第3話 改竄された台詞
放課後のミステリー研究会。佐伯シズカのすすり泣く声も落ち着いて、コーヒーメーカーのコポコポという沸騰音だけが聞こえている。芹澤ミヤコはアイスコーヒーを啜りながら、佐伯シズカが持参してきた2冊の台本を見比べていた。
「ホントだ。月の姫の台詞が違うね」
◇◇◇
●偽台本
月の姫 「――私たちは貴方の光を映しているのではありません。
悲劇は、いつも神によってもたらされるのです。光が堕ちる。運命、なんてことは決してありえません」
○真台本
月の姫 「――私たちは貴方の光を映しているのではありません。
ただ、貴方の強さが照らせないものを、見守りたかったのです」
◇◇◇
佐伯シズカは目を赤く腫らして頷く。
「……はい。そうなんです。月の姫役の台本だけすり替えられていたんです……」
佐伯シズカの話によると、2日目の上演のチームは大役を任された新人が多数を占める編成で、誰もが浮足立っていた。薄暗い舞台裏は戦場のように慌ただしく、異様な熱気を放っていたという。そんな状況で月の姫役は裏方から「台本の修正があった」と、偽台本を渡された。台本の急な差し替えは、明星高校演劇部では珍しいことでなく、女優も疑いなく本番に挑んでしまった。その結果、話の流れが止まり、舞台事故を起こした。太陽の戦士役の主演が何とか場を修正して、エンディングを迎えることが出来たというのが、2日目『銀砂の王国』の真実なのだという。
「なるほどねぇ。見てるこっちがハラハラしたよ」
「はい……。面目在りません……」
「あーいやいや、佐伯さんが悪いわけじゃないよ」
「いえ……観客がどう感じたかがすべてなので……」
そう言うと、佐伯シズカは大きく息を切らしてうつむいてしまった。
芹澤ミヤコはアイスコーヒーの氷をゴリゴリとかみ砕きながら、改めて佐伯シズカを観察した。さっきまで身を焦がすような怒気をまとっていたのに、今は表情にも言葉にも力がない。疲労困憊。全身から負のオーラが溢れている。よほど悔しかったのだろう。夜も眠れなかったと、目の下の隈が物語っている。
「あらら……、まぁ話を聞く限りその裏方が怪しいそうだねぇ。裏方は誰か分かってるの?」
「はい……」
「ん。じゃあ、とりあえず、演劇部に話聞きに行こうか」
「お願いします……」
「ところで、犯人はなんでこの台詞を言わせたんだろうね。“悲劇は運命じゃなくて、神が起こす”なんて。佐伯さん、なにか心当たりある?」
佐伯シズカはスカートの裾をきつく握りしめて、肩を震わせ俯いた。
「――そ、それは……分かりません。あんなセンスの欠片もない台詞。自分に酔っていたんだと思います」
「おぉ辛辣。こういうメッセージ性のある事件って、動機めちゃくちゃ大事だったりするんだけど。ま、犯人が分かれば、理由もおいおいわかるか。」
芹澤ミヤコはスマートフォンを取り出して、チャットを確認する。
◇◇◇
『ミス研グループチャット(2)』
【ミヤコ】来客有(15:43)
【リカ】了解。図書室で待機(15:44)
【ミヤコ】リカちゃーん、事件発生!(15:58)
【リカ】分かりました。部室に向かいます(15:58)
【ミヤコ】概要はちょっと待ってねー(15:58)
【リカ】(-.-)(既読)
◇◇◇
「よし!じゃあ事件概要まとめるから、10分くらい待ってね。その間に佐伯さんは顔洗ってしゃんとしようか。貴女は何にも悪くないんだから。顔を上げようね」
佐伯シズカはコクンと頷くと、幽霊のように音もなく立ち上がり、部屋を出て行った。空気が沈んでいる。ミヤコは大きく息を吐いた。ソファに背を預け、考えをまとめながら事件概要をメモアプリに記述していく。真台本をめくると、ざらりとした感触が指の腹に伝わった。
話を聞く限り、姫役の話が嘘のパターンと本当に裏方がすり替えたパターンの二つが考えられる。あとは共謀か、単独かの違いだ。でも、いったいなんでこんなことを?なにか言いたいことがあるとか?
「完成っと。リカに届け!この想い!」
ミヤコは紙飛行機のアイコンをタップして送信。スマートフォンをデスクに置いて、アイスコーヒーを軽く口に含む。ほのかに広がる苦味を帯びた風味。そろそろ、佐伯さん戻ってくるかな。って、クーラー寒っ!
ミヤコは両手をこすり合わせながらクーラーの温度を調整していると、控え目なノックとともに扉が開いた。
「ミヤコ先輩、すみません。遅くなっちゃいました」
「お、リカお疲れー。全然いいよーって何それ?」
信田リカの胸にはホッチキス止めされた紙が抱えられている。つるりとした質感の背表紙には白黒印刷された曼荼羅のようなおどろおどろしいイラスト。ミヤコは眉を上げた。
「あ、はい。図書室で月城さんからいただいたものです。七不思議の第2弾だって」
信田リカは嬉しそうに「感想も求められちゃいました」と表紙に描かれたやけにリアルな人体模型のイラストをミヤコに見せた。
「そ、そう……。よかったねぇ。それより!今からちょっと演劇部に話聞いて来るから、お留守番お願い!」
「はいっ!任せてください!」
リカはロッカーに駆け寄ると、中から紙袋を取り出して頭からかぶった。口にくわえたパイプ煙草(の絵)が堂に入っている。そのままソファに腰かけてスマートフォンでじっくり事件概要を読みだした。
「あ、そうそう。デスクに置いてある台本。概要にも書いてあるけど、こっちが偽物ね」ミヤコはデスクに駆け寄ると偽台本に手を置いた。手を離すと指に吸い付くようにページが持ち上がる。ミヤコは、そのまま、流れるように冷たいマグカップを手に取り飲み残しを冷蔵庫に入れた。
「コーヒーは作ってるから適当に飲んどいてー」
「ありがとうございます。先輩」
その時、扉が規則正しく鳴らされた。
――お、佐伯さんかな
「どうぞー」
「失礼します」
扉が静かに開けられる。
つま先から、背筋、指先まで延ばされた姿勢。きっちりと着こなされた制服の佐伯シズカが目に力を宿して戻って来た。隈がなければ、どこからどう見ても風紀委員タイプの女学生だ。
「お、凛々しくなって戻って来たねぇ!リカ、こちら今回の依頼人、佐伯シズカさん」
リカは扉の前に立つ佐伯シズカを向いてぺこりと頭を下げると、再びスマホに視線を戻した。
ミヤコは何事もなかったように扉に駆け寄って「じゃ、佐伯さん。行こっか!」と、佐伯シズカの肩をポンと叩いた。
「……えっ?あ、はい。よろしくお願いします。……あの方は?」
「お、気になる?うちの名探偵です。かっこいいでしょ」
「は、はい。ミステリアス……ですね」
「ほほう!ミステリー研究会にピッタリだねぇ。じゃ、リカ。いってくるね」
リカは籠った声で「はぁい」と返事をした。
扉の先、真夏の明星高校の廊下はムワリと暑い。部室の静けさが嘘のように蝉の鳴き声が聞こえてくる。立っているだけで汗をかいてきそうだ。芹澤ミヤコは佐伯シズカに案内を頼んで、演劇部演者班の部室へと避難するような足取りで向かっていった。
つづく




