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水底の歌  作者: 渡邉 幻月


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後日談

気が付くと、そこはあの岩場だった。

あの夜、人魚を… 弟姫を呼び出し竜宮へ誘われた岩場。


「咲、咲、大丈夫か!?」

打ち上げられ気を失った状態の咲を見付けた浦野が、彼女を抱き上げる。頬を叩いて何度も呼び掛けていると、うっすらと瞼が開いた。

「咲!」

「…父さま?」

「そうだ、咲、良かった。」

目覚めた咲が自分を呼んで、それに浦野は安堵を覚える。

「帰ってきたの?」

咲は辺りを見回す。

まだ夜の闇の中のそこは、海の底を思い起こさせる。打ち付ける波の音が、乾いた空気が、地上であることをひっそりと伝える。

「そのようだ。人魚に会いに行った時とほとんど同じくらいの時間だ。もう何日もあそこに居たような気がするのにな。…浦島太郎みたいに何百年もたってなければいいがな。」

浦野はため息をついた。岩場の様子から、さすがにそれは無さそうだとは思ってはいたが、竜宮の存在が、乙姫の存在が、一抹の不安を植え付ける。

「あっ、父さま、先生は?」

「先生か? そう言えば… お前が心配で、先生までは探していなかった。咲、お前が大丈夫なら先生を探して来よう。」


奥津は少し離れた場所に打ち上げられていた。気を失ってはいたが、息もあるし目立った外傷もなかった。

浦野はほっと一息吐いた。奥津に何かあったら、後味が悪い。咲の呪いも解けたというのに、最大限の助力をしてくれた奥津が怪我などしていたら。いや、もっと最悪なのは… そこまで考えて、浦野は首を振った。

せっかく助かったのに、そんな不吉なことを考えることはない。

奥津を抱え、浦野は咲の待つ場所まで戻った。

「先生!」

「気を失っているだけだ。最後、随分大きな潮に呑まれた、そのせいかもしれん。歩けるか? 咲。先生を連れていかにゃならん。」

「大丈夫、歩ける。家までそんなに遠くないし…」


疲労に襲われてはいたが、呪いが解けた、その事実が気分を高揚させ足取りを軽くする。


家に戻ると、不思議なことにあの夜家を忍び出た時からそれほど時間が経っていないようだった。

「浦島太郎と逆みたい。」

ぽつりと咲が呟いた。呪いは無事に解けたものの何百年と時間が経っていたらどうしよう、内心不安に襲われていたのだったが、杞憂に終わったようだ。

「何日も居たような気がするんだがな…」

浦野もほっとした様子だった。

 だからと言って家の者を起こすのは忍びない。さすがにここまでくる間にひどい濡れ鼠ではなくなってはいるが、どうしたものか。

まだ少し水分を含む髪や衣服、潮の匂いがただ事ではない気配を醸し出す。

「咲、今日の所は離れに戻ってくれ。母屋のお前の部屋に戻るのは明日だな…」

「そうだね。先生はまだ起きないみたいだけど、どうするの?」

「そうだな… おれが部屋に連れて行こう。」

咲は頷くと、離れへ戻った。

浦野は奥津を背負い、彼の部屋まで向かう。障子をそっと開け布団に横たえる。

「先生、ありがとうございました。呪いも解け、無事に戻ってこれました。…お礼はまた明日、改めて。では、失礼します。」

浦野は目覚めない奥津に囁くように言い残して、自分の部屋に戻った。

もし、明日になって奥津が目覚めなかったら町医者を呼ぼう。そんな事を考えながら。


翌日。

浦野の心配をよそに、奥津は普通に目覚めたようだった。こっそりと、

「部屋まで運んでくださったのは浦野さんですよね?」

と、バツが悪そうに囁いてきた。

浦野は、お気になさらず、と笑顔で答えた。それくらいでは足りないほど色々良くしてくださったのですから。とも続けた。


呪いはもう無い。一晩ですっかり咲の姿は元に戻った。診察の真似事をして、奥津は完治したと診断書を書く。

「そもそも病気ですら無かったんですがね…」

奥津は苦笑いをした。

まあ、でもこれが無いと咲さんはここから出られませんもんね。奥津は穏やかに言った。


浦野と咲は改めて礼を言い、今後について話し合った。


竜宮で口にした毒を含む幻覚魚の影響がどこまであるのか、それが分かるまでは。

奥津はその間、浦野家に留まることにした。表向きは咲が完治したお礼にもてなす、と言うことにして。


特に、後遺症は無さそうだ。と、奥津が判断する頃になって、奥津の瞳に陰りが見え始めた。

咲にはそれが不安で仕方が無かった。良くないことが起こりそうな。


数日して、奥津が咲に言う事には。

「歌が聞こえるんです。毎晩、海の向こうから。」

生気のない顔、声。まるで死の淵に居るような気配が漂う。

「歌、ですか?」

咲はそんな奥津に困惑していた。竜宮を去る時までは、何の異変も無かったというのに。あの夜、奥津は気を失ったままだった。咲や浦野が体力を消耗しながらも、どうにか動くことが出来たというのに。

「悲し気な、どこか恨めし気な…」

奥津の意識はもうここには無いようで、だからと言って何をどうすればよいかも分からずに咲は悲しくなった。

「あの歌は、おとひめの歌なのでしょうか。いや、あの骸にそんなことが…」

奥津は呟いた。それは隣の咲には聞こえないほど小さな声だった。


 ぼんやりとする意識の中で、奥津は考える。竜宮とは何だったのか、と。

振り返りざまに見えた、あの姿は。地獄のような冥府のような。煌びやかさとは真逆のあの場所。

それこそあの世だったのではないだろうか。冷たい海の底。光も届かぬ暗闇の世界。亡者どもが住処こそが竜宮だったのではないか。

浦島太郎はそれに気付いて地上に逃げ帰ったのではないのか。

…それなら、自分は?

海の底から聞こえる歌声に、後ろ髪を引かれる自分は。

何でもする。なんて答えなければ良かったのだろうか。あの時僕は。

「今さら…」

今さらか。奥津はあの暗闇に沈んだ竜宮に支配され、魅入られたのだと、朦朧とする意識の中自覚した。


太郎たちの身代わりにされるのだろうか。

薄ら寒い、奥津は思った。予感が、背筋を走り抜けていった。悪寒のように。


もう、逃げられない。


暫くして、奥津が姿を消した。

誰にも何も言わず。

みんなが必死で探した。咲は特に血眼になり、探して回った。


だが、何日経っても見付からない。奥津の故郷にも、大学にも、係わった病院にも何の連絡もなく、姿もない。

さすがに警察の顔色も変わる。何かの事件か。と。

何の手掛かりもなく、時間だけが過ぎ、一人また一人と奥津を探すものが減っていく。

ある時、あの岩場にぼろぼろになった奥津の白衣が打ち上げられているのが見付かった。誰もが、奥津は海に沈んだのだ、と思い至った。

事故か事件か、誰にも分らないまま真実は闇に沈み逝く。

事故として、処理された。

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