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地獄女神とセクハラ男神 ~国産み神々の少子化対策奮戦記~  作者: クレイジーエンジニア
一組目:二千円札から始まる研究喪女と金運喪男の共有結合
2/2

セクハラ男神と金運税理士と余計な一言【9.5k】

 本格的なゴールデンウイークを明日に控えた夜。楽しみにしていた予定がキャンセルになったので、空いた時間に趣味の動画を収録している俺は。


 鈴木ユタカ 32歳 独身 経理部係長


 俺の動画は、肉声で収録した音声をボイスチェンジャーで加工してCGのキャラクターに喋らせるスタイル。


 郊外の静かな一軒家に住んでいる利点を生かして、自室で音声を収録だ。

 パソコンデスクに鏡と台本を並べてマイクをスタンバイ。


 チャンネル名は【瀬戸際係長の婚活ワールド】

 今日も元気に収録開始。


 ポチッ


「ハーイ。今日も迷える独身女性を導く瀬戸際係長でーす」


 ボイスチェンジャーは使うけど、映える動画にするには肉声も重要。

 人と話す時のように明瞭な発声を心がけて気持ちを込めて台本を読む。


「最近の少子化は問題ですねー。でも、コレの原因も分かっていて、やっぱり元凶は女の高望みなんですねー」


 職業柄電話で話をすることが多いから、喋り方は常に意識している。


「もうね。行き遅れたアラサー女がね。医師とか弁護士とかの高収入な男性を狙うとかね。お笑いですよ。身の程をわきまえろと」


 鏡で自分の表情を確認しながら話すのが有効と職場で教わった。

 だから、動画収録でも仕事中でも実践してる。


「高収入の士業しぎょうの人なんて、34歳の古めのお姉さんなんて相手にしません。当たり前ですよー」


 なんか背後に気配を感じる。

 そして、鏡に人影が映った。俺しか居ないはずなのに。


「本当にー、女の高望みにも困ったものです」


 メイド服を着た死体と、衣褲きぬはかま姿の大男が後ろから俺を見てる!

 こわい! こわい! こわい!


 収録に集中できない。ちょっと収録中断。


 ポチッ


『お主。女の高望みがそんなに気に入らんのか!』


 メイド服を着た死体が話しかけてきた。

 マイク止めるの待っててくれたのか。律儀な死体さんだな。


「えーっと、人外の方とお見受けしますが、どちら様でしょうか」


わらわは、伊邪那美命いざなみのみこと。地獄住まいの女神じゃ。そして、隣のでかいのはセクハラ男神じゃ』

伊邪那岐命いざなぎのみことだ。その呼び方いい加減やめてくれ』


 伊邪那美命いざなみのみこと伊邪那岐命いざなぎのみこと

 女神様の方は地獄だから冥途とかけてメイド服なのかな。

 なんか面白そうな人達だ。動画収録は後回しにして話を聞いてみよう。


「日本神話の国生みの神々ですか。不法侵入してまで俺に一体何用でしょうか」


 メイド死体女神様が崩れかけた顔でクワッとなった。


『女は子を産む時に死ぬこともあるのだぞ。わらわは実際死んだのじゃ。結婚したら漏れなく命賭けを強いられるのだから、命捧げて悔いが無いぐらいのスパダリを望んで何が悪い!』


 死体女神様が熱弁してる。でも結婚って釣り合いだからなぁ。


「女の高望みが過ぎて結婚が減って少子化が進んだら本末転倒じゃないですか?」

『違うのじゃ! 批判とかする前に、男にはそこだけは理解してほしいのじゃ! 死の危険に挑む女は、命を賭ける価値のある男を選びたいのじゃ。わらわなんぞ……。まぁ、その……。そもそもお主、何のためにこんな動画を配信しておるのじゃ?』


 何かを言いかけてやめたようだ。

 まぁ、旦那さんの隣では言えない事なんだろうな。


『お主のチャンネル動画全部見たが、働かない女は無価値とか、専業主婦は甘えとか、三十路リケジョは残念とか。男が結婚から遠ざかるようなモノばかり。少子化が進むではないか』


