第2話 芹澤ミヤコは謎を追う
駅から徒歩数分。見るからに富裕層の香りがする住宅街を生徒たちはテクテクと歩いていく。明星高校の生徒たちだ。長めのポニーテールを揺らして歩く芹澤ミヤコもその一人だった。丘の上にそびえる校舎を目指して歩を進める。いつもの登校風景。いつもの日常。だけど、今日に限っては少し違った――。
現在時刻8:15。ゴールデンウイークが明けて数日が経ち、ようやく休み気分が抜けたのか、明星高校の校舎は大変賑わっていた。靴箱からでも、2階へと続く階段に生徒が詰めかけているのが見える。なにかあったのかな。いや、もしかして、事件発生!?
白い上履きに履き替えた芹澤ミヤコは胸を躍らせながら人ごみをかき分け、階段を駆け上がった。上階に進むほど窮屈になり、なんとか廊下に出ても、人だかりは収まらない。
いったい何事?背伸びをして辺りを見回すと、どうやら皆の目的は2-B教室。つまり、ミヤコのクラスになにかあるらしい。「すみません。通してくださいっ!」そう言いながら、人を縫うように進んでいき、教室の前へ。身体をねじ込んで、半ば押し出されるように足を踏み入れると、ミヤコは目を見開いた。
「な、なにこれぇえええ!!」
黒板には、濃淡まで忠実に再現された星月夜が広がっていた。誰かが近づくと、チョークの粉が足元に舞い上がり、教室は淡い霧のようだった。ゆらりと舞うチョークの粒子が、朝の光を受けて輝いていた。
「あれはフィンセント・ファン・ゴッホの『星月夜』。その黒板アートだね。よく書けていると思う」
後ろから声がして振り返ると、長身でボタンを一番上まで止めた制服姿の学級委員長。日高コウの姿があった。
「おはよう。芹澤さん。朝から元気そうでなにより」メガネをくいっと上げて鋭い眼が光る。
「あ、おはよう。日高くん。じゃなくて!あれ、なに!?どういうこと!?」
「わからない。僕が来た時にはもうあった」日高コウは眉を八の字にしてこめかみを掻いた。
「ということは、日高くんが第一発見者なの?」
「......まぁ、そういうことになるな」
日高委員長は顎に手を当てて眉を顰めた。彼は明星高校演劇部が誇るエースで次期部長候補。全国大会でも特別脚本賞を受賞しているイケメンだ。芹澤ミヤコは何故か彼と中高同じクラスになり続けていた。聞くところによると、日高くんはいつも16:30に教室を施錠して、翌日の7:30に登校しているようで、教室の扉を開けたら眼前に星月夜が広がっていたのだという。
教室の鍵を保管しているのは職員室なので、ここを経由しなければ鍵は開けられない。
「なーんだ。簡単じゃん。日高くんが帰ってから、翌日登校するまでの間に職員室で鍵を借りた人が犯人だよ」
芹澤ミヤコはミス研部長ここにありとでも言いたげに腰に手を当てて、胸を張った。
フッ、またつまらぬ謎を解き明かしてしまった。などと頭の中で酔いしれていると、日高委員長は顔を曇らせながら、ぽつりと意見した。
「いや……、藤村先生に聞いたけど、そんな生徒はいないらしい……」
なるほど。つまり、日高委員長が教室を出てから今までの間、鍵はかけられ続けていたということか。施錠された部屋。誰も入れないはずなのに突然現れた黒板アート。何時やったのか、どうやったのかもわかっていない。
つまり、これって――
「密室殺人ってことぉ!?」
「殺人ではないね」
「そして、日高コウくん!犯人はあなたですっ!」
「絶対言うと思った。勘弁してくれ」
――キーンコーンカーンコーン。
予鈴が鳴り、廊下に集まっていた生徒がガヤガヤと帰りだす。教室の前で写真を撮っていた生徒たちも自席に戻り、思い思いに噂話に花を咲かせていた。話題は当然、目の前に広がる星月夜について。改めて見ると、燦然と広がる夜空は複雑に塗り重ねられて、ぐにゃりと渦巻いている。一本杉はあえて何も塗らないことで陰影を表現しており、素人目から見ても見事というほかない。
「僕は席に戻る。あと、僕は犯人じゃないからな!」と重要参考人こと日高コウは自席に戻っていった。
ミヤコは常備している黒皮手袋を装着して、大股歩きで黒板付近に近づいていき、スマートフォンを構えた。黒板にはファン・ゴッホの星月夜。黒板の3分の2を占めるサイズ感でとてもすぐに書けるとは思えない。少なくとも1~2時間はかかったはずだ。淵には制作に使ったであろう白、黄色、青色のチョークの残骸が積み上げられている。床には大量の足跡。それを見てミヤコは方眉を上げた。おそらく、もともと大量のチョークの粉が落ちていたのだろう、そして、クラスのみんなが踏みしめたと推測できる。黒板消しにも同様に大量のチョークの粉がついていた。絵は綺麗なのに、それ以外はとても汚い。シリアルキラーは犯行後、美学故に現場を掃除することがあるらしいけど、このアートの作者はそういった美学は無かったのだろうか。
ミヤコが写真を撮りながら推理を積み上げようとしていると、本鈴が鳴った。いそいそと自席に戻り、何事もなかったように筆記用具を出していると、ガラッと音を立てて扉が開いた。
「おはよう。おぉ……。これが噂の……」あくびを噛みしめながら教室に入ってきた藤村先生はスマートフォンを取り出して、2~3枚写真を撮ると、無慈悲に黒板消しを一閃し、やがて美しく輝く星月夜はただの粉末へと姿を変えていった。
「ぎゃあああ!証拠がああ!?」
「芹澤さん。静かにしなさい。それではHRを始める」
◇◇◇
『ミス研グループチャット(2)』
【ミヤコ】リカちゃん、事件発生!(8:40)
【リカ】ミヤコ先輩、今はスマホ禁止ですよ(8:40)
【ミヤコ】まぁまぁ固いこと言わずにこれ見てよ!(8:40)
【リカ】これは、星月夜ですか?上手ですね(8:41)
【ミヤコ】それがさぁ、これ!密室で描かれたんだって!(8:41)
【リカ】密室?確かですか?(8:41)
【ミヤコ】うん!ほら、これ現場写真!(8:41)
【リカ】犯人の靴はチョークでとても汚れている可能性が高いですね(8:43)
【ミヤコ】どういうこと?(8:43)
【リカ】初歩的なことですよ。先輩(8:43)
【ミヤコ】うわ出た。もったいぶらずに教えてよ~(8:43)
【リカ】まだ確実なことは何も言えません。今は怪しい人に話を聞いてみてください(8:43)
【ミヤコ】OK!じゃあ、放課後部室で!(8:43)
【リカ】了解(8:43)
【ミヤコ】おけ(既読)
つづく
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週2回のゆったり更新ですが、
皆さんの日常に小さな非日常を添えられたなら幸せです。




