第8話 偽証の夜想曲(Fine)
「それでは、あたしの推理をお話ししますね」
陽もすっかり暮れてカーテンの隙間から薄暗い夜景が顔を覗かせている。ミステリー研究会の部室を照らす蛍光灯が時折パキッと音を鳴らし、静謐に溶けていく。スマートフォンをチラリと確認すると時刻は18:04。芹澤ミヤコは手に持ったブラックコーヒーを一口飲んで頷いた。
「ミヤコ先輩、宮本リョウタさんはおそらく嘘をついています」
「嘘?」
黒部サオリと祭原フウカの関係についてだろうか。確かに“ただの同級生”という言葉には違和感があった。酷い声色に押されて突っ込めなかったけど。
「宮本リョウタさんはミヤコ先輩から、
“黒部サオリさんと祭原フウカさんについて”聞かれたとき、
なぜ《《お二人の関係性について》》答えたのでしょうか?まだ何も尋ねていないのに」
ミヤコはハッとした。確かに、宮本リョウタにはまだ具体的な問いかけはしていなかった。なら、宮本リョウタは――
「何か心当たりがあったから?黒部サオリさんと祭原フウカさんの関係に」
「......そうだと思います。そして、その関係を隠すべきだと考えた。だから、二人をただの同級生、どうとも思っていないなんて言ってしまったんです」
「隠すべき関係……?え、でも、それって……」
リカはほんの一瞬、言葉を探すように唇を噛んだ。そして、机に置かれたマグカップに視線をやり、意を決したようにミヤコの目を見つめた。
「……黒部サオリさんは祭原フウカさんに――恋愛感情を抱いていたのではないでしょうか。そして、宮本リョウタさんはそのことを知っていた。だから隠そうとしたんです」
蛍光灯の音がやけに大きく響いた。
黒部さんが祭原さんのことを……?じゃあ、放課後遅くに演奏した夜想曲は――
「告白……だったってこと?」
信田リカは真剣な表情で頷いた。
「……おそらく。宮本リョウタさんはそのことも知っていたんです。昨晩、黒部サオリさんが祭原フウカさんに告白の意味を込めて夜想曲を演奏することを」
ミヤコは深呼吸した。ブラックコーヒーの香りが、混乱を静めていく。
“知らない”と言った直後、宮本リョウタは激しく咳き込んだ。あれは話を逸らすための演技――リカの推理が正しければ、そうなる。なら、あの時、彼は……
「黒部さんが祭原さんに告白することを知っていた。けれど彼自身は休んでいて、どうなったかまでは知らなかった、てことね」
「……はい。そこで、いきなりミステリー研究会が田島部長を通して話を聞きたいと言ってきた。
宮本リョウタさんはこう思ったはずです。“なにか騒動が起こったんだ”と。
だから、咄嗟に嘘をついた――黒部サオリさんと祭原フウカさんの関係を守るために“ただの同級生”だと答えたんです」
リカの衝撃的な推理に頭が痺れてきたけど、腑に落ちる部分が多くある。黒部さんに聞き取りをしたとき、祭原さんの演奏を“全然ダメ”だと示唆した瞬間、眼の色が変わった。あれは祭原さんを想っていたから……?演奏の評価が異様に厳しかったのも自己評価だったということか。
「なるほど。そういうことだったんだ……。黒部さんが弾いた夜想曲は祭原さん個人に向けたものだったと」
リカは頷いて、軽く深呼吸をした。
「……でも、田島部長がそれを聞いてしまった。驚いた黒部サオリさんは羞恥、あるいは恐怖心から自分ではないと言ってしまった。祭原フウカさんも当初はどうしていいか分からずに、否定。後になって黒部さんの想いを守るために口裏を合わせたんだと思います」
芹澤ミヤコはソファに大きくもたれかかった。ピカピカに磨かれたピアノ。調整された椅子。ただの練習ではないとは思っていたけど、まさかそんな理由だったなんて。それは隠したがるはずだ。
「……黒部さんが新品同然の楽譜を使ったのも、祭原さんの自由な演奏に憧れたからだったのかもしれないね。何にも縛られない、想いを乗せた演奏。二人だけの夜想曲に」
リカはマグカップに残ったカフェオレをクイッと飲み干して、天井を眺めた。
「……これはあくまでも、あたしの推測です。事実がどうかは分かりません」
「わかってる。田島部長には、このことは伏せよう」
芹澤ミヤコと信田リカは顔を合わせて、大きく頷きあった。窓の外、半分に欠けた月が穏やかに明星高校を照らしている。現在時刻18:30。ミステリー研究会はその淡い光の邪魔をしないように、そっと部室の灯りを消した。
◇◇◇
「と言うわけで、状況証拠から夜想曲を演奏していたのは黒部サオリさんだとわかります。完璧主義故に“練習曲”を部長に聞かれてしまったことが我慢ならなかったのでしょう」
翌日の放課後、ミステリー研究会の部室で芹澤ミヤコは田島部長とデスクを挟み、向かい合っていた。リカは書斎机で紙袋を被って地蔵状態。昨夜の推理疲れで電池切れだ。
「椅子と指紋ですか……。確かに。まったく気が付かなかったです。それにしても、あの演奏が練習曲だなんて、黒部さんのストイックさも驚きです」と、田島部長はお客様用のカップに軽く口をつけて頷いた。
「黒部さん自身も、楽曲に感情が乗せられないことを悩んでいて、それで祭原さんに見て貰っていたみたいですよ」
「そういうことだったんですね。いやぁ、それにしてもすごかった……。あの情熱的なメロディーを黒部さんが……。彼女には悪いですが、ボクは幸運でしたね」
「ふふ、そうですね」芹澤ミヤコは愛想笑いをしてリカをチラリと一瞥する。ピクリとも動いていない。演劇部が稽古を始めたのか、廊下が少し騒がしくなった。
「あ、でも、コンクールのピアノパートはもっとちゃんと決めて欲しいと祭原さんが言っていましたよ。吹奏楽は皆でやるものだって」
田島部長は恥ずかしそうに「……祭原さんの言う通りです。ボクも演奏の熱にやられていたようです」と、腕を組んでうむぅっと唸った。
芹澤ミヤコはその様子を見てクスリと笑った。
「では!これにて依頼は完了ですね。ミス研の評判、あげといてくださいよ?」
「ははは、そうですね。納得の名探偵ぶりでした。すごかったです」田島部長はおっとりした笑顔で立ち上がり、ミヤコと握手をした。そして、書斎机に座るリカにも頭を下げた。
田島部長はビシッと親指を立てるリカに微笑を浮かべて、出口へと向かっていく。ミヤコも廊下まで見送ろうと後に続いた。
「それでは、ボクはこれで。本当にありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ!楽しかったです!」
田島部長は大福のような顔をくしゃりと破顔した。そして、「それは良かったです」とテノールボイスを響かせて第一音楽室に戻っていった。
芹澤ミヤコはそのずんぐりとした背中を見送りながら、ふっと窓の外に目を向けた。渡り廊下、仲睦まじく歩く二人の女生徒。寄り添うようにして歩く黒部サオリと祭原フウカ。二人の影はひとつに溶けていた。
すべてを暴くより、守るほうが真実に近い謎もある。夜想曲は、きっと、二人だけの秘密のまま響き続けるのだろう。ミヤコはそっと息を吐いて、部室に戻っていった。
『放課後の安楽椅子探偵:鷹と梟の事件簿 Episode 2:偽証の夜想曲』(完)
Episode 2:偽証の夜想曲
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
嘘に嘘を重ねられた証言を整理し、限られた証拠から真実へと辿りついた芹澤ミヤコ。
そして、なぜ嘘をつかなければならなかったのか――その心の影に光を当てた信田リカ。
「夜想曲」という題に込められた黒部サオリと祭原フウカ、二人の想い。
あなたの心に、どのように響いたでしょうか。
“鷹と梟”の推理は、誰かを断罪するためではなく、
時に切なく、時に優しく、人の心を抱きとめるための物語です。
また、感想やブックマークのひと押しが、作者の背中を押す風となり、
次の謎を描き出す大きな力となります。
引き続き――『放課後の安楽椅子探偵:鷹と梟の事件簿』をよろしくお願いいたします。




