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放課後の安楽椅子探偵:鷹と梟の事件簿 非日常は明星高校ミステリー研究会にお任せを!  作者: 佐倉美羽
真相は歌うように(cantabile)

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第7話 信田リカはゆるやかに推し量る(Adagio)

 17:45、実習棟三階。窓辺の夕暮れよりも、今は蛍光灯の白い光が校舎を支配していた。芹澤ミヤコはミステリー研究会部室の前でスマートフォンを片手に、扉をそっと開けた。


「リカ―、ただいまー。遅くなっちゃったよー」


「あ、先輩。おかえりなさい」と、信田リカはソファの端っこ、定位置でスマートフォンを握りしめていた。カーテンの閉め切られた部室を照らす頼りない電灯がジジジっとうめき声をあげている。第二音楽室とはえらい違いだ。


「まずはコーヒー休憩ね。もうのどカラカラ。リカも飲む?」


「は、はい!カフェオレ飲みたいです!特製の!」


「はいよー」と、ミヤコは本棚に隠されたミニ冷蔵庫からアーモンドミルクを取り出すとカップに注ぎ、電子レンジで温めた。


「リカー、マグ持ってきて」


「はぃ」


 リカのマグカップにブラックコーヒーと温められた熱々のアーモンドミルクを目分量で注ぎ込み、いい感じにバニラエッセンスを混ぜれば特製カフェオレの完成だ。同じ味は2度と作れない。


「できたよー」


「わーい。ありがとうございます!」と、近くで見ていたリカが自分のマグカップを持って、定位置に戻っていった。かわいい奴め。ミヤコも少しぬるめのブラックコーヒーを入れて、リカのはす向かいに座った。


「じゃあリカ、夜想曲ノクターンを弾いていたのは黒部サオリと祭原フウカ。どっちだと思う?」


「あ、ちょ、ちょっと待ってください」リカは熱々《あつあつ》のカフェオレの湯気ゆげで大きな丸メガネをくもらせていた。カフェオレを置いて、メガネ拭きを取り出して、とワタワタしている。ミヤコは全然いーよー、と笑顔でブラックコーヒーに口をつけて待った。


 リカは少し息を整えてから「お、お待たせしました。では……」と、コウモリと砂時計が描かれたスマートフォンを取り出した。カフェオレの湯気が揺れる。空気が、一気に張りつめた。


「まずは、答えから。昨日の夜、夜想曲ノクターンを弾いていたのは――」


 これは、現場を見ていて気がついたことだ。おそらく――


「黒部サオリさんです。間違いありません」


「おお!どうしてそう思うの?」と、ミヤコは心の中でガッツポーズをしながら頼りになる後輩に次の言葉をうながした。


「はい。確かな証拠が二つあります。まずは――ピアノの椅子です。ミヤコ先輩が椅子に座ったとき、かかとが浮くくらいでしたよね。祭原フウカさんがこの椅子に座ると、足が完全に浮きます。安定感のない姿勢ですし、ペダルも上手く踏めないでしょう」


 近くに足置きもなかった。あの椅子は、全身を使って演奏する祭原フウカが座るには不自然と言わざるを得ない。


「逆に、私よりも背の高い黒部サオリさんなら、ちょうど良い位置になると」


「……そう思います。おそらく、黒部サオリさんは演奏する前に高さを調節したんです。それも入念にゅうねんに。黒部サオリさんが完璧主義で神経質だという点を考えても不自然な行動ではありません」


「なるほど。確かにそうね。もう一つの証拠は?」と、ミヤコはマグカップを両手で持った。レポートを見ただけでここまでわかるものなのかといつも感心してしまう。手にじんわりと温かさが広がった。リカはメガネを軽く曇らせながらカフェオレをコクリと一口飲んだ。


「もう一つの証拠は――指紋しもんです。ピアノには指紋一つなかったんですよね?」


「うん。くまなく見たけど、ピカピカだったよ」


「第二音楽室のピアノは普段、屋根がめられていて、鍵盤蓋けんばんぶたじられている。つまり、演奏をする前に少なからずピアノに触れないといけない。重い屋根を動かしたのに、全く指紋がないのはおかしいです。ですが、手袋をしていたなら話は別です」


 季節外れの長袖に手袋。ミヤコは黒部サオリと初めて会ったときのことを思い出した。


「黒部さん、今日も手袋してたもんね」


「……はい。これだけでは弱い証拠ですが、椅子の高さの証拠と合わせて考えたなら偶然とは言えません。黒部サオリさんは演奏をする前にピアノをピカピカに磨き、椅子の高さを調整した。演奏する前も手袋をしてセッティングをしたので指紋がつかなかった。そう考えると辻褄つじつまがあいます」


 ミヤコはマグカップをおいて、深く頷いた。

 ここまでは同じ意見だ。あのグラウンドピアノの状況で祭原フウカが演奏したはずがない。演奏者は黒部サオリだ。完璧主義というのもうなずける徹底てっていぶり。相当気合いが入った演奏だったということがうかがえる。だけど、問題なのは……


「どうして嘘をついたのか……だよね」


 ミヤコの脳裏に準備室の光景がよみがえる。去り際に怒りの顔をした黒部サオリと、案じるような顔をした祭原フウカ。二人とも何かを隠している顔だった。

 リカは頷いて、マグカップを置いた。


「正直、この時点で依頼は達成しています。これ以上の謎は明かす必要がないですし、完全にあたしの推理、予想になってしまいます。それでも、聞きますか……?」


 リカは眉を八の字にして、マグカップに視線を合わせている。ミヤコはじっとリカを見つめた。どうして黒部さんや祭原さんが嘘をついたのか、さっぱりわからない。だけど、リカはそれに気がついている。ここで引き返すのはリカに真相の“重み”を一人で背負わせるような気がする。だから――


「聞くよ。話して、リカ」


 リカはほっとしたような、安心したような顔をして「……はい!」と力強く頷いた。バニラエッセンスの甘い香りが、これから語られる真実の苦さを一瞬だけ和らげているかのようだった。


 つづく

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