第5話 館と釣り糸のクローズドサークル
――Side:信田リカ
雲の切れ間に入ったのか、窓を叩く雨音は止み、ミステリー研究会の部室に太陽の光が差し込む。信田リカは文芸部が発行する部誌『暁』から顔を上げた。明るすぎて読みにくい。眩しさに目を細めたリカは部誌を持ったまま窓辺により、カーテンをサッと閉めた。これでいい。作 芹澤ミヤコと書かれたページを繰りながらソファの隅に戻っていく。もう何度読み返したかわからない短編。素っ頓狂な展開に突っ込みどころ満載な推理。なのに読み終えると、とても爽快。リカは次回作が待ち遠しかった。
しばらくすると、机に置かれたコウモリと砂時計が描かれたスマートフォンが軽く震えた。
リカは『暁』を膝の上に置くと、目にも止まらない速さでスマートフォンを引き寄せ、ミステリー研究会のグループチャットを開いた。
◇◇◇
『ミス研グループチャット(2)』
【ミヤコ】体育館見てきた!詳しくは添付で!(17:17)
◇◇◇
リカは添付を開いて、ミヤコのレポートを熟読する。この瞬間だけ、書斎机も本棚も、座っているソファすら何処にもない。暗く広い深海。自分だけの静かな海。肺を満たす空気が心地よい。
――体育館の構造、把握。鍵の輪番表、把握。
非常口には鍵と円環型掛け金。
施錠確認無し。掛け金に不自然な擦り跡。脱出に糸を使ったと思われる、把握。
犯行の詳細な日付は不明、把握。
体育館の電灯はついていなかった、把握。
……
膨大な量のメモを一気にスクロールしていく。最後の一文字まで読み込むと、リカは息継ぎをするように大きく息を吸った。
再びグループチャットを開き、親指を縦横無尽に滑らせる。
◇◇◇
『ミス研グループチャット(2)』
【リカ】見ました。お疲れ様です。すごい成果ですね(17:20)
【ミヤコ】ふふーん!なかなかのもんでしょ!(17:20)
【リカ】はい。真相はもうすぐそこです(17:20)
【ミヤコ】ええっ!そうなの!?(17:21)
【リカ】詳細は部室でお話します。すぐ戻れそうですか?(17:21)
【ミヤコ】ごめーん!雨すごくてさ。ちょっと体育館で足止めかも!(17:22)
【リカ】分かりました。無理しないでくださいね(17:22)
【ミヤコ】あいよー(^_-)-☆(17:22)
【リカ】(-.-)(既読)
◇◇◇
リカはスマートフォンをスリープモードにすると、膝に置いた『暁』を机の上にそっと広げ、窓辺に駆け寄った。カーテンを開けると、先ほどの太陽は何かの気の迷いだったかのように、水の塊が絶え間なく落とされている。リカは雨の音を聞きながら再びミヤコのレポートに視線を落として推理を積み上げ始めた。
――犯人は玄関を閉めた後、非常口から侵入した。
月明かりを頼りにボールを使った。
脱出は糸を用いて掛け金だけ閉めた。
天候表と鍵の輪番表を照合。
候補者5人を抽出。
犯人はおそらく男子、熱心な部員だと予測。
信田リカは“はふぅ”と一息ついて、ソファに戻っていく。鍵の輪番表は確実性に欠けるのでまだ犯人とは言い切れない。あとは候補者をミヤコ先輩に伝えて、事情聴取をしてもらえば、犯人に行きつくはず。それで終わり。平和が一番。
一口、冷めきったカフェオレを啜り、気持ちを落ち着ける。信田リカはマグカップをコトリと机に置くと、再び芹澤ミヤコの作品を読み始めた。
◇◇◇
――Side:芹澤ミヤコ
体育館のフロント、芹澤ミヤコ一行は呆然と立ち尽くしていた。ガラス戸の外でタライをひっくり返したような雨が降り注いでいる。体育館と教室棟を繋ぐ屋根も、真横に振るような雨の前では成す術がない。ミヤコはスマートフォンで天気情報をさっと確認する。注意報とのアナウンス。雨雲レーダー曰く、15分ほどで止むらしい。リカにはレポートを送ったし、ちょっと休憩かな。
「草野くんはバスケやって長いの?」
「あ、はい。小学校からやってます」
「おぉ!長いねぇ!ポジションはガード?」
「はい。自分、チビなんで」
「そかそか。草野くんはバスケが好きなんだねぇ」
「えぇ、まぁ」
「実は近藤パイセンって中学の時はガリガリもやしパイセンだったんだよ。知ってた?」
「え、そうなんですか?」
「ええねんそれは!」
アスファルトに叩きつけられた雨水が跳ね返り、生き物のように列をなして流れている。バレー部も休憩中なのか、アリーナから喧騒は消えていた。
「芹澤先輩、これからどうするんですか?」
「ん?とりあえず部室に戻って推理を組み立てるかな」
「芹澤、犯人わかりそうか?」
「もちろん!たぶん今週中にはわかるよ」
「マジか!やっと練習できるんか。やったな草野!」
「……はい!そうっすね!で、ガリガリもやしだったってマジっすか?」
「おまえなぁ……」
近藤くんと草野くんはじゃれ合っている。ミヤコはふっと微笑み、スマートフォンを片手に壁に寄りかかった。顧問の先生と話せたのは運がよかったけど、日付は分からないと来たか。うーむ、困った。でも、毎週のように音が鳴っていたって聞き出せたのは収穫かな。
それにしても、掛け金に糸か。面白いな。きつく引っ張っても切れない強度と扉の隙間を通せるくらいの細さ、タコ糸……いや、釣り糸とか?
……釣り糸?
ミヤコはハッと辺りを見回す。水滴の脅威は少しだけ和らいでいたが、未だに顕在。とても出られそうなにない。
――館。大雨。孤立。釣り糸。
胸の奥に、ぱちり、と火花が散った。
殺人事件――!!
「あっ!来た!わかった!!」
芹澤ミヤコの快活な声がフロントに響き渡る。
とっておきのネタが降ってきた!絶対に面白い!いや、天才すぎる……!ミヤコはスマートフォンをメモアプリに切り替えて、『暁』に掲載する短編のプロットを夢中で書き込みだした。指先が勝手に動き、奔流のようにあふれだす言葉を次々とメモに残す。くぅ~これこれこれ!
そんな様子を、草野ショウヘイと彼にヘッドロックを掛けていた近藤ミツルが二人して、唖然と見つめていた。
「せ、芹澤……?どした?」
「……ん?なんでもないよ?」
「お、おう。そうか」
芹澤ミヤコは顔を上げてニヤリと口元を歪め、じゃれ合う男子共を見た。近藤ミツルさっと目を逸らし、草野ショウヘイは笑っていた口元がぴたりと止まり、視線が床に落ちた。むむ、やっぱり扼殺にするか……。これは面白くなるぞ~!と、ミヤコはスマートフォンにアイデアを打ち込み続ける。
雨はもうすぐ止みそうだった。
つづく




