第9話 星月夜の密室
「さぁ、朝倉さん!座って座って!」
「はぁぁ……、もうどうにでもしてくれ」
部活動以外の生徒は帰り、空は少し薄暗い。夕暮れの光が窓から細く差し込み、古い本とカーテンの匂いが混じるミステリー研究会の部室で、芹澤ミヤコは朝倉アキラをソファに座らせた。リカはロッカーに隠れて観察中だ。薄い鉄板越しに、かすかな息づかいが伝わる。
「無糖か加糖どっちがいい?ミルクはいる?」
「じゃあ、加糖で。ミルクいる」
「はいは~い」
ミヤコは手慣れた手つきでお客様用のカップにコーヒーを注ぎ、ソーサーにシュガースティックとフレッシュを添えて、アキラの前に差し出した。苦味のある良い匂いが広がった。そして、自分は正面のソファに座り、ブラックコーヒーに軽く口をつけた。
「それで?具体的に扉はどうやって細工したの?」
「マジでわかってなかったのかよ......」
「ま、まぁまぁ!誰が犯行可能だったかで推理するなら、どうやってやったかってそれほど重要な情報じゃないんだよね……!リカ、ね?」
ガタンっ!
ロッカーが大きく揺れた。
アキラはカップに3本目のシュガーを入れながら、怪訝な顔をした。
「あー……。ツッコんでいい感じか?」
「いったんスルーでお願い!」
「......まぁ、いいけど」
アキラはソファに立てかけられていた突っ張り棒を掴み、部室の扉に向かった。
「なんも難しいことはしてねぇよ。こうやって、伸ばした棒をレールに置いてただけ」
ミヤコもマグカップ片手に見に行く。アキラがガタガタと引き戸を揺らして実演した。確かに、枠と同じ色に塗装をしているからか、見つけにくい。電灯無しの状態ではよほど注意深く見ていないと気づかないだろう。
「これを内と外に仕掛けた?」
「そ。教室は2枚扉だから。それで、施錠したように見せかけられる」
ミヤコは扉に仕掛けられた突っ張り棒を眺めながらマグカップを口元に運んだ。
なるほど。そういうことか。
「じゃあ、早朝に来て、突っ張り棒を外して教室に入って、そのまま棒を隠したってこと?」
「ああ、高窓に隠しときゃバレねぇだろ」
「……うわ、考えてる。面白い!よく思いついたねぇ!」
「面白いって、あんたなぁ……」
呆れたように言うアキラは突っ張り棒を回収してソファに音を立てて座った。ミヤコはチラリとリカ入りのロッカーを一瞥し、再びアキラの正面に腰かけて「なんでやろうと思ったの?」と、世間話のように切り出した。
一瞬の間をおいて「っは!スリルだよ!それだけ。ほら、バンクシーみたいな!」と、朝倉アキラは髪をかき上げ、青いインナーカラーを見せつけるようにして言った。
「バンクシー?あの正体不明の路上芸術家?」
「そうそう!だから、ほんの出来心だったんだって!」
出来心ねぇ。それで、あんな計画を立てるかな。リカ曰く、朝倉さんは密室に拘るはずらしいけど。もしかして、そこに何か意味があるのかもしれない。
「じゃあ、朝倉さん。どうして“星月夜”を描いたの?それも密室を作ってまで」
「そりゃあ、書きやすかったからだよ。好きな絵だし。密室の方が話題にもなるしな」
アキラはケラケラと笑った。ミヤコは揺れるコーヒーを見つめる。本当にそれだけだろうか。やけに挑発的な態度。なにか隠してる?考えていると、スマホが軽く震えた。リカからだ。チラリとチャット画面に目をやる。
◇◇◇
『ミス研グループチャット(2)』
【リカ】“星月夜”は《《ゴッホが精神病院に入院しているときに描かれた絵》》です(既読)
◇◇◇
「......確か、“星月夜”ってゴッホが精神病院に入院しているときに描かれた絵だよね?」
「......だから?」
「朝倉さん言ってたよね。星月夜の不安定なところが好きだって。はみ出た色とか、いびつな線とか。心が見えるって。これ、何か関係ある?」
間髪入れずに「ねぇよ」と返ってきた。目は合わない。
ミヤコはマグカップを机に置いて、じっとアキラを見つめた。星月夜は精神病院で描かれた絵。つまり閉鎖された空間......。なら、朝倉さんが《《教室》》で“星月夜”を描いた理由って――
「気づいて欲しかったから?自分のことを、心のあり方を」
その瞬間、カップの縁を震わせながら、アキラは叫んだ。
「っ!ちげぇっつってんだろっ!!」
朝倉アキラの髪が逆立ち、目が据わる。震えるような、怒り、羞恥、困惑。様々な顔色がない交ぜになった表情だ。ミヤコは胸の奥がチクリとしたが、その目をまっすぐと見据えた。そういうことか。たぶん、この推理は間違っていない。アキラはいい意味でも悪い意味でも目立つ。その内面には見た目の派手さとは裏腹に、何か深く、鬱屈とした気持ちがあったのかもしれない。動機はまだ、確定していない。だけど、アキラの心にそこまで踏み込む必要はない。もう解くべき謎は、すべて明かされたのだから。
