたチラシなのだろうが、連絡先はおろか、メニューや値段などは何も書いていない。
《異世界ケータリング、始めました!》と大きく書かれており、その下には《心からの願いなら、必ずあなたの元にお届けします》とある。
「願えば来るなんて……そんなわけないのに」
堪えていたため息と共に兄の口から出た言葉、けれど妹は目を輝かせる。
「本当? お願いしたら来てくれるの!?」
「いや、そんなわけない……」
否定しようと思った兄だが、もうすでに妹は手を組み、真剣に祈り出している。
そんな妹の様子に、兄は夜空を見上げた。
どれだけ願っても救いの手が差し伸べられることはない――父母を亡くし、祖母と妹三人で暮らす中で彼が知ったことだ。
自分で動き、努力し、それでも得られないものがこの世界には多すぎる。
「もう! お兄ちゃんも一緒にお願いして!」
「え、俺も?」
兄の言葉に妹は頬を膨らませる。
「当たり前でしょ? 二人一緒の方が願いは届くもん!」
よくわからない理屈だが、妹の真剣な様子に兄もまた手を組み、祈る。
どうか、妹だけでも助けてほしい。妹には美味しいものをお腹いっぱい食べてほしい。これは日々、兄である少年が願っていることだ。
そして、そんな小さな願いさえ、今の日々では叶えることは難しい。
兄は泣きたい気持ちを押さえながら、ひたすら願った――そのときである。
閉じた瞼にもかかわらず、強い光を感じた。
優しく温かい光と共に、「わあっ!」という妹の感嘆の声が聞こえる。
少年が目を開くと、そこには驚きの光景が広がっていた。
「な、なんだ? これ……」
可愛らしいローズピンク色をしているそれは、見たこともない大きな機械だと少年は思った。乗合馬車より遥かに大きく、車輪も巨大だ。
だが、その色合いもあって大きさの割に重厚感よりも、親しみやすさが強い。
おそらくは乗り物ではあろうそれに少年は警戒する。
突然、夜の深い森に現れた奇妙な乗り物――妹を守るように少年が左手で庇う。
「うわっ! すごいね。お願いを聞いてくれたんだよ!」
妹は先程のチラシを抱きしめて嬉しそうに笑う。
「え、これって……」
「お待たせしました! 呼んでくれたのは二人だよね」
ローズピンクの不思議な機械から出てきた、栗色の髪をした少女は親しみやすい笑顔でにこりと笑う。髪の色と同じ瞳はいきいきと輝く。
「異世界ケータリングです。今、料理を作りますね」
そう言って、橘仁奈は再び笑顔を見せた。
*****
不思議なチラシと強い願いは、少し変わった人々を呼びよせる。
最近、そんな妙な噂が国中に広がっているのだ。
これは聖女の話ではない。
姉の聖女召喚に巻き込まれた妹、橘仁奈の物語。
招かれていない彼女が自分の在り方を探す――これはそんな日々の話。
明日、また同じ時間に更新しますね。




