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水底の歌  作者: 渡邉 幻月


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現世へ:竜宮の正体

「それでは皆さま、こちらの衣を身に着けてくださいませ。」

女官が澄んだ青の薄絹の衣を三人に差し出した。

「海上に上がるまで、こちらの衣が皆さまの身を守りましょう。」

狩衣を衣服の上から纏う。咲は一人、この美しい薄絹でできた狩衣を纏い浮かれていた。身に着けることのない美しい絹に、少女らしく素直に胸をときめかせていた。

「海上までは私がご案内しましょう。」

一人の老いた男が、三人の前に進み出た。

「ええと、海上まではどうやって帰るのでしょうか?」

舟とかですかね? と言う奥津の問いに、案内役を買って出た男が答える。

「泳いで、帰ることになります。なあに大丈夫ですよ。その竜宮の衣なら溺れることなく、大潮に呑まれることもなく海上まで泳ぎ切れます。」

泳いで帰る、の段階で不安気な顔を見せた咲に、男は笑いかける。

「こんなに綺麗なのに、そんなに不思議な力があるの?」

不思議そうに咲は衣を見詰めた。

「ええ。なので地上に戻ったらその衣は返していただきます。」

「む、まあ、そうだな。こんな上等なものを持ち帰ったら、竜宮の事を話さない訳にもいかなくなる。」

ほんの少し返すのが惜しいと思いながら、浦野は男に同意した。

「ではこちらに。外海に出る場所があります。」

男に率いられ、三人は竜宮の敷地から出て、珊瑚をよけながら歩く。

こんなひょろひょろの老人に海上まで泳ぎ切る体力はあるのだろうか。奥津はおとこをじいっと見ながら考えていた。


厳重な門は、既に近侍たちの手によって開かれていた。

「うっかり外海に出ないように、普段は門を閉ざしているのですよ。」

男が説明した。巨大な厳めしい門をくぐり向ける。そこには、ほの暗い海水の壁が立ちはだかっていた。竜宮に来て初めて見る風景でもあった。

「この壁を通り抜ければもう海の中です。衣をきっちり着込んでください。それが脱げてしまったら、あなた方ではひとたまりもありませんから。」

なかなかに物騒なことをさらりと言いのけて、男は海水と竜宮の敷地を隔てる壁に向かう。

 すると、ゆらゆらと男の姿が揺らめき、そうして。

男は大きな海亀へと姿を変えた。

「それでは私についてきてください。壁は海の水だけを隔てます。あなた方は難なく通り抜けられます。…このように。」

そう言って亀は壁をすり抜けた。

 そうして三人が壁を越えてくるのを静かに向こう側で待っている。


「浦島太郎の亀なのかな…」

咲がぽつりと呟く。そうかもしれませんね、と奥津が答えた。

ともかく、亀に言われたように海へ出るために壁の向こう側に向かう。

「まずはおれが様子を見よう。」

恐る恐る浦野が壁に触れる。プルプルとした感触は果敢無く、つるりと向こう側へ手が突き抜けた。冷たい水の感触が手を包む。浦野は驚きつつも、好奇心も相まってそのまま前進した。目の前は暗い海の水が一面に広がる。水の中に居る感覚は確かにあるのに、なぜか息苦しさは無く不自由なく呼吸ができる。それもまた、浦野を驚かせた。

「僕たちも行きましょうか。」

浦野の手招きを見て、奥津は咲に言う。彼女を気遣いながら壁の向こう側へ。不思議な感覚に戸惑いながらも水底へ。

口を開くのはほんの少し怖かった。三人は何となく沈黙し、身振り手振りで意思を伝える。

そして準備はできたと、亀に視線を向けた。

亀に連れられ、三人は地上を目指した。


本当に不思議なことだが、貸し出された衣を纏っていると海の中でも地上と同じように呼吸ができた。海水に濡れている感覚はあるのにもかかわらず。竜宮に行った時よりは苦痛を感じずに地上へ戻れそうだ。

女官の言葉を思い出す。そうして、その言葉の意味を知り納得する。確かに身を守ってくれている。


随分、深い場所にあるのだな。三人は一様に感じていた。太陽の光も届かないような場所、相当上へ上ったはずなのに、未だ一筋の光さえ差さない。

 亀の周りだけ淡い光で照らされている。


泳いでも泳いでも、日の光が届く気配もない。

にも拘らず、疲労感は無い。どこまでも泳いでいけそうなほどに、体は元気だった。

時折、見たこともない不思議な形の魚が通り過ぎていく。

振り返ってみたい、そう思っても相変わらずの暗闇にどうせ何も見えないから、と三者三様に思い巡らし、ひたすら上昇するのだった。


目に映る魚の種類が変わり、日の光が一筋二筋ちらつき始める。

見たことのある魚が増えてきた。もうそろそろか。

誰ともなしにそう思う。


ふと、どれだけ離れたのだろう。

奥津は疑問に思った。

もう随分と泳いできた。未だに疲労を感じないのは、竜宮の衣の力なのかもしれない。そう思うと改めて竜宮という場所のすごさを感じる。


『決して振り返るでないぞ。』


兄姫の言葉だ。忠告なのか命令なのか。何故それが条件なのだろうか。

何故振り返ってはいけないのだろう。

兄姫の言葉が脳裏を過った途端、奥津の脳裏に歌声が響いた。聞いたことのない調子の歌。どこか物悲しいような恨みがましいような、それでも艶のある歌。

どこから聞こえてくるのか分からない。底の方から流れてくるような。奥津は後ろ髪を引かれる、そう感じていた。

どうにもどこから歌声が聞こえてくるのかが気になる。背後からなのは間違いない。振り返って確認したい。確認したい欲求が、奥津の中で膨れ上がる。


もう随分離れたはずだ。亀は前を泳いでいる。誰にも分かるはずがない。

背後を確認したい。どれくらい進んだか見てみたい。その欲求が、奥津に囁く。

『ほんの少しなら大丈夫だ』と。


ほんの少し首を後ろに向け、視線をぎりぎりまで寄せた。

「!!」


奥津は息を呑んだ。

竜宮がほんの数メートル先にあるように見えた。思わず振り返る。


奥津の纏っていた、竜宮の衣が泡となって消えた。


ゴボッ、ゴボゴボ…

驚きのあまり、呼吸を乱し興津の肺に海水が流れ込む。息を止める間も無かった。胸の激痛に眉を顰めてももう遅い。

翳み始める視界で捉えた竜宮の有様が興津を後悔に沈めた。


竜宮の門には、見送りに出ていた弟姫たちがまだ居た。それはいい。奥津を動揺させ後悔させたのは、その姿だ。


あれほど美しかった竜宮は、まるで地獄の様相をしていた。白塗りの壁は漆黒に染まり、色鮮やかだった珊瑚はぼろぼろになり色褪せていた。

弟姫は、骸骨に。他近侍や女官たちも骸になっていた。

空ろな双眸が言う。

「振り返ったな。」


潮の流れが変わった。

竜宮に行った時のような大きな流れに、三人は呑まれ流された。

「ああ、見てしまったのですね。」

亀が悲しそうに呟いた。亀の姿もまた木乃伊のようであった。

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