不安と葛藤の正体
「あら、おかえりなさい」
クレルのお出迎えに気を良くしているクラウスさんを横目に、素早く立ち上がって体制を整えると辺りを見回した。はぁ、良かった誰もいない。帰って来たのはクラウスさん1人のようだ。
「アルヴィンならまだ執務中だぞ」
クラウスさんがニヤリと笑いながらこちらを見ていた。ぐぬぬ、ホント目ざとく気付くんだから!!
「はいはい、リゼも落ち着いて。クラウスもリゼで遊ばないの」
あ、いつものクレルだ。もしかして機嫌直ってる??
「……もう怒ってない?」
「元々怒ってなんかなかったわよ。リゼが毎回同じ事言うから、ちょっと腹が立っただけよ」
うっ、それを怒るって言うんじゃ……。
「珍しい光景だな。彼女を怒らせるなんて、何を言ったんだ?」
「それは……」
説明しようとして言葉に詰まってしまった。
何て言ったらいいんだろう。これは、おばあちゃんが亡くなってからずっと私の心の中にあった不安だ。
両親や祖母、大切な人が居なくなってしまった私の前に現れたクレルという存在はまさに奇跡なのだ。
ジェフさんやライラさんは、勿論大好きだし大切な人たちだ。こんな事言ったら失望されるかもしれないが、2人の前では良い子でいなければいけないと思っていた。
偽りの私でもないけれど、本当の私かと言われたら違う気もする。取り留めのないことを、なんの気負いもなく話したり笑いながら共に過ごせるクレルを、今は何より失いたくない。
精霊王と光の大精霊を両親に持つクレル。
私が、そんなクレルと契約するに値する人間なのかと不安だと一方で思いながらまた1人になるのが怖くて、安心したくて何度も確かめるような事を無意識にしていた。
自分勝手な考えを見透かされて、クレルがいなくなるのが怖くて、それでいて「大丈夫よ、私は居なくならない」という言葉が欲しくて。
そんな感情を、私を好きだと言ってくれてたクレルにぶつけながらも知られたくない。
最低だな。クレルは私と居ると言って契約してくれてたのに。
「ごめんなさい。クレルの気持ちを何度も確かめるような事してた」
クレルに頭を下げると、しばらくの沈黙の後にクレルのため息が聞こえた。胸のあたりが締め付けられるようにギュっと痛む。
「そんな事に怒ってないわよ。私はリゼが自分を卑下するのが嫌だったの」
「えっ?」
「不安な気持ちがあれば何度でも聞いてくれたらいいわ。その度にちゃんと答えるから。"私でいいの?"なんて自分の事をそんな風に思わないで」
「わ、私……、ジェフさん達の事家族みたいだって言いながらも、どこかでその絆はきっとそんなに強くないって思ってたの。みんなが王都に行って、そんな時クレルと出会って "絶対に離れない" って "ずっと側にいる" って言ってくれた言葉がすごく嬉しくて……でもいつかはいなくなるんじゃ無いかって不安で」
「今も?」
今は……。
クレルはジッと私を見ていた。
「なぁ、俺には2人は相思相愛にしか見えないんだが。彼女は君を選び、君は彼女を選んだ。何を悩む事があるんだ? ジェフの話も出たが、彼らと過ごしたのは一年足らずなんだろ? 君たちの関係を否定するつもりはないが、初めて会った人間同士がたったそれだけの期間で分かり合えるなど無理だろう」
「えっ……」
「君は、行き倒れてたのを助けてもらったのを負い目に感じているんじゃないのか? 仕方なく一緒にいてくれたんじゃないかと」
「クラウス!」
クラウスさんの言葉にクレルが反応するが、それを目で制して再び話を続けた。
「アルヴィンが言っていたが、久しぶりに会った君は本当に嬉しそうで、彼らもまた君を大事に思っているようだったと。あいつの人を見る目は確かだからな。彼らが求めているかは分からないが、負い目があるのならば返せばいい。自分が不安な部分だけを切り取って全体を見間違えては元も子もないぞ」
体から一気に力が抜け、ドンっと床に座りこんだ私をクレルが側に来て抱きしめてくれた。
あぁ、そうだ……。クラウスさんの言う通り、森に迷い込んだ身寄りのない私と仕方なく一緒にいてくれたんじゃないかってここの底で思ってた。
自分の事を悲劇のヒロインとでも思っていたのだろうか。いつからこんな考え方をするようになってしまったんだろ。
「ははは、情けないです。クラウスさんの言う通りですね」