 女神様。300本近くあるのに全部見てくれたんだ。

 そしてよくぞ聞いてくれた。俺がこのチャンネルを続けている理由。


「俺がモテるためです!」


 死体女神様の目玉がびよーんって感じで飛び出した。


『まさか……。デタラメ情報を拡散してライバルとなる男を婚活市場から遠ざければ自分が有利になると、そんな理屈か?』

「そんな理屈です。非モテがモテるためには市場原理を逆手に取るような戦略も大事です」


 なんといっても、俺は交際歴ナシの喪男。

 中学高校時代は塾だの予備校だの受験だのでいっぱいいっぱいだったし、大学でも勉強でいっぱいいっぱいだった。充実してたし得た物も多かったけど、就職しても喪男のまま勤続10年はちょっと未練だ。


『……少子化が進むようなことをされると、困るんじゃがのう……』

「いやいやいや。あんなデタラメ信じるような男は結婚しない方がいいでしょう。マトモな家庭が築けるとは思えません」


 経理部に配属された当初は、頻繁に仕事に穴を空ける育休明けの子持ち様のフォローに忙殺された。

 その腹いせでこんな動画作り始めちゃったけど、勤続長くなって視点が変わると家事育児仕事の両立を求められるワーキングマザーの過酷さが分かるようになった。

 激務で心身を壊して休職に至る子持ちの女性社員も少なからず見てきた。妻の労務管理すらできない男は家庭を持たない方がいいと思う。


『うーぬ……。分かるような分からんような……。まぁいいか……。わらわは約束を果たすために席を外す。後は頼むぞセクハラ男神』


 死体女神様がげんなりしながら窓から出て行った。

 まぁ、分かってくれたのかな? 面白い女神様だったな。


『あの呼び方やめてほしいのだがな……』


 今まで黙って聞いていた伊邪那岐いざなぎ様がぼやいた。

 この御方もなかなか面白そうだ。


『若造。お主モテないと言ったが、伊邪那美いざなみを論破できる話術で女を口説けば彼女ぐらいできるだろ』


 グサッ


「神様。ちょっと核心突きすぎです。心が折れます」


 会話力を鍛えてもそれができないから喪男なんだよ。


『すまぬ。だが、壁の上の方に飾ってある額縁は税理士の合格証書だろう。そして、賃貸にしては間取りが独特なこの住宅は持ち家ではないのか? 稼ぐ力と持ち家。話術以外にもモテ要素揃ってるだろ』

「資格も取ったし家も買いましたが、まぁ、それでもなかなか難しいんですよ」


 経理部で仕事しながら税理士の勉強をして去年やっと合格した。住宅も貯金で買った持ち家だ。そこそこ大きい企業の正社員で資格手当込みだと手取りも多い。

 だからこそなのか。合コンやお見合いパーティへ行くと、プロフィール知って目を【¥】マークにした無職年上女性に追い回されるから、マトモな出会いに至らない。


『彼女が居ないだけでなく、車も持たず広い部屋もほとんど空っぽ。若いうちから質素倹約をやりすぎるのはどうかと思うぞ。まさかとは思うが、変なさわりでも抱えておるのか?』


 神様なだけあって鋭い。

 確かに俺は非モテ以外にも困ったジンクスを抱えている。


「お金はあるんですが、車も買えないしクレジットカードも使えないんですよ。これって神がかった何かが影響してるんですか?」


 中古車を買おうとしたら、納車整備中に故障が見つかってキャンセルになったことが2回続いた。不吉だからと街中の自動車販売店から出入り禁止にされた。

 クレジットカードを使うと不正利用の誤検知で頻繁に止められる。だからネット通販もサブスクも使えない。

 やむなく買い物は店で現金払い。映画見たいときはバスに乗って映画館まで行く。節約になってるしある意味充実してるけどたまに不便だ。


『お主には金運の神である事代主コトシロヌシの加護が貼り付いておる。だが、あんな不道徳な動画配信なんぞするから、加護が歪んでお金が出るのを邪魔する呪いになっておるようだ』


