第81話 女王
「とまぁ、ここまでは前置きです。
さて、ここから本題に入るとしましょうか」
「え、え……?」
マリアは何を言っているんだ?
俺はもうこの世界の悪行というか、隠された真実について聞き終えたはずなんだが?
「ここまでは私が知り得た過去の事実。
そしてここからは、私の知らない事実を確かめる作業に入りますね。
あなたには酷な話になるかもしれないことを、先に謝っておきます」
「ちょ、ちょっと!
一体、何を言っているんですか!?
さっきまでの話で終わりじゃ……?」
「あれは私の身の上話ですから、そういう話もあるんだなという感じで、適当に咀嚼していただければ問題ありませんよ」
「まだ続きがあるんですか……」
「ただ私だけでは難しいことなので、今回は協力者を呼んでいます。
では先生、よろしくお願いします」
そう言ってマリアは俺の後方に声を投げかけた。
「ふむ、なかなか興味深い話だったな」
暗闇の中から姿を見せた人物の眼鏡に、光が反射している。
それは俺のよく知る男、セアド=クラフトマンその人だった。
「セアド先生……が協力者?」
「ええ。
どの組織にも与していない人物はセアド先生くらいのものでしたから、協力者としてはうってつけなんですよね」
「学園という組織に属してしまったが、それはどうするんだ?」
「それは、先生が欲に負けたということでしょうね」
「ふん、まぁいい……それで?
内容も聞かされずに呼ばれたわけだが、今の君たちの話に関わることなのか?」
「えっと、お知り合いで……?」
なんか昔馴染みみたいな感じで話してるし。
「知り合ってからは、半年ほどになりますかね。
私が学園にセアド先生を呼んだのですよ」
「そ、そうなんですか」
「この女の口車に乗せられてな。
お前の知らない世界を見せてやるだの言われて、のこのこ付いて行った私も私だが」
「だから、今からそれに触れるのですよ。
先生も、召喚魔法は気になりますよね?
なんといっても、先生の知らないものなのですから」
「そういう方法で攻めてくるか。
いいだろう、何をすればいい?」
「ご協力感謝します。
まぁここに来ている時点で答えは分かっていましたけどね……さて」
マリアは今度は俺に向き直った。
「クロさん、あなたはこの世界に来たときにそれを見ているはずです。
王国で行われた召喚魔法、その術式を」
見たはず、とか言われても困るぞ?
「いや、見たって言われても、あの時はすぐに意識を失いましたし……。
見たとしても、そんなの覚えてるわけないじゃないですか」
「思い出せなくても、記憶の奥底──脳の海馬領域にはしっかり残っているものですよ。
それを掘り起こします」
「えー、っと……」
なんかマリアが怖いこと言い始めてる。
そんなもん覚えてるわけもないし。
「なるほどな。
そこで私の出番ということか。
覗き見ることができたとしても、確かに君では無理な作業だな」
セアドは勝手に納得しちゃってるし。
「たとえそうだとして、一体どうやるんですか?」
「それはですね……ロード」
マリアの足元に黒い魔法陣が展開される。
あーあー、嫌な予感しかしないぞ。
「闇属性が使えるとか、色々バレてますけど大丈夫ですか?」
マリアはもうやりたい放題してる。
「さっきの話も聞いてもらってますしね。
バレたところで、先生の中に私が人殺しだという情報が追加されるだけなので、大した問題は無いですよ。
あなたも、些末なことに囚われていては成長ができないですよ?」
え、なんで俺が叱られてんの?
「その通りだな」
セアドも納得してるし、この2人実は仲良いんじゃね?
