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一話 忠道と無礼

すみません、だいぶ遅れてしまいました

 場所を少し移し、やってきたのは同じ部屋だが雰囲気が全く違う一角。

 大きな机には戦術地図や、その地図の上には駒が置かれている。それらの駒を動かすためのプッシャーやらディバイダー、三角定規や文鎮などぽい物が多く載っていた。

 机を挟んで酒呑と対面する形になり、五十鈴以外の二人が目移りしている間に、酒呑は話始めるのだった。


「……始まりは、ある日突然のことであった。長い年月生きてきた妾達ですら、見たことのないような数の魔獣が、津波の如く、この里を襲ったのじゃ」


 窓の外を目を細めながら酒呑は見やった。彼女の淡々とした声が、静まり返った部屋の中に響く。


「当初は、そう恐れるほどもなかった。鬼の力を使えば鬼の力を持ってすれば、蹴散らすのは造作もないこと。攻められては退けるを幾度も繰り返し……」


 酒呑は少し顔を曇らせて口を開いた。


「その日々の中で妾達は少々慢心しておったのかもしれぬのぅ。……ある日を境に『風向き』が変わったのじゃ」


 酒呑は懐から漆黒の鉄扇を取り出し、その扇の先で、机の上に広げられている戦術地図の一点を指し示す。


「この場の戦からじゃった。魔獣共の動きが、突如として洗練され始めたのじゃ。こちらの死角を突き、連携を寸断し、最も妾達に被害が出るよう効果的な時と場所を選んで牙を剥いてくる」


 戦術地図には大量の罰がついており、徐々に里周辺が魔獣達に占領されていった跡が残っていた。


「……かつての無秩序な暴走ではない。そこには明確な『意志』と、『冷徹』なまでの戦略が宿っておる」


 苦々しく目を細めて、酒呑は一拍置いた。

 そして短く息を吸い込んでから、再び窓の外を見る。


「姿を見せぬが……この戦場のどこかに、魔獣共を意のままに操り、盤上を支配しておる『何者か』がおる」


 沈黙し話を聞いていたのに、その言葉を聞いた途端に動揺が走る。

 魔獣退治の要請かと思っていたが、もしかしたら……。


「……そやつは、こちらの防衛線を一つ潰すたびに、次の一手を既に打ち終えておるのじゃ。そのあまりに無慈悲で正確な采配、もはや戦いというよりは、一方的な処刑を見せられているようでのぅ……」


 グッと酒呑は机の上に置いていた拳に力を込めて、悔しそうに眉を下げていた。

 こほんと咳払いして、「それからは、坂道を転げ落ちるようであった」と言葉を続ける。


「一歩、また一歩と防衛線は削られ、今や里の防壁を背に戦うのが精一杯……。このままでは、そのまま削られていき、奴の描く勝利図の通りに塗り潰されるのを待つのみ。……ゆえに、妾は周辺諸国へ文を送った」


 落としていた視線を上げて、こちらの目をまっすぐと見てくる酒呑。ほんのりとその口が綻んだ気がした。


「……見えぬ軍師の知略を打ち破るには、奴の想定を上回る『異物』が必要だったのじゃ」

「……それが、私」


 驚きながら自分に指を指す。

 異物と呼ばれたことに驚いてるわけではなく、シンプルに鬼族という戦闘種族と魔獣との戦いで、魔獣を優勢にできるほどの天才軍師の想定を上回る可能性として、自分が呼ばれたことに驚いているのだ。

 自分なんかがという疑問しかないが、そう思われて呼ばれたのならば、その思いを、期待を裏切るわけにはいかない。


「そうじゃ。……頼めれるかのぅ?」

「っ……勿論ですっ。任せて下さいっ! 私が、助けます!!」


 立ち上がり自分の胸に手を当て酒呑に手を差し出す。

 頼まれたからには、答えは一つだ。


「ふふ、頼もしい。……有難う、英雄。どうか、妾の大切な里を、同胞を救っておくれ」


 酒呑は微笑みながら手を取ってくれた―――。

 ―――話がひと段落し、酒呑と談笑中。ふと、ある事が気になったために、酒呑へと尋ねそのことを尋ねるのだった。


「鬼丸って巫女様なんですよね」


「? そうじゃ……それがどうかしたかのぅ?」

 唐突な質問に疑問符を浮かべる酒呑に、さらに質問を投げかける。


「鬼丸についてはどれくらい知ってるんですか? あんな失礼な態度してるのに許してるので……」


 五十鈴もだが、なぜ鬼族の人々は鬼丸の行いに、こんなにも寛容なのか……と。

 顔を横に向け、鬼丸が本を取り出してペラペラ捲っては投げ捨て、気に入ったものがあったら座り込んで読み始める。そんな行いに苦笑を浮かべながら。


「……簡単な事じゃ。妾や、その後に生まれた子等など関係なく、数百年前に妾達のために戦ってくれた巫女様を。身代わりとなって封印されたあの方を、無碍に出来る訳が無かろうて」