 確かに昔から金運は良かった。

 でも、お金が貯まっても使えなかったら意味がない。


「恐ろしい呪いですね。もしかして俺が非モテになってるのもこのせいですか?」

『いやそれは関係ないぞ。もうちょっと積極的に女性にアプローチしたらどうだ? 高収入なんだから若い子だって寄って来るだろうに。寄ってくる子から好きなポイントで選べばいいじゃないか。ちなみにお主のフェチズムは何処だ。顔か、胸か、尻か、脚か? 惹かれる部分を見つけたなら誘えばよいのだ。こういうのは男から誘うのが大原則ぞ』


 うわぁ。この神様オッサンだ。


「そういう発言するからセクハラ男神と呼ばれるんですよ」

『こんな楽しい語らいがセクハラ扱いされるなど寂しい時代ぞ。でも今は女はたくさん居るのだ。お主は女を選べるのだ。これは幸せな事なのだぞ。わしだって選べるものなら選びたかった。でも、最初なだけに一択だった。わしは選べなかったのだ!』


 なんか真剣な表情でとんでもない事言い出したよ。

 セクハラ男神様が神話を自らぶっ壊しに行ってる。


「神様。その発言いくらなんでもヤバくないですか?」

『何を。夫婦お互い様じゃ』


「確かに同じ事を考えてたかもしれませんが、女神様は言いかけて止めましたよ。思ったのと口に出したのでは全然違います。仕組みはよくわかりませんが、神様同士なだけに聞かれてるんじゃないですか?」

『…………』


 総務部渉外担当課に交渉術の指導役として元刑事の嘱託しょくたく社員の方が居る。現役時代は反社対応の矢面に立ってたガチなおじいちゃんだけど、その人がいつも言ってた。


【顧客への失言は会社を失う。女への失言は命を失う】


 人間関係において、口から出した言葉の破壊力は絶大だ。

 今の発言は、俺はアウトだと思う。


 セクハラ男神様が青ざめて顔面から冷や汗を流し始めた。

 事態の重大性に気付いたかな。


『そうだな……。そうかもしれんな……。すまぬ。ちょっと行ってくる』


 神様は窓から出て行った。

 まぁ、無事を祈ろう。


 さて、誰も居なくなったから動画の音声収録の続きができる。

 だけど、死体女神様の発言が頭に残ってて気が進まない。


 言われてみれば確かに、妊娠出産は女性にとって命懸けの博打だ。命を捧げる相手を探すと考えると上昇婚への切実なこだわりを責めるのはなんか心苦しい。


 元は子持ち様への腹いせのために始めたチャンネル。デタラメ全開で内容が無駄に過激になってきたし、流石に最近ネタ切れしてきた。

 だから前回は悪いと思いつつ知り合いの話をネタに使ってしまったけど、あれのせいでチャンネルの主張に一貫性が無くなってしまった。それでコメント欄も少し荒れた。


 そもそもよく考えたら、未婚独身で子無しの俺が他人様の結婚観について語る事自体がイタいんじゃないか?

 チャンネルで堂々と今日も迷える独身女性を導くー。とか言ってる俺が迷える喪男。


 イタいな。相当イタいなコレ……。

 なんか申し訳ないし。恥ずかしくなってきた。

 俺、何考えてこんなの作ってたんだろう。


 よし。このチャンネルやめよう。

 収益化もしてない道楽だから失う物は無い。

 常連さんも多少居るけど、垢消し逃亡なんて日常茶飯事だからこんなしょーもないコンテンツなんてすぐ忘れられる。


「やめよう。忘れよう。黒歴史だコレは」


 パソコンデスクに広げた台本を片づけて、収録した音声を削除。

 マイクを外して……。


 家の前に車が停まった音がした。来客かな?


