第44話 「我が友」
真なる友の存在を喪いながらも、歯噛みしながらソロン様に異端の力を手紙で報告した。
私の僅かな平穏とは別れを告げなければならないかもしれない。
それまでは、イザベラと共にあろう。
そう思っていた。
しかし、しばらくは何も起きなかった。
異端の力など、魔神の力など発見されなかったかのように何も無い。
ソロン様は何を考えていらっしゃるのか。
愚かな人形である私には理解が及ばない。
恐らく、イザベラも私が王家からの差し金だと気づいてるかもしれない。
それでも、私を傍に置いてくれている。
どうしたらいいか、分からなくなってしまった。
……私は、どうしたらいいの。
何事も無く、三年の月日が経った。
私がイザベラと出会ってから三年も経った。
三年もイザベラをよく見ていた。
それは、監視という任務を遂行するというだけじゃない。私がただの友人としての立場になりたかったからだ。
私の心は、イザベラに寄り添い過ぎてる。ヴォルコフ家の人間としては失格だ。
この気持ちを兄様に知られでもしたら、もしくはソロン様に知られでもしたら容赦なく処分されてしまう。
隠さなくてはならない。
しかし、表面上は仲良くしなければならない。
表面上は仲良くしなければならないし、心の中でも仲良くしたいと思っているのにそれができない。
私の心はどうにかなってしまいそうだった。
そんなある日、教室に兄様が来た。
オズワルド・ロゴス・ヴォルコフ。
オズワルド家で最もその力を認められた人間にしか与えられないロゴスの称号を持つ兄様。
幼い頃から兄としての愛情は無く、訓練のために頬を蹴られ、腹を斬られ、足を折られた。
正直、恐れの感情を抱いてしまっている。
教室に来た兄様を無意識に警戒してしまい、それを感づかれた。たぶん、イザベラにもバレた。
また、失敗した。
「やあ、久しぶりですね。イザベラさん」
兄様はそう言ってイザベラに話しかけた。
最初は警戒していた様子だったイザベラも、何かを感じ取ったのか兄様について行った。
ついて行ってしまった。
……失敗した。
兄様がイザベラと対面で話すという事は、秘密の共有だろう。
つまり、兄様はイザベラの味方だ。
兄様は、イザベラについた。
水面下でソロン様とイザベラが争っているのは分かっている。ここまでソロン様がイザベラの情報を求めるのは敵対しているからに他ならない。
つまり私は、イザベラの敵なんだ。
しかもそのイザベラにヴォルコフ家のロゴスである兄様がついたということは、これはヴォルコフ家の総意である可能性が高い。
今なら、離反しても許されるだろうか。
……許されないだろう。もし離反に気づかれればソロン様はどんな手を使ってでも私を処分するし、大きな問題になる前にヴォルコフ家が私を王家に差し出す可能性もある。
詰みだ。
イザベラが帰ってきた時、それが私の寿命だ。
鬱陶しい後輩が話しかけてきているが、今日が終われば私の処分は決定されるだろう。
イザベラがそう判断したならば、私は生きていられない。
そう考えていると、イザベラが戻ってきた。
険しい顔で不機嫌だ。
私の監視についてとうとう嫌気が差したか、私の存在を兄様が全て話したか。
何にしろ、イザベラの手で殺されるのであれば後悔は無い。
と思っていたが。
「馬鹿者共が!失せろ」
イザベラはそのまま鬱陶しい後輩二人を怒鳴りつけた。
「お前らに教える事など何も無い。ティナには特別な才能があるし、エイルにも目を見張る特殊な力がある。お前らは何だ?すぐに強くなる為の"コツ"を聞いてくる奴には何も教えることはない。死ぬまで走り込みをしていろ」
まぁ、概ねその通りだと私も思う。
魔法の天才でも、剣術の天才でも、努力しなければ成長しない。
死ぬまで走り込み、というのはまずは体力をつけろという事だろう。
怒っているようでその実、ただその成長を願っているイザベラなりの叱咤激励だ。
イザベラの本質的な優しさだ。不器用なりに出来ることをしている。
「待たせたなクリスタ。昼飯を食いに行くぞ」
……!!!
天地がひっくり返るような衝撃だった。
多分、イザベラは全て知ってる。ロゴスである兄様が直接接触したんだ。全部教えてもらっていてもおかしくはない。
それでも、私との昼食を楽しみにしてくれている。
「……うん!分かった」
恥ずかしいけれど、私の笑顔は弾けていたと思う。
そして、その平穏はある日突然終わりを告げた。
「クリスタ、聞け」
慌てた様子で駆けてきた様子のイザベラ。いつもと様子が違う。
顔つきが精悍だ。
……戦士の顔。そう感じた。
「どしたのベラちゃん」
「私の監視は現時点から不要だ。ヴォルコフ家としてのお前にしか頼めん正式な依頼がある。これを拒否する事は王家に翻意があると認識する。依頼の拒否は認めん」
私は、この静寂が終わりを告げた事を確信した。
「返事はどうした!」
「はっ!」
臣下の礼をとった。
今まで兄様や父様相手にこの礼をした事があったけど、イザベラに対してするのではまた違った気持ちになる。
こういう気持ちはなんと言えばいいのか。
私は表す言葉を知らなかった。
イザベラが王族としての命令を私にしてくるのは初めてだが、それが事態の深刻さを物語っているように思う。
尋常ではない。
イザベラの依頼は、王宮に行きソロン様の手助けをして欲しいとの事だった。
……私は、イザベラの力になりたい。
でも、それは許されない事だ。私はイザベラを常に裏切り続けていると言ってもいい。
そんな私を手元の戦力として頼る事はできないだろう。
「頼むクリスタ。今は何も言えんが、大事になる可能性がある。下らない兄妹喧嘩など、それこそしていられん事態だ。お前をヴォルコフ家として扱うことに躊躇いはあるが、そんな甘い事を言える状況じゃない。……我が友クリスタよ、お前に王族として命令してしまう惰弱を許せ」
(……我が友、だってさ)
友達だと思っていたのは私だけじゃなかったんだ。
イザベラも、私を友であると言ってくれた。
だから、昼食を共にしてくれていた。
だから、私に気づいてもいつも通り接してくれた。
だから、優しくしてくれていた。
イザベラは強い。
その心根が、その生き様が、その有り様が。
とても強い。
私は王宮でソロン様の味方になる訳じゃない。駒になるつもりなんかさらさら無い。
私は王宮で、イザベラの為に行動するんだ!
そんな私を嘲笑うかのように王宮で下された最初の命令は、イザベラの婚約者を捕える事だった。




