第73話 弱音
「……またも、不思議だ。世界はここまで不思議に満ち満ちていたとは、思わなんだ」
おいおい、本気かよお前。
「一つ聞かせてほしいんだが……何故無傷なんだ?」
『闇棘神斬』は私の放つ技の中でも一、二を争う破壊力を持つ最強の斬撃の一つ。
サイでさえまともに相手にならなかった闇死棘で神斬を放ったんだ。
傷一つ負ってないというのは何故だ。
さすがに存在の格が違い過ぎる。
故に私はつい質問をしたのだが。
「……口を割らせるのは、古来より決まっているんだったな?お嬢ちゃん」
…………。
私はキレた。
「闇死棘」
触れる物全てを崩壊させる死の槍だ。
これを持っている私の手のひらですら皮膚を溶かしていく。
超強力故に、今までは一瞬しか握らないようにしていたり、投げ槍として使っていた。
だが、もう知らん。
「殺す」
握ったまま突き刺して内部から殺す。
絶対にだ。
「それは困る。抵抗は許してくれるのだろう?」
セラフィエルは慣れない表情筋を使うように、口の端を曲げた。
◇◇
十数の剣戟を掻い潜り、死に物狂いでヤツの攻撃を避ける。
セラフィエルの武器はあの時見た装飾過多な金色の斧槍だ。
何故か私の闇死棘に触れてもビクともしない性能を持っている。
「何なんだよその斧槍、ズルいだろう!」
私は戦闘しながらも文句を言うが、セラフィエルは無表情かつ無言で私を追い込む。
セラフィエルは見た目に反してパワーが強過ぎる。
身体性能にものを言わせた圧倒的な力だ。
神としての基本性能を持ち合わせている。駆け引きなど通用せず、私の絡め手も強引に打ち消してくる。
フェイントは私より早く斧槍を動かす事で無意味にさせ、瞬時の脱力は筋力の踏ん張りで無かったことにさせられる。
最早手加減されているかのようだ。
手加減……?
「おい、まさか。手加減してるんじゃないだろうな」
「……本気を出していないという意味であれば、その通りだ」
おいおい。
私相手に手加減だと?
ふざけるんじゃないぞ。
人殺しの分際で、クロエを殺した分際で手加減だと?
「私はイザベラ・ルシアン・アストリアという個体に興味がある。殺したい訳じゃない」
「黙れ。死ね」
死合いの最中に手加減だと!
許せるものか!
「……"黒雷"」
「こ、れは…………」
黒雷は暗雲招来の術式に魔神の魔力が介入した怒れる龍の魔術だ。
この魔術は強力過ぎて、練習すらまともにできなかった魔術だ。全力で放てば周囲一帯、灰すら残らない更地と化すだろう。
あのセラフィエルと言えど、唖然とした顔だ。
激辛の一撃、味わってくれよ。
「聖龍の息吹ッ!!」
黒雷が当たる瞬間、凄まじい密度の神力がセラフィエルを覆う。
魔力と神力は完全に別物だ。
セラフィエルの身に纏う魔力は、神の力。神力である。
私の魔神の力も言い換えてしまえば神力そのものだと言える。だからこそ魔王アーサーを討滅した後には、魔神の力を擬似封印した訳だ。
完全に抑えられるものでもなく、反動で気が狂ってしまってもおかしくない封印だからなるべくやりたくなかった。
その反動が今は丁度いい。
力が漲る。
俺を使えと血が騒ぐ。
この血に酔える者だけが、神力と相対する資格を持つのだろうか。
まるで血の酒だ。
さて、私の黒雷は通じただろうか。
これでも無傷であれば手の打ちようが無くなるな。
「……本当に驚かされる。またも聖魔法を使われたな。これで三度目だ」
「冗談だろ」
結果は……ダメだったらしい。
ヤツの鎧の一部を剥がし、多少の傷を与えただけで、大きなダメージにはなってない。
憎たらしく、またも無表情でセラフィエルは口を開く。
「絶望を、感じるか?」
今日はやけに饒舌だな。
心の内ではそう余裕ぶって見せるが、実際はヤツの言う通り。
「あぁ。全身でね」
心臓が凍えるように、みぞおちの奥が慟哭するように。
急激に襲う絶望が身体中に染み渡っていく。
浴びる様に飲んでいた血の酒は、もう私の体を酔わせてはくれない。
また死ぬのではないか。
どう足掻いても勝てないのではないか。
もう疲れた。
私は思い出していた。
セラフィエルと対峙しても怒りの感情は特に思い出せなかった。
本当は気づいていた。
無理をしてたんだ。
もう怒ってなどいない。いや、元から怒ってなどいなかったのだ。
あの日、あの時。
セラフィエルに全てを奪われた日、私は死んだのだ。それは私の力不足によってだ。
いいじゃないか。もう十分戦った。
たくさん訓練し、たくさん戦って、たくさん死にかけた。
弱音くらい吐いたっていいだろう。前世では王で、今は姫なんだ。弱音を吐ける場所なんて何処にもなかったんだ。
自分の心に嘘ついたって仕方がないだろう?
ああ、認めるよ。
怖いんだ。私は、もう一度死ぬのが怖いんだ。
恐怖だ。
皆は知らないだろう。あの死ぬ時の感覚を、知らないだろう。
当たり前だ。死体は喋らないから。
全身が凍えて仕方がないんだ。指先から、足先から、感覚が無くなっていくんだ。
死ぬんだって分かるんだよ。あんなの二度と体験したくないんだって。
皆知らないんだ。知らないから、死なないための努力ができないんだ。
だから必死に、それこそ死に物狂いで訓練できないんだよ。
アルベールはよく言っていたな。死ぬ死ぬって。
死んでないからいいじゃないか。
私は死ぬのが怖かったんだ。
怖くて怖くて、それでもクロエの為だと、息子のアルベールの幸せを奪ったやつのせいだと思い込んで努力を怠らなかったんだ。
本当は違うんだ。分かっていたが無視してた。
私は死ぬのが怖いんだ。
「怖いよ、とてもね。お前が怖くて仕方がないよ」
セラフィエル、お前になら言えるかもしれない。
私の全てを知っているお前なら、気づいてくれるかもしれない。
「だから……死ぬつもりなんて、サラサラ無いんだ」
「……?」
最後に一つ、試してない事があった気がするんだよ。
それだけやってみてから死ぬ覚悟をつけさせてくれないか。
セラフィエルはよく分からないって顔をしているな。
死の概念が無かったであろうお前には分からない話かもしれない。
私はまだ死にたくないんだ。
無茶苦茶に、我武者羅に。
恥を晒して生きていってもいいのだろう?
だって、死にたくないんだ。
お前が怖くて仕方がないんだ。
足がすくんで、手が震えるんだ。
だから、これは最後の足掻き。
やった事も、試した事もない隠し味だ。
悪いね。
私は大味が好きなんだ。
隠し味なんて分からないんだよ。
ああ、腹が減ったな。やけに料理の事ばかり浮かぶわけだ。
「最後のデザート、楽しんでくれよ」
どうだろう。お前にとっては本当にデザート気分かもしれないが、付き合ってくれよ。
一人で死ぬのは寂しいもんなんだ。
「魔神魔王化」
さぁ、スプーンは用意できたか?