「オマエだったのか! ユタカァァァァ!」


 ドアが開くと同時に知り合いの叫び声。

 次の瞬間部屋に響く激しい衝突音。


「ヨルコか。今日来れたのかよ! 連絡無いから【鈴木の会】は中止になったんだぞ」


 謎の叫びを上げながらジャージ姿で部屋に駆け込んできたのは、同期入社の鈴木ヨルコ。

 同期会の派生で苗字【鈴木】の4人で集まった【鈴木の会】のメンバーだ。


「フフフ。地獄女神様から聞いたわ。まさかアンタが【瀬戸際係長】だったとはね……。前回の動画、私をネタにしたわね……」


 ぎゃぁぁぁぁぁ!

 ヨルコは死体女神様と知り合いだったのか!


 ヤバイ。ネタに使ったのがバレたら大変な事になる。

 ここは、徹底的にごまかすしか!


「サトシとコウジは転勤になるから、今日集まれないの寂しがってたぞ!」


 4月に新事業の中止に伴う事業の再編とそのための大規模な人事異動があった。企画部の鈴木サトシは管理職待遇で子会社出向。営業部の鈴木コウジは支店長に昇進。

 どちらも栄転だけど勤務場所が離れるから気楽に集まれなくなる。


「しらばくれるならアレを見なさい」


 ヨルコが指差す先を見ると、俺の税理士合格証書のど真ん中に金色の何かが突き刺さっていた。


「ぎゃぁぁぁぁ! 俺の合格証書! さっきの轟音はそれか! どうしてくれるんだよ! あれは法律縛りで再発行できないんだぞ!」


 ヨルコの特技はノーモーション豪速投擲。正確無比に凶器を投げる謎スキル。

 新入社員研修で集合した初日、後ろ姿を見て尻がエロいとつい呟いてしまった次の瞬間、貫通ドライバが耳を掠めた。

 研修初日から器物破損とセクハラ発言で2人揃って反省室送りにされたのはしょっぱい思い出だ。


 ソフトボールでピッチャーやってたからとヨルコは言うけど、アレは絶対にソフトボールの技術じゃない。


 そんな凶悪な投擲能力で一体何を投げた?

 額縁を貫通して壁に突き刺さっている、金色に輝く板状の塊。

 まさかあれは……。


【純金地金 500g LBMA規格】


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「一生モノの書類に穴開けたお詫びに、その地金あげるわ」


 お詫びだからって、女から対価も無しに高額金品受け取るのイヤすぎる!

 いや違う。今の相場で一千万円を超えるコレは罠だ。

 特に俺が引っかかったらいけない奴だ。


「受け取れねぇよ! コレは受け取った瞬間に数百万の【贈与税】が課税されちまう! それ以前に、何でこんなモノ持ってるんだよ!」

「入社した時から純金積み立てをしてたのよ。10年来の研究がパァになったウサ晴らしに、ホス〇クラブに行ってシャンパン〇ワー割りたいと思って地金引き出したけど、換金できなくて諦めたの。貴金属投資って難しいのね。失敗だったわ」


 貴金属現物投資には現物株や投資信託の特定口座のような源泉徴収の仕組みが無い。だから売却益を自分で集計して確定申告しないといけない分、素人には難しい所がある。

 だけど、問題はそこじゃない!


「シャ〇パンタワーは割る物じゃねぇ! そしてなんで地金を引き出すんだよ。普通は預かり状態から換金するもんだ。金相場は爆上がりしてるから投資としては大成功してるんだぞ!」

「金塊の現物を見たかったのよ」


 興味本位かい!


「だとしても500gのラージバーはやめようや! 20gとか50gとか小さい地金だって選べただろ!」

「せっかく高比重なのに、小さかったらつまらないじゃない」


 まさか、投げてみたかったのか?