ミヤコは大きくソファに背を預けて、困ったような顔をして頭を掻いた。
「あちゃ~!違ったか~!でも、スリルのためにここまでするなんてロックだねぇ!」
「......は?」
「やっぱりバンドやってるから?でもダメだぞ~!鍵が盗まれたって先生誤解してたよ?」
「......まぁ、それは悪いと思ってる」
アキラはバツが悪そうにカップを傾け、底に溶けた砂糖を流し込んでいた。ミヤコはゆっくりとマグカップを持ち上げて、口元に運んだ。もう彼女に聞くべきことは何もない。物音ひとつしないロッカーを見やる。中で、リカが頷いているように思えた。
「先生には私から上手く言っとくから!あと、シイナさん?だっけ。友達をアリバイ工作に使っちゃダメだよ」
「......おう」
「聞きたいことは以上です!何か言っておきたいことは?」
「ねぇよ」
「そっか!じゃあ、気を付けて帰ってね!」
「......」
朝倉アキラは無言で荷物を掴むと、出口へと向かっていく。足取りは少し重い。引き戸に手を掛けた時、ミヤコはアキラに声をかけた。
「あ、そうだ。朝倉さん!ミステリー研究会って基本暇してるからさ、いつでもおいでよ。次はカプチーノ入れてあげる!」
朝倉アキラはゆっくりと振り向き、流し目でミヤコを見て、ニヒルに笑った。
「考えとくわ」
「おぉ!考えといて!部員も募集中です!」
朝倉アキラはそのまま扉を開けて、ひらりと軽く手を振ると、そのまま扉の向こうへ消えた。ミヤコが最後に見たアキラの横顔は、どこか晴れやかだった。
ふぅ――やっと落ち着いた。これにて一件落着。後は先生への報告くらいだ。あ、日高くんにもお礼言わなきゃ。くぅ~、事件解決後のブラックコーヒーは染みるなぁ。
ギィ……
「お、リカ!お疲れ~!今回も大活躍だったね!」
ロッカーから出てきた信田リカはコウモリと砂時計が描かれたスマートフォンを両手で握りしめて、涙目になっていた。
「先輩……本当にすごいです……!どうやったらあんなに話せるんですか……?」
「ん~……慣れ……?」
「な、慣れ……」
「ま、リカもその内、出来るようになるよ!」
「......いや、あたしは......」
コンコンコンッ!
規則正しいノック音。リカは「ピぃ!」っと、悲鳴を上げて、ロッカーに戻っていった。まったく、この後輩の人見知りは......いつかどうにかしなくては。
ミヤコは軽い足取りで、扉を開けた。
「はーい。お、日高くん、いらっしゃい!」
「失礼するよ。芹澤さん」
日高コウは部室をチラリと見回すと、再びミヤコに視線を落とし、小さな声で呟いた。
「……解決した?」
「うん!謎はすべて明かされました!」
「そうか!犯人はやっぱり……?」
「日高くんが想像している通りの人だよ。協力ありがと!」
日高コウは「そうか」とキザったらしくウインクをすると、優雅に手を振って去っていった。
「さ、今日はもう帰ろっか。ところでさ、リカ!星月夜と密室の関係、いつから気づいてたの?」
リカはそっとロッカーから顔を出し、周りを見渡してからボソッと呟いた。
「は、初めのチャットの時からです……」
「え、ええぇぇえ!すごっ。どうやったら出来るの!?」
「......な、慣れですかね。先輩も出来るようになります……」
「そっかぁ……」
ミヤコはそれ以上考えを深めなかった。リカがいそいそとマグカップを集め、ミヤコはそれを受け取り、手早く洗う。そして、二人で水を拭いて、食器棚に戻した。
「それじゃ、今日もお疲れ様でした!」
「......様でした」
こうして、今日の部活動は幕を閉じた。
◇◇◇
明星高校ミステリー研究会。――非日常があれば首を突っ込まずにはいられない変わり者たちの居場所。部員はいつでも募集中。ご依頼は部室までお気軽にお尋ねください。
それでは――次の非日常で、お会いしましょう!
『放課後の安楽椅子探偵:鷹と梟の事件簿 Episode 1:星月夜の密室』(完)
Episode 1:星月夜の密室
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
とにかく証拠を脚で稼ぎ、話の端々からわずかな心の機微を拾い上げる芹澤ミヤコ。
そして、送られてきた情報をもとに安楽椅子から鋭く犯人を追い詰める信田リカ。
「閉ざされた教室」と「星月夜」を結びつけた今回の謎、楽しんでいただけましたでしょうか?
コメントやブックマークを押していただけると、作者は小躍りしながら次の原稿に向かえます。
その一歩が次の物語の命を救うことにも繋がります。
引き続き――『放課後の安楽椅子探偵:鷹と梟の事件簿』をよろしくお願いいたします。




