ep.63 レッスンのぞき見⑤ 初の演技レッスンで全員止まる
キャラランドの収録スタジオに入った瞬間、空気の違いに気づいた。
騒がしいわけでも、静まり返っているわけでもない。
ただ、全員の意識がわずかに引き締まり、余計な動きや言葉が削ぎ落とされている。
今日は、特別なレッスンの日だった。
演技コーチ、太秦 河勝
数々の現場で俳優指導を行ってきた人物で、その指導は「15カ月待ち」と言われるほどだ。
ドアが開く。
「……太秦です」
それだけで、場の空気が切り替わった。
無駄がない。説明もない。
それでも、ここで何が求められているかは、自然と全員に伝わる。
「今日は、“好きだ”だけやる」
短く告げて、太秦は椅子に腰を下ろした。
「順番、誰でもいい」
最初に前へ出たのは、翔太だった。
「……ぼく、やります」
手にした台本を握りしめたまま、マイクの前に立つ。
「……す、好きだ」
小さく、頼りない声だった。
だが、その場から逃げない意志だけははっきりしている。
——翔太、ちゃんと立ってるな。
「台本、置いて」
太秦の声が飛ぶ。
「それ、誰に言ってる?」
翔太は答えられない。
「分からないまま言うと、“音”になる。演技じゃない」
言葉は短いが、逃げ道はない。
翔太はゆっくり台本を置き、前を見た。
次に出たのは、カノンくんだった。
「前提条件の設計が必要ってことですよね」
理屈で組み立てる。
関係性、状況、距離。
「……好きだ」
正確だが、冷たい。
——カノンくんらしい。でも、確かに温度がない。
「頭いいね。でも、その人、好きじゃないでしょ」
カノンくんが止まる。
「“説明”になってる。体験してない」
その差は、はっきりしていた。
辰煌が前に出る。
「次、僕」
ためらいなく言う。
「……好きだ」
熱がある。
今にも溢れそうな感情。
——これは、刺さるけど……強すぎる。
「やりすぎ。それ、現場で浮く」
その一言で、空気が戻される。
真秀が続く。
「じゃ、俺」
自然に、余計なことをせずに言う。
「……好きだ」
違和感がない。
——真秀、こういうの強いな。
「いいね。もう一回やって。再現できるように」
真秀が軽く笑う。
千鶴がすぐに飛び出す。
「オレもやる!」
「す、好きだっ!!」
まっすぐすぎる。
——千鶴、全力すぎるな。
「元気だね。半分でいい」
千鶴が一瞬固まる。
那音くんが、静かに前へ出る。
「……俺も、やります」
丁寧に言葉を置く。
「……好きだ」
優しいが、少し引いている。
——那音くん、遠慮してるな。
「遠慮、いらない」
一言で方向が変わる。
ダズが軽く手を挙げる。
「ワタシも、やるネ」
いつもの調子で言う。
「……好きだ」
癖がない。
——ダズ、変に作らないのがいい。
「そのまま」
それだけで十分だった。
最後に、雪雄さん。
姿勢も、間も、完成されている。
「……好きだ」
安定している。
——やっぱり、うまい。
だが——
「舞台だね。カメラ、近い。半分でいい」
雪雄さんは迷わず頷いた。
「……修正します」
全員が終わる。
静かな空気が戻る。
太秦は全員を見渡してから、静かに言った。
「いい素材だね」
一度だけ間を置く。
「だから、余計なことは足さないでいい」
少し視線を動かしながら続ける。
「声を張りすぎるな。感情を説明しすぎるな。作ろうとしすぎるな」
「そういうの、現場では全部バレるし、使いづらい」
誰も言葉を挟まない。
太秦はそのまま、結論だけを置く。
「“正解の演技”はない」
「でも、“現場で使いやすい演技”はある」
それは、うまさの話ではなかった。
相手とシーンにちゃんと馴染むかどうか、その一点の話だった。
「次からはセリフ増やす」
「ちゃんと相手を決めて、関係を考えてきて」
それだけ言って、太秦はスタジオを出ていった。
ドアが閉まる。
しばらく、誰も動かない。
「……おもしろ」
辰煌が笑う。
「いや、普通にむずいって」
真秀が肩をすくめる。
カノンくんはすでに考え込み、千鶴は頭を抱え、那音くんは静かに息を整え、ダズは楽しそうに笑っている。
翔太が、小さく言った。
「……誰に、言うか」
その一言が、妙に残った。
俺は壁にもたれたまま、その光景を見ていた。
ララライズは、まだ素人だ。
でも——
“使われる側”に立てるかどうかの入口には、確かに立った。
それだけは、はっきりと分かった。
*キャラクター原案者*
英賀田 雪雄 :日花子
根古島 カノン :日花子
京極 真秀 :茶ばんだライス
折原 千鶴 :夏也 すみ
狭山 那音 :ギフカデ
Daz・Garcia :HUNGRY
赤河 辰煌 :ウニヲ
佐藤 翔太 :niko