 質問に確固たる意志と共に酒呑は微笑みながら優しく答えてくれた。

 そんな酒呑の言葉に本を読みながら耳を傾けていたのか、鬼丸がわざとらしく本を閉じた。


「クックック、言うようになったようじゃなぁ? のう、小娘」


 カッと目を開き鬼丸は薄い胸を張りながら酒呑にそう言い放った。

 自分含め、三人の目がギョッと鬼丸へと向かうのは必然だった。


「ふふ、お変わりないようですね……鬼丸様」


 鬼丸にそう言われた酒呑はその時だけ、昔の若かりし頃のような口調で嬉しそうに困ったような笑顔を浮かべる。

 またしても三人はギョッとして目を向けた。


「変わる訳がないじゃろうが、わしは封印されとったんじゃぞ? 歳食ってボケたかのう?」

「ふふ、本当にお変わりない。……不肖の身ながらこの酒呑。鬼族の里の長を担ってます」


 鬼丸の前へ移動して、酒呑は深々と頭を下げて口を開く。鬼丸は静かにその酒呑の行いを見守っていた。

 相槌だけは忘れずに。


「ああ」

「鬼丸様が残してくれた、この地と、同胞達は今もこうして安泰な暮らしを送っています」


 知っておる、見たからのう。と鬼丸は酒呑の肩に手を置き、そう声を掛けた。

 そして顔を上げた酒呑に一歩近付いて、そっと頭を撫でると、


「―――酒呑、よくやった」


 囁くような優しい声で鬼丸は酒呑に向かって言い放つ。

 その瞬間、ブワッと酒呑の目から涙があるれ出したのだ。ダラダラと滝のように流れ始める涙。

 次第に酒呑の口から声が漏れ始めた。


「わしの大切な物が、あの時のままじゃ。……その忠道、大義じゃったのう」


 ガッと鬼丸が酒呑のことを引き寄せて抱きしめると、酒呑はダムが決壊したかのように咽び泣くのだった。

 今だけはその背中には威厳は微塵もなかった。小さな背中であるはずの、その背中に多くを背負ってきた彼女だったが。

 それも今、全てが降ろされた。重いはずのそれらが一気に軽くなったに違いない。

 ただ主の大切な物を守るために何百年という、人では想像すらも出来ない年月を身を粉にして頑張り続けた、本当に偉い人だ。

 そんな酒呑を労う鬼丸もいつものような雰囲気は感じられない。

 今は一端の何かとして、自分に仕えて、自分の大切な物をずっと大事にしてくれた忠臣を労っている。

 その光景は誰かにとっては意外に見えて、誰かにとっては鬼丸らしいなと映っているに違いない。

 違っていたとしたら、隣の律が口を開けて目をかっぴらき大袈裟に驚いてるのはおかしいからだ。

 五十鈴も意外だったのか、ジーッと鬼丸のことを見ていた。


「まったく、うぬは昔っから頑張りすぎなのじゃ。……少しは休め、阿呆が」

「……っ、はいっ。仰せのままに、この身は鬼丸様のためにあるのですからっ」


 抱きしめていた酒呑を離し、チョップを優しく頭に叩き込んだ鬼丸はべっと舌を出しながらそう口にした。

 忠義が厚いのも考えものじゃなとボソッと呟き、ふわぁ〜っと盛大に大きな欠伸をするのだった。




 また、それからしばらくして。


「―――だからっ! あんなちんちくりん、英雄なんかじゃないですって!!」


 部屋の外からそんな声が聞こえてきたのだ。

 酒呑含め、全員の視線が扉がある面の部屋の壁に向かった。


「……ここ、結構薄いのじゃよ」


 ひとしきり泣き、今までの重責から解放された酒呑は先ほどまでの雰囲気を取り戻し、小さな声で、そんなことを教えてくれた。


「てか、英雄って言ってなかった?」


 ふと、聞こえてきた声の内容が頭の中でよぎった。


「ち、ちんちくりんとも言ってましたね……」


 苦笑まじりに律がそんなの余計なことまで教えてくれた。


「―――総隊長は認めてるんですか!? ……黙りってことは、認めてないってことですねっ!!」


 大きな声と共に足音が近付いてくる。

 声からして若い女性だろうと推察できた。


「任せて下さい! この私が! わ・た・しが! あんなちんちくりんに言ってやりますよ! お前なんか英雄じゃねぇー! って!」


 聞こえてくる言葉は全部その英雄のことばっかりだった。

 その英雄が壁一枚向こうに居るのも知ってる上で、どうやら彼女は言っている。そのことから彼女の言葉は本気だなのだと察することができる。

 でもそれは危ないことだ。

 自分だけなら別になんとも思わない故に、何を言われても平気なのだが、ここには今、鬼丸が居る。

 実際、ゴゴゴと漫画ならそんな擬音が使われるぐらいの怒りのオーラを放っていた。


「扉をバーンって開けながら、まず最初に喝を入れてやりますよ!!」


 足音が止まり、ドアノブに手が置かれた音が部屋に伝わった。そして扉が開くのは一瞬だった。

 バーンっと開け放たれた扉、そしてワンテンポ遅れた中に入ってきたのはアクアマリンの結晶のように煌めく髪が特徴的な超美少女。

 見た目、あんまり律などと変わりないその少女は目を瞑りながらすぅ〜っと息を吸い込んでは、


「今からこの私、氷雨(ひさめ)様があなたのような偽物の英雄に喝を入れて上げるわよ!!」


 とカッと目を見開いてそう宣言を果たした。

 そして部屋を一周見回して、目を閉じ、ふっと口元に笑みを浮かべながらゆっくりと床の上で正座し、そのまま綺麗に衣擦れの音すらさせずに両手を内八字に前に傾けて床につき、額を床につけ始めた。

 そしてグリグリグリと高速で額を擦りながら、


「申し訳ございませんでしたぁあああああああああああ‼︎」


 と謝るのだった。

読んで頂きありがとうございます!!

面白いと思って頂けましたら、ブックマークと評価やレビューなど、どしどししてくれると物語の面白さ向上につながります!

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