「それなら引き出す前に調べろよ。これ相当厄介なんだぞ」

「後の祭りよ。気が済むまで触ってからスーパーの隅にある貴金属買取コーナーに持ち込んだんだけど、取り扱いを断られて詰んだわ」


 そんな屋台みたいな店舗に持ち込んで、ポンと一千万以上の現金が出てくると本気で思ってたのかコイツ。


 脱税やマネーロンダリング防止の観点から、200万円超える取引は税務署への支払調書の提出が必要になる。取引額が大きい分、精密な真贋鑑定が必要になるから取り扱いできる場所は限られる。

 それに、売却益にかかる所得税は自分で申告が必要だ。相場的に価値は買値の2倍ぐらいだから売却益は控除枠から余裕ではみ出す。支払調書は税務署に行ってるから、申告しないと税務調査が来る。

 確定申告して高い税金払ったなら、売却益がその年の所得に加算されるから、給与所得者の場合翌年の市民税が増えたりする。

 だから控除の範囲内に収まるように預かり状態から小出しに換金するのが大原則だ。


 それなのに、興味本位で500gのラージバー引き出したりして。

 台無しだよ。それだけでいろいろ詰んでくる。


 しかも壁に突き刺さってるから確実に変形してるだろ。

 破損地金になると換金ハードルがまた上がるんだぞ。


「コレどちらにしろ再鋳込リメルティング必要だから、ついでに小さい地金に分割して毎年の控除の範囲に収まるように小分けに換金したほうがいいな。でも手間もお金もかかるから、今すぐ多額の現金が入用でないなら一旦換金諦めて長期保有したほうが無難だぞ」

「引き出す前に貯金で重量不足分買い増ししたのと給料日前に車検もあるから、使える現金がもう無いの。米もおからも尽きちゃって断食二日目よ。空腹でイライラが止まらないわ」


 もうね。フィナンシャルプランナー有資格者として一言いたい。


「高収入の癖に資金難で食費削るとか、どこのNI〇A難民だよ! 投資は余剰資金でやるのが鉄則だろ! それに社会人としてクレジットカード1枚ぐらいは持っておけって俺言ったよな!」

「それも今更よ。でもこの地金を置いて帰るだけでアンタのキャリアをぶっ壊せるわ。税務署に密告すれば税務調査が来るわよね。脱税の容疑がかかった時点で税理士としては終わりなんでしょ? 人の挫折を笑いのネタにしたアンタを同じ目に遭わせて笑ってやるわ」


 ぎゃぁぁぁぁぁぁ!

 俺のキャリアをピンポイントで破壊にかかっている!


「専門家なら正直に確定申告する事ね。まぁ、地金の製造番号明記した盗難届が出されてるかもしれないけど」


 うわぁぁぁぁぁぁ!

 隠し持っていたら脱税、申告したら窃盗。恐怖の二重トラップ。


 ちょっと齧った知識だけで専門家の俺が社会的に詰む罠を即席で考えたのか。

 これが無理と言われてた研究を一人で完成させた地頭の応用力か。


 企画部と開発部と製造部が争奪戦をするわけだ。

 研究終了でフリーになったヨルコの次の配属先を巡って役員会で乱闘が発生。

 職場の闇からヨルコを守るため、社長が自宅待機指令を出したと部長からこっそり聞いた。


「断固として受け取りを拒否します! お願いだからお持ち帰りください!」


 今夜ヨルコを手ぶらで帰すわけにはいかない!


「アンタ専門家でしょ。私に頼らず生き残る方法を考えてみなさい」


 えーっと、地金を置き去りにされても俺が詰まない方法……。

 この厄介な金地金の存在を課税対象から外すには……。そうか! 俺の合格証書を純金地金で破損しているのは確かだから。


「器物破損事件として被害届を出して、地金を犯行に使われた証拠品として警察に提出すれば!」

「私を訴えるのね。法的には正解よ。でもそれしたら報復として【瀬戸際係長】の正体を社内で拡散してあげるわ。女の人生子無しで死んだらカスだって? 女性社員からどんな扱い受けるか楽しみねぇ」

「どぎゃぁぁぁぁぁ! 俺があんなの作っていたのが職場にバレたら何もかも終わっちまう!」


 ヨルコが薄笑いを浮かべながら、ジャージのポケットからスマホを出した。


「自白を録音したわ。動画消しても無駄よ。全部記録してあるから」


 ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ! もうヨルコなしでは俺は生き残れないぃぃぃぃ!