「それでなんですけど、マリア先生はいったい俺に何をしようとしているんです?」
若干引き気味で質問する。
いちいち不気味なんだよな。
「今から使うのは、記憶改竄魔法」
「え、ちょ、こっわ!」
「ああ、実際に改竄しないからご心配なく。
この魔法は改竄しようとする記憶に辿り着くまでに、被害者の記憶を追体験するのですよ。
だからその追体験までを行います。
大丈夫です、怖いことはありません。
痛くもしないですし、一瞬で終わりますので、おおらかな気持ちで待っていてください」
なんかもう早口で捲し立ててくるし、こっちの意見など関係ないっぽい。
セールスマンって、こんな感じで商品を売りつけるんだろうか。
「本当に大丈夫です……?」
頭の中いじられるって考えるだけで、ホント君が悪いんだからな。
「なんなら、屈強な精神にすべく余計な記憶は消しておきましょうか?」
「いやいや……冗談ですよね?」
「……」
あ……これはあかんやつや。
「え、まさかほんとに……?」
「冗談ですよ?
まぁ、今ので気も紛れましたよね。
じゃあ早速やっていきましょうか」
マリアは冗談のセンスなさすぎんだろ。
一切気が紛れてねぇよ。
むしろ不安が増した。
「……はい……」
「その過程で、セアド先生にも魔法陣を解析してもらうべく記憶を見てもらいますので悪しからず。
お二人とも、まずは3人で手を繋いで円になりましょうか」
言われた通りにするけど……なんだこれ!
夜中に俺たち何やってんの?
急に滑稽に思えてきたわ。
「それで、ここからどうするんですか?」
「私が魔法を唱えたら接続開始です。
あとは記憶を遡っていくだけです。
心の準備は大丈夫ですか?」
「どうせ何言ってもやるんでしょ?
いいからもうやっちゃってください!」
「いい心がけです。
では……メモリー オルタレイション」
発動と同時に、様々な記憶が蘇り始めた。
▽
『その、わ、私と……キ、キスしてくださいまし!』
『クロくん、今ひとり?』
『眠れないならうちの部屋に来れば良かったのに。
ずっと待ってたんだぞ!』
近い記憶からどんどんと想起され、そして流れていく。
「女の子ばかりですね」
「う、うるさいですマリア先生!
静かにしてください……」
その間も、マリアは見たままの感想を述べてくる。
ホント、まじで恥ずい。
絶えず映像は流れては消えていく。
おー、ルー先輩とアルの試合か、懐かしい。
オリビアにもボコられたなぁ。
お、今の集団生活前の教室か。
ちょっと前のことなのに、ずいぶん前のことのように思い出せる。
おっと、ここは図書館か。
あの頃は図書館も通ってたなぁ。
中間考査が終わったら、また行かねーと。
えっと、これは光属性の選択授業か。
この時はマリアのこと何にもわかってなかったよなぁ。
どんどんと記憶は過去に向かって加速する。
入試だったり、帝国になんとか入った時だったり。
あー、これは初めて殺人をした時か。
ずいぶん無様な姿だよな。
ソフィアラがいなかったらどうなっていたか。
『チューしてあげようと思っただけじゃん!
ありがたく受け取れ!』
これもあったあった。
モモコも懐かしいなぁ。
今も元気にしてくれてるかなぁ。
オリオールもいたし、ミドリくんも振り回されてないといいが。
『間に合わせるなら北のトラキア連邦ルートしかないな』
洪水で橋が壊れた時か。
あの時って、まだ王国をでて数日とかそんなもんか。
おっと、もうヒースコート邸か。
ペーターと訓練したり、色々レベル上げしたりしてな。
仕事させられたり、色々あったよなぁ。
っと、そうだ……ここで、ヴィクターに出会ったんだ。
俺の目の前ではしっかり生きていたのに、悪いことをしたよなぁ。
そんでもって、そう、ここだ。
ここで初めてソフィアラに会ったんだ。
まさかここまで一緒にいることになるとは、思いもしなかったよな。
マーケットに行ったり。
図書館に通ったり。
初等学校での生活があって。
あそこでようやく、この世界に生き始めたんだ。
アレニアとか子供たちが、俺が生きる上での基礎を作ってくれたんだよな。
数日だけど王宮にもいたよな。
求める記憶はこの辺りだ。
なんか、ふて腐れて。
この世界のことを王様からシロに通訳してもらいながら聞いて。
寝て。
ゲロまみれで転がってて。
真っ暗になって。
なんか部室全体に魔法陣が現れてて。
あれ……?
それからもどんどんと遡る。
これは高校の卒業式か?
「マリア先生?」
「すいません、遡りすぎました。
どこか部屋の中で魔法陣が現れたところ、あのあたりが始まりですね」
「そうだと思います」
「それにしても自慰行為に耽りすぎでは?」
「ちょ、マリア先生はもう黙ってて!
はい、続けますよ!」
ホント、早く終わって欲しいんだけど……。
記憶は目的の場所に向けて、正常に進み出す。
『じゃあ最後に部長命令だ!各自、明日以降の具体的な行動予定を考えてくるように』
あー、アカがたしかこんな事言ってたわ。
『そうね、またやることが増えたわね』
『じゃあ今日は解散だね』
4人で帰り支度を始めて、アオがドアノブに手をかけようとした時。
そう、この時だな。
足元に巨大な魔法陣が出現したんだ。
『なんだこれ?』
これは俺の声だな。
『ん? これって何のこと?』
ここでみんなもようやく気づいたんだよな。
『うわぁ! なっ、なんだコレ、離れない!
それに動けないよ! クロ、助けてよ!』
『うぉ! 気持ちわり!』
『なによコレ! 離れなさいよ!』
3人に起こっている出来事に俺は動けないでいる。
「ここですね。
セアド先生、読み取れますか?」
「何度かここの前後を見せてくれ」
全員が目を瞑ったまま、記憶の反芻を繰り返す。
「よし、概ね見ることができた。
あとは魔法が発動した直後の記憶を見せてくれ」
今度は、俺が召喚された直後の風景に切り替わる。
俺の周りの景色がしっかり確認できるのは、俺が嘔吐するまで。
嘔吐するタイミングで視界が歪んでいるから、使える時間は10秒ほどしかない。
それを何度も確認して、細部まで目を通すセアド。
待つこと数分。
おっさん及びお姉さんと繋いでいる手に違和感が増し続ける。
変な手汗掻いてるもんな。
早よ終われ。
「いいだろう」
ようやく、この苦行から解放される。
しかし、俺の痴態が露呈してしまった。
もうお嫁にいけません。
マリアの手が離れたので、それに合わせて俺たちも手を解いた。
「それで、何か分かったんですか?」
俺はすぐ結果を急いでしまう。
これだから童貞は、とか言われそう。
いや、実際に言わないのは分かってるよ?
でも思ってそうではある。
はぁ、今後も俺の記憶をネタに強請られて、色々やらされちゃうんだろうな。
憂鬱だ……。
「今見せられたのが召喚魔法の全貌で間違い無いな?」
「ええ、そのはずですよ。
召喚魔法は各国秘儀中の秘儀。
その中で国ごとに異なるチューニングが行なわれているはずですが、どこも根本は一緒になっているかと。
召喚魔法は、おいそれと拝むことはできません。
私もここで見たものが最後で、それ以降いくら探そうとも見つかっていません。
ここの術式も、もはやマナの残滓すら感じることができないですからね」
「ここで行われた召喚魔法に組み込まれた術式は説明できるか?」
「私の持つ知識の範疇でなら、説明ができます。
自分の記憶を解析して調べていったところ、ここで使われていたものに組み込まれていたのは大きく3つですね。
まずは世界に穴を開ける術式。
次に向こうの世界に拡散していくマナをコントロールして、特定の人間を飲み込んで引っ張り込む術式。
そして犠牲にした生物のマナやら魔法技能やらを対象に埋め込む術式。
開けた穴は自然に閉じていきますから、その短時間で行える最低限度のものを纏めて行った大雑把なものとなっていたようですね」
「ふむ、たしかにそれでは色々と無理に詰め込まれた人間が内側から爆発してしまうのも理解できる。
もちろん、爆発というのは比喩表現だがな」
考えるだに悍しい。
その犠牲者は、何を思って死んでいったのだろうか。
マリアの脳裏にