乗り越えた先
「情けないとは思わないがな」
その声にゆっくりと顔を上げてクラウスさんを見ると、まるで愚図る子どもをあやす様に優しい声で諭してくれた。
「唯一の家族が亡くなり、村を出て生死をさまよう思いをしたんだ。その時に差し伸べられた手を取るのも、戸惑うのも、すがるのも特別不思議な事じゃない。まだ若いんだ尚更だろ。自分を守る為に壁を作るのも、求めていたものが手に入りそれが離れていくのを恐れるのも当然の事だ。それくらいの事誰も責めたりしない」
「それくらいの事……ですか?」
「それくらいの事だな。貴族社会など毎日が騙し合いみたいなものだぞ。それに比べたら君が今背負っている罪悪感みたいなものは、純粋で可愛いものにさえみえるな」
毎日が騙し合いってなんだ、怖すぎる。
「リゼ、ごめん。そんなに悩んでるとは思わなかったの」
クレルの泣きそうな顔と相反する温かな手が私の手を握りしめた。
何を不安に思ってたんだろう、こんなにも心配してくれる人がいるのに。ジェフさんやライラさんにも、毎日沢山の優しさや愛情を確かにもらっていたのに。
体を覆っていた膜がボロボロと剥がれ落ちていく気がする。
「クレル、ありがとう。謝るのは私の方だよ。ごめんね。もう大丈夫」
クレルの手をギュッと握り返す。
今、私はクラウスさんの言葉に救われた。
「クラウスさん、ありがとうございました。目が覚めました……ってなんですかその顔は」
鳩が豆鉄砲食らったような顔で、残念イケメンになっている。残念でもイケメンなのは羨ましい。
「いや、誰かに礼を言われるのが新鮮で」
クラウスさん、魔術師長なんですよね?
お礼なんて言われ尽くされてそうなのに。
「クラウスさん、ちゃんと働いてます? そういえばアルヴィンさんは仕事中って言ってたのにクラウスさんは帰ってきてるし」
「さっきまで、この世の終わりのような顔をしていた人間とは思えない失礼さだな。ワイバーンについて分かった事の報告と、確認に来たんだ」
床に座ったままだったのを、クラウスさんが手をさし出し立ち上がらせると、座りやすいように椅子をひいてくれた。
勿論、手を差し出したのも椅子を引いたのもクレルにだけだ。
別にクラウスさんにどうこうして欲しい訳じゃないが、相変わらずのブレなさだ。
「それで襲って来た相手は分かったの?」
クレルの問いに、クラウスさんは腕を組みながら答えた。
「王都の商人で男爵位を授かった男がいる。謁見後、直ぐにリゼの面会を申し込んで来たらしい。今回の保護は秘密裏に行っていたんだ。保護が決まっていた謁見とはいえ、中級貴族以下は謁見後の通達だった。事前に知らせていた上級貴族と違い、知るはずのない男爵位の人間が面会に来ることがおかしい」
「じゃあ、その人が犯人なんですか?」
「絡んでいるとは思うが、正直男爵程度でどうにか出来るとも思えない。ワイバーンは魔力干渉を受けていた。従属魔法だ。あの術式を使える魔術師を持っていたり情報の速さからも単独とは考えにくい。男爵を動かしている黒幕がいると思っている」
「いいように使われているのかしら?」
「報告書には野心家とある。協力するかわりに何か持ちかけられたかもしれないな。リゼ、今回の襲撃は始まりだと思ってくれ」




