第4話 信田リカの見解
「あんの子憎たらしい軍帽を剥いで、渡り廊下に吊るしてやるっ!!」
「ミヤコ先輩!?」
芹澤ミヤコは荒ぶっていた。必ず、かのアホ会長に真実を突き付けてやらねばならぬと決意した。ミヤコは心根の穏やかで、謎をこよなく愛する娘である。だが、探偵を馬鹿にされることに関しては人一倍敏感であった。
“ただの探偵ごときが手に負える相手じゃない”その言葉が、ミヤコのいまいちノッテいない気持ちを俄然、やる気にさせてしまったのだ。それはそれとして、幽霊は怖いんだけどな……、という気持ちがこのころには四散していた。
ミヤコは超常現象同好会の魔窟を後にして、まっすぐ教室に直行。スカートの下に体操着を履いて臨戦態勢。そして、ミステリー研究会の部室に戻るや否や、冒頭のとおりに叫んだ。
「ミヤコ先輩……!お、お気を確かに!コーヒーをどうぞ……!」
「リカは優しいねぇ。ありがとねぇ」
「は、はわわ……情緒不安定です……!」
「んーん。落ち着いたよー」
「ほ、本当ですか……?」
「ホントホント。あ、あと三角帽子と白衣も吊るしたいんだけど何処がいいかな?」
「おおお落ち着いてないじゃないですかぁ……!」
「ま、冗談はさておき。あんまり有意義な時間じゃなかったね。やっぱし直接見に行こうか」
「え、あ……は、はいっ!」
芹澤ミヤコはリカに手渡されたマグカップ、氷の入ったホットコーヒーをずずっと啜り、気分を落ち着ける。
「じゃあ、いったん現場を見に行こうか。理科準備室。まぁ、なんもないと思うけど」
「あたしも行っていいですか?ひ、人がいないと思うので」
「もちろん!時間もいっぱいあるし、ぶらっと下見気分でね」
そういうわけで、芹澤ミヤコと信田リカは理科準備室の様子を見に行くことになった。
部室の扉を開けると、温い空気が一気に肌を覆う。そのまま、大道具の廊下を抜けて渡り廊下へ。渡り廊下の先、いつも使っている階段まで来た。踊り場の窓から透き通るような青空、フワフワの雲が流れていくのが見える。
「ミヤコ先輩、噂によれば階段を上がって理科準備室近くに行くと、鈴の音が聞こえてくるそうです。ですが、教室棟は理科準備室に続く階段が二つありますよね。どっちのことなんでしょうか」
リカがもっともな意見をする。ミヤコは左手側の廊下を見る。一年生の教室が並ぶその先に、緑の誘導灯。理科準備室に続く階段はミヤコの正面にある階段と、左手、廊下の奥にある階段の二つあるのだ。別にどっちから上がっても、理科準備室への距離はそう変わらない。
「んー、わかんないけど、どっちも試してみようか」
「それもそうですね。とりあえず、近場から行きましょう」
ミヤコとリカは階段を上がっていく。なんてことの無い日常の一場面、これが夜になると幽霊が出るなんて信じられない。
「そう言えば、超常現象同好会の連中が幽霊について話してたんだけど、聞きたい?」
「はいっ!聞きたいです!」
「よーし、確かねぇ……」
ミヤコはゆっくりと階段を上がりながら、幽霊についての与太話を話す。不幸な火災事故のこと、恋人を待ち続けて死んだということ。今も鈴の音を鳴らして、一緒に帰ることを願っていること。リカはフンフンっと聞いていた。
「――で、今、こうして噂になっているってわけ。ご清聴ありがとうございました」
芹澤ミヤコは幽霊の話を落語のように抑揚をつけて、おどろおどろしく話した。ミヤコの声が四階廊下に反響する。生徒の気配はなく、電気もつけられていないので、空気が止まっているようだった。
リカはミヤコを見上げて、胸の前で小さく拍手をしながら、楽しそうに言った。
「わぁ、いいですねぇ!ちょっとゾクゾクしました!地縛霊&事故物件モノですね!少し粗があるように思いますが、よく考えられていると思います!」
「ほう!粗というと?」
ミヤコはリカの歩調に合わせて、ゆっくり歩みながら眉を上げた。“よく考えられている”ということは、リカはそもそも噂をフィクションとして楽しんでいたということか。
リカはメガネの淵を押し上げて、微笑んだ。
「もしその女生徒が本当に火災で亡くなったのだとしたら、故人の名前は特定できますよね。あたしなら女の幽霊、ではなく名前で呼びますね」
「あー確かに。そっちの方がインパクト出そうねぇ」
トイレの花子さんとか、古典で言うなら四谷怪談のお岩さんとかか。リアリティも出てくるか。
「それに、過去にそんな悲惨な事故があったのに、なぜ今まで誰もその話をしていなかったのでしょうか。学校の七不思議みたいな形で残っていてもいいでしょうに」
この噂はミステリー研究会が体育館の無断練習事件を解決した時くらいから、徐々に呟かれるようなった。それまでは聞いたことすらなかったのに。つまり――
「誰かが意図的に作り話を流したってわけね」
リカは肯定も否定もせずにふっと笑みを作った。おっと、今のは失言だったか。反省反省。フィクションを作り物だと指摘するのは無粋だ。
リカは顎に手を当てて、目を細めながら考えこむようにして言った。
「あとは、そうですね……。フィクションで描かれる幽霊、とりわけ現代の幽霊は、白か赤い服を着ていることが多いです。なぜだと思いますが?」
「えっ?そうねぇ、古典の幽霊が死装束を着ているから、その流れを汲んで……かなぁ。赤は血を連想させるからとか?」
リカは腰に手を当てて、かわいらしくドヤ顔をしながら言った。
「ふふふ。それも正解の一つだと思います。ですが、あるホラー作家は、幽霊を恐怖の対象として、生を感じさせない色にしないといけないからと言っています」
「生を感じさせない色か……。にしては明るくない?紅白っていうし」
ミヤコの脳裏に年末年始の歌番組が蘇る。どちらかというと生に満ちあふれている雰囲気だ。
「はい。おっしゃるとおりです。ただ、地味な色にしてしまうと創作物として個性が出ないんです。そのジレンマが重なった結果、闇に佇んでいた時に目立ち、かつ死や警告を連想させる色に帰結するらしいですよ?」
それが白か赤と言うことか。それにしても、リカはどうしてこの話をしたんだろう。ミヤコも顎に手を当てて考えていたら、アッコとナッチンのことを思い出した。そう言えば、二人が話した幽霊の噂。幽霊が着ていた服は……
「ああ、そういうことね。噂の幽霊は白い汚れたワンピースを着ているらしいけど、それって……」
「――はい。その幽霊に恐怖を感じて欲しいから、だと推測できます」
リカは“あたしなら焼けただれたセーラー服を着せますけどね”、と恐ろしいことを呟いていた。いつの間にか到着していた理科準備室の前。その廊下はいたって普通。怪しいところはどこにもなかった。
まぁ、予想通りだけど。ミヤコは窓辺に寄りかかり、スマートフォンをチラリと見る。現在時刻17:00。縁起良くぴったりだ。振り返ると、窓の外には実習棟が広がっている。青く透き通っている空の元、我らがミステリー研究会の部室もここからではよく見えた。
コンビニ行って軽食でも買ってくるか、とミヤコはリカに声を掛けた。
その声は、廊下の奥深くに引き込まれるように反響していった。
つづく