「ごめんなさい! 俺が間違ってました! 調子乗ってました!」

「謝って済むなら警察も税理士もいらないの! 面と向かって言えないような内容を発信したらダメでしょ! 消せない記録が残る分対面で言うより危ないって今なら小学校で学ぶ事よ! 最初に特定したのが私じゃなかったらどうなってたと思うの? それで信用で商売する士業しぎょうを目指すなんて意味不明甚だしいわ! 一体何を勉強して試験に合格したの? 初対面の時からそうだったけど優秀なのに失言一発で自滅する癖いい加減直しなさいよ! メンバー4人の中での最大の心配要素よ!」


 説教とあわせて心配されてるよ。

 前から思ってたけど、会社勤めさせておくのが勿体ないぐらいに良妻賢母として完璧な女だよ。

 でも、言っておきたいことはある。


「4人の中で一番の心配要素は俺じゃねぇオマエだ! セクハラ発言に殺人未遂はやりすぎだし、研究でも、装置の耐圧が足りないからって安全装置外したり、自動化設備が無いからって60時間ワンオペ無休憩で反応経過観察したりと無茶苦茶したと聞いたぞ! しまいにゃ失敗の腹いせに地金を売ってホストク〇ブだと? 本当にやったら破滅だ税金ナメんな! それで換金失敗して食費尽きて独りで断食2日とか、なんでそうなるんだよ! 困ったときは人を頼れよ。いつも一人で抱え込んで無茶しすぎだ! 俺達はいつも近くに居ただろ! いくら頑丈でも女なんだからもっと自分を大事にしろ! オマエは本当にもう若くないんだぞ!」


 ヨルコがジャージのポケットから何かを出した。


「失言癖を直しなさいと、たった今言ったところよ。アンタは耳から伝えても届かないみたいだから、眼窩から撃ち込んで頭蓋内に届けてあげるわ。耳から脳漿を噴き出しながら受け取りなさい。もう1本あれば住宅ローンを残さずに地獄に逝けるわよね」


 金地金、もう1本持ってるのかよ!

 どんだけ貴金属投資に全振りしてたんだ。


「ローンは無いし残す相手も居ないから厄介な地金はノーサンキューです! お持ち帰りください!」

「遠慮しないで。アンタの稼ぎでローン無しでこんな家が買えるわけないでしょ」


 同じ会社の同期だから年収もバレてるか。

 でも、不動産価格は時価だ。

 金地金1kg持ってるヨルコほど無理はしてないぞ。


「この家は競売で落札して自力で登記したから、リフォーム込みでも新築の2割ぐらいだ。ローンもないし、貯金も残ってる」


 訳あり物件だったから占有者の退居交渉は地〇士の修羅の世界に片脚突っ込んでしまって大変だったけど、渉外対応課の先生から教わった技術を活用して円満解決で引き渡しを受けた。

 登記手続きは司法書士の範疇だから税理士目指す俺は専門外だけど、別種の士業の業務を学ぶいい機会だから全部自力でがんばった。本当にいい勉強になった。


「外装綺麗だけど中古住宅だったのね。でも1階全体で1Kの間取りってどうなの? 2階はどうなってるか知らないけど、まるで未完成住宅よ」

「間取りと内装は実際未完成なんだ。間取りは後から作れるし一人暮らしなら1Kのほうが便利だからな。2階も空っぽだけど上にはヨルコの好きな屋根裏部屋があるぞ」


 この住宅は建屋骨格と内部構造を分けているSIスケルトン・インフィル構造だから、間取りや内装はライフスタイルに合わせて柔軟に変えることができる。だから、家族に合わせて間取りを決めるんだ。


「それにこの家駐車場が無いじゃない。マイカー路駐はマズいでしょ。一生車買う気ないの?」

「隣の荒れ地もこの住宅の敷地だ。そこを整地すれば駐車場にできる」


 元は畑でこっちも広い。全部駐車場にすれば6台は停められる。


「分かってる? アンタと違って私は院卒だから34歳の崖下年齢よ。本当に若くないの。高〇出産待ったなしなのよ」

「俺だって瀬戸際だ。一生独身はイヤだけど40代前半までに独立したいと逆算したらもう時間が無い」


 俺もう32歳。税理士として独立して開業する夢はあるけど、妻が妊娠出産育児で一番厳しい時期にスタートアップとの同時進行は無謀だ。

 長子が小学校に入るまで待つと考えて逆算すると時間は残り少ない。資格取得と資金確保は計画内だったけど、争奪戦の長期化が誤算だった。


 ヨルコが獲物を見る目で俺を睨んでいる。


 そうだ。ライフプランの前に眼前の命の危機をなんとかしないと。

 ヨルコのノーモーション豪速投擲は俺の運動神経じゃ回避できない。

 ダッシュで逃げようにも、背中を見せたら後頭部を撃ち抜かれる。


 俺、絶体絶命!


『若造よ。女を怒らせるからこういう目に遭うのだぞ』


 全身ズタボロ顔面ボッコボコになった伊邪那岐いざなぎ様が現れた。

 やっぱり死体女神様にシバかれたのか。


「セクハラ男神様! 今頼んでも全く頼りになる気がしませんがもう神頼みしかないのでどうかお助け下さい!」

『その呼び名で助けを求めるとはいい度胸だ若造。だが、神頼みはタダじゃないぞ。金運の加護持ちなら分かるだろ』


 それもそうか。


伊邪那岐いざなぎ様。初穂料はつほりょうです、お納めください」


【2千円札】


『よかろう。ならば、返礼としてこれを渡そう』


須佐之男すさのお印 利害の一致した適齢期の男女がサシで宅飲みしたら勢いで一線を越えて新たな生命が爆誕し人生の新境地に到達してしまうぐらいアブナイ八塩折之酒やしおりのさけ ※命中率増強作用付き】


「夜通し酒盛りするぞヨルコォォォォ!」

「上等だぁ! ヤッてみろユタカァァァァ!」


 リーン ゴーン


………………

…………

……


 3ヵ月後、ユタカとヨルコはささやかな挙式を挙げて入籍した。

 【授かり婚】(安定期)だった。


 会社からの御祝儀と寿退職するヨルコの退職金は社長の指示により大盛りに盛られたそうな。


 めでたしめでたし。

●オマケ解説●

 34歳の崖下年齢喪独女が高〇出産を回避するための最終手段【神級最低(ワンナイト)プロポーズ】。


 八塩折之酒やしおりのさけ須佐之男命スサノオノミコト八岐大蛇ヤマタノオロチを討伐する時に使ったお酒。

 怪獣を酩酊させるほどの神酒の力で金のイオン化の如く高い活性化エネルギーをぶち抜いて、EUV(極端紫外線)光子フォトンでも外れない強固な結合に至りました。


 会社勤めさせておくのが勿体ないと認められた素質と長い社会人生活の経験値は、良妻賢母として夫を鍛えて家庭を牛耳る力となるでしょう。


※ポイントクレクレ記述

 出社が安定しないワーキングマザーの仕事の穴埋めストレスから不道徳な動画の配信を始めてしまう喪男の怨嗟がひどいと思った育児経験のある女性社員が居たら、【ひどい】の証として★1評価をブチこんでもらえると、作者は産休とか育休とかいう制度自体が育児ナメとるとある種の経験論を述べつつ、時代が変われども男には自分の収入だけで家族を養うという漢気が欲しいよねと理想を語ります。


 ひどい。ひどい。ひどいは最高の誉め言葉!

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― 新着の感想 ―
面白いと思うんだけど 何故か感情移入が出来無いのが不思議 池や川に片足突っ込んで 深さ速さを見て試しているよう あっ、何か下のモノと目が合ったような ((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル
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