地獄女神と三十路リケジョの栄光と挫折【6.0k】
桜が散って新年度も落ち着いてきた4月末。
職場から無期限の自宅待機を命じられて早めのゴールデンウイークに入ってしまい、借り上げ社宅にて一人で節約メニューな夕食を食べる私は。
鈴木ヨルコ 34歳 独身
院卒でそこそこ大きい企業に新卒入社。
研究部門に配属されてから10年。がむしゃらに働いて気付けばこの年齢。
いろいろ思うところはあるけれど、心を落ち着けるためにタブレットPCでお気に入りの動画チャンネルを見る。
やった。新作配信されてた。
ポチッ
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【瀬戸際係長の婚活ワールド】 ジャジャーン
ハーイ。今日も迷える独身女性を導く瀬戸際係長でーす。
男女平等の令和の時代。専業主婦なんてあり得ない。職歴も稼ぎも無い女は若くても美人でも非モテになります。
男に選ばれるのは稼ぐ力のある女。産休育休制度が整備されている今の日本で、妊娠出産を理由に退職を望む女は甘えています。
その制度が使えないような小さい会社だったり、派遣やパートで働いている時点でもう敗者確定なんです。今選ばれるのは、大企業の正社員の女性だけ。仕事を頑張る女性だけが、婚活市場で戦えるのです。
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そうよね。そうよね。
私頑張ってるわよね。いつか報われるよね。
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まぁーだからと言って、会社の中で男並みに仕事できるかっていうとそれも難しいんですねー。法律縛りあるから企業は仕方なく女性を雇うけど、本音では男だけ欲しいとー。
係長の知り合いでも居ましたよー。リケジョとか持ち上げられて調子乗って貴重な20代を研究に費やして三十路になったけど、研究って報われない事の方が多いんですねー。
同期入社の事務員さんはとっくに母親になってて、お子さんもう小学生なのに。仕事に費やした時間がパァになったらもう完全に【職場の闇】。
手に負えないの。ハッハッハッ。
働く必要はあるけれど、女の人生は子無しで死んだらカスなんですよー。
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えーっ! いつもと言ってること違うじゃない!
なんかタイムリーにえらく刺さるし。
コメントで苦情入れてやる。
『何が言いたいか分からん動画じゃのう。まぁ、最後の一言は同意できるがな』
「誰!?」
背後から声が聞こえたから振り向いたら、紫色のメイド服を着用した腐りかけの死体が立っていた。
「いや、本当に誰よ!」
『妾は伊邪那美命。地獄住まいの女神じゃ』
えーっと、誰だっけ。日本神話に出てくる日本の神様で、日本を作ったとされる神のー柱。手に持っている長い棒があの有名な天沼矛かな。
地獄だから冥途とかけてメイド服なのかはツッコまないけど、聞いてみたいことがある。
「地獄女神様なら、この動画の配信者とか特定できませんか? 直接苦情を入れたいです」
『うーむ。妾もどんな奴だか気になるからな。不法侵入ぐらいしかできんが、もし見つけたら連絡しよう』
不法侵入の自覚はあるんだ。
「そして、国産みの神様が一体何用ですか?」
『よくぞ聞いてくれた。国産みの神として現在の日本を憂いておるのじゃ。経済的に豊かでも出生率で紛争地帯にすら負けておるようでは国としては失敗作ぞ』
「そんなこと私に言われましても……」
『何を他人事のように言っておるか! 子を授かる力を持つ女に産まれながらも、その歳になるまで独身子無しとはお主何をしておったのだ。真っ当に生きた同世代の女は既に小学生の子供が居る歳ぞ』
なんかひどい事言われてる気がするけど、何してたか正直に答えよう。
「えーっと、研究部門に配属されて、与えられたテーマの研究を10年続けてました。化学反応の触媒の研究なんですがね。メンバー実質一人で当時残業規制も甘かったから、実験室の隅で毎日朝から晩まで実験とかがんばりました」
『どんな分野であろうと、新技術なぞ実用化されても数年で陳腐化して消える物だろうに。それで仕事でお主は何を得たのだ』
研究は大成功だったんだけどねぇ……。
「特許を出願してそれを基にした新事業の準備をしている時に、競合大手が同じ内容を私達より3日先に出願していたことが発覚して全部パァになりました」
『……その10年を結婚と育児に捧げておれば、手元にかけがえのない宝物が残っておったろうに。そうまでして得た会社での立場に何の価値があるのだ』
会社の今の立場ねぇ……。
「新技術のニュースリリースと併せて、リケジョの快挙ってことでリクルート活動用の媒体に出演する予定だったんですね。インタビュー記事とか動画とか。地味顔だけど収録の時メイクさんと照明さんが頑張ってくれて映える動画になったけど。全部封印されました」
『よいのじゃ。よいのじゃ。リケジョなんぞ流行ったらまた出生率が下がる。結果はどうあれ、仕事は果たしたのだから社長だってぞんざいに扱えまい』
社長からの扱いねぇ……。
「特許の明細書完成していざ出願という時に、技術畑出身の社長が請求項を工夫して権利範囲を広げる検討しろって言いだしたんですね。結局何も変わらなかったんですが、それで出願が1週間遅れたという事がありまして。そのせいなのか社長も役員も目を合わせてくれません。そして、事業中止に関する処理が一通り片付いた今日には緘口令とあわせて自宅待機指令を頂いて一足先にゴールデンウィークに入りました」
『なんと……。社長のせいで出願が遅れて成果が無駄になったのか。それで、会社からも実質追い出されたと……』
「いえ、成果が無駄になったわけじゃないですよ」
『なんと。特許で先を越されても何か打開策があるのか?』
特許には発明者の氏名が記載されるから、同じ会社、同じ発明者が関与した複数の特許を照合すれば発明に関連した研究の人員体制が把握できる。
先行された特許群の調査から判明した競合相手の研究チームは、総勢22名でそのうち13名が技術士資格を持つベテラン。
私が実験室の隅で10年間孤独な試行錯誤で研究していたのに対し、競合相手は戦略的経営判断に基づいて人的資源と物量を集中投入し、4年で研究を実用化レベルまで完成させた。
そして、周辺技術を網羅する形で5報の特許を同時出願してる。私の発明した技術は、相手の特許網の中のごく一部だ。
要素技術の特許ひとつ先行したところで、こんな相手と同じ市場で戦えば惨敗と撤退は確実だ。
私がこの会社に入社してもしなくても、この結果は変わらない。
「私の10年は最初から全部無駄だったんです」
地獄女神様が崩れかけた顔でポカーンとした。
『……あー……えらく質素な生活をしておるようだが、成果が無くても給与は貰っておるのだろう。独り身でも食事ぐらいは豪華にしたらどうじゃ』
「投資に失敗しちゃって手元の現金が乏しいんです。なのにゴールデンウイークとその後に車検も控えているからしばらく貧乏生活ですよ」
節約生活のタンパク源としてはおからがとても優秀。
冷蔵庫の中身を無駄なく使って乗り切ろう。
『おい伊邪那美』
『なんじゃセクハラ男神』
衣褲姿の大男が窓から入ってきて地獄女神様に呼びかけた。
『伊邪那岐命だ。その呼び方いい加減やめてくれ。戦後世代は日本神話を学んでない者が多数派なんだから本当に誤解される』
地獄女神様の旦那さんか。セクハラって一体何したんだろう。
『誤解ではなかろう。覗き行為は現代社会でも立派なセクハラだ。そして呼んでも無いのに仕事中に何用ぞ』
『ああ、黄泉醜女達からヨルコ殿宛てに手紙を預かったのだ』
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黄泉醜女Tai招待状
子を成す力を持ち産まれながらもその意味を理解せずに生きた残念な人生感を絶賛し、地獄軍隊【黄泉醜女Tai】への入隊を許可します。
女として生きた時間の全てにおいて男に選ばれなかった怨嗟を余すところなく発揮し、私達の【地獄】をより【地獄】らしくするために共に戦いましょう。
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何この手紙。地獄に軍隊あるの? 一体何と戦ってるの?
『このセクハラ男神が! せっかく仕事が順調なのに水を差すようなモノ持ってくるでないわ!』
伊邪那岐様は追い返されちゃったけど、仕事が順調って何のこと?
あっ。そうか。もしかして……。
「伊邪那美様。私、黄泉醜女Taiに志願します。10年来の努力がパァになって会社にも居づらくなったので未練ありません。今なら地獄を血染めにする怨嗟が出せます」
『違うのじゃ! 妾は少子化対策がしたいのじゃ! 石長比売の加護を受けたお主なら高齢出産でも3人ぐらいなら産めるはずじゃ!』
ぶちっ☆
…………
『いきなり何をするのじゃ! 人間だったら死んでおったぞ!』
「死体の神様なら問題ないでしょ。でもその姿実体じゃなかったのね」
+2号150mmの電工ドライバーをメイド死体の伊邪那美様の右眼窩に投げつけてやった。
スカッと通り抜けて壁に刺さったけど、地獄女神様は腰を抜かしたから視覚的な効果はあったみたい。とりあえず手元の工具箱から次のドライバーを出す。
『ノーモーションで眼窩を正確に狙って凶器を投げるとは恐ろしい。お主一体何者ぞ。そして何がそんなに気に入らんのじゃ。黄泉醜女Taiに入隊したかったのか? その力があれば即戦力だろうがアレへの入隊は推奨できんぞ』
「学生時代にソフトボールでピッチャーやってたのよ。で。誰が石長比売だって? 姉妹セットで嫁がせたときに、ブサ〇クだからと返品された姉よね」
社会人生活長いから大概の暴言は聞き流せるけど、面と向かって神話級ブ〇イク扱いは一線超えた。相手が地獄女神だろうとタダでは済まさん。
次は左眼窩に+3号250mmの貫通ドライバーを撃ち込んでやる。
『ご、誤解するでないぞ! 見る目の無い男に当たったがために黒歴史を残しておるが、あやつは安産子宝、良縁、健康長寿の力を持つから、伴侶とするには最高の女神なのじゃ』
「安産と子宝の加護があっても、ブサイ〇で非モテになるジンクス併発してたら淘汰で滅びるだけの呪いよ」
容姿のせいで小中学校の女子カースト最底辺。
そこから逃げようともがいたらリケジョの道へとたどり着いた。
でも、勉強頑張って楽しい仕事に巡り合って幸せだった。
交際経験ナシのままアラサーになっちゃったけど、この道で生きればいいやと思っていたのに。人生賭けた研究成果も失って、会社に居場所もなくなった。
全部神の呪いのせいだったのか。
『呪いとは失礼な。この加護を持つ女はお見合い結婚が主流だった頃は真っ先に玉の輿だったぞ。見る目のある男は女を容姿で選んだりせん。男が寄り付く加護を持ちながら何故三十路まで独り身なんじゃ。お主の名前には良い人が寄るようにという願いが ぎゃぁぁぁぁぁぁ!』
ハイ。ドライバー2本目が左眼窩を貫通。
借り上げ社宅の壁に派手に刺さったけど、この際気にしない。
触れちゃいけない所に触れた以上は、両目潰して地獄に送り返してやる。
「名前の由来は正解よ。【寄る子】ってね。祖母が付けてくれたけど現実は一貫して非モテ。母から名前負けと言われるたびに心を抉られたわ。しかもなぜか周りにカップル集まって来るし」
会社で私と同期の世代は結婚が際立って速かった。寿退職のペースが早すぎて人員計画が狂ったそうな。同期会のたびにカップルが増えて行ったのはつらい思い出だ。
『それは縁結びの加護ぞ。お主に寄り付いた男が他の女とくっつくからカップルに囲まれるのじゃ。触媒の研究してたからと言って、自分が触媒になってどうするのじゃって 待て待て待て! これ以上壁に穴を空けたら敷金返って来なくなるぞ!』
「敷金の心配するなら素直にぶっ刺さってくれない? それに、触媒は自分が反応したら失敗作なのよ」
いちいち私の逆鱗に触れる死体女神の頭蓋を潰して脳漿噴き出させてやりたい。
『本当に独身男の知り合いは居らんのか?』
「同期会からの派生でできた【鈴木の会】の名目で一緒に宅飲みする男は3人居るけど、あいつら私を女と思って無いからノーカンよ」
メンバー全員独身。院卒は私だけだから皆年下。
独身なのにでかい一軒家買った奴が居るから、連休前の週末とかにそこに集まって飲んだりする。
『お主……。男女比偏った工学部のキャンバスライフじゃあるまいし。三十路女に3人もの独身男が寄り付くのは普通じゃないぞ。そこに何か意図があるとは思わんのか?』
「車持ってるから買い出し係を担当してるだけよ。そのために会場の合鍵預かってるし。酔いつぶれて雑魚寝で夜を明かすのが恒例だけど誰も手を出してこないわ。どいつもこいつも尻がエロいとかひどいセクハラ発言する癖に非モテのモブは対象外みたい。まぁ、飲み代奢ってくれるのは素直に嬉しいけど」
なんか、地獄女神様の目玉がびよーんって感じで飛び出した。
『そいつらは優秀な男共ではないのか? お主の伴侶としての潜在価値に気付いて【争奪戦】をしておるぞ』
争奪戦?
そういえば、何故か未だに独身のあの3人。企画部、営業部、経理部のエースになってて、集まった時に考課や将来ビジョンをやたらアピールしてたっけ。
私も対抗して研究部の仕事がんばってたけど、もしかして対応ズレてた?
『おい! 伊邪那美!』
『なんじゃセクハラ男神』
伊邪那岐様がまた来た。えらく慌ててるけど、何があったんだろう。
『【黄泉醜女Tai】が逆ハーレムは裏切りだと地獄で暴動を起こした! ICBM発射管制室に立てこもって全弾撃たせろと大騒ぎだ!』
「いや、なんで地獄にそんなもんがあるのよ!」
『地獄だからな。【喪女】とか【NBC兵器】とか、人間が創り出した地獄なモノが集まって来るのだ。こっちも迷惑しておる』
【喪女】って大量破壊兵器級の地獄枠なの?
『黄泉醜女共にも困ったものだ。土産にタケノコでも持っていけば大人しくなるだろうが、今回の仕事では初穂料が無いからのう……』
地獄女神様が意味深な目線で私を見るけど、もしかして私を散々罵倒したあれが少子化対策の仕事のつもり? これって初穂料出さないといけない流れ?
いやもう、考えるのをやめよう。ICBM発射されても困るし。
「伊邪那美様。初穂料です、お納めください」
【2千円札】
『おお、かたじけない。返礼としてこれを渡そう』
【須勢理毘売監修 失敗しても関係が破綻しない出口戦略を重視した今更感を越えて男友達と距離を縮めるための女子力向上指南書 令和三十路編】
うっーわ。なんかすごいイイモノ貰ったかもー。
●オマケ解説●
日本神話屈指のヤンデレ恐妻である須勢理毘売が監修する女子力。
実践したら大変な事になりそうな予感。
※ポイントクレクレ記述
行き遅れた女性研究者が職場の闇に堕ちる恐怖を描いた作風がひどいと思った研究職志望の理系女子の方が居たら、【ひどい】の証として★1評価をブチこんでもらえると作者は職場の闇はフィクションで女性研究者は優秀ですと現実を語りつつ、研究は報われる事の方が少なくて二十代を捧げた成果がゴミクズになるリスクは実在するから、仕事しか道の無い男でもないのに研究職志望するならその覚悟を持って挑んでくださいとリアルを語ります。
ひどいは最高の誉め言葉!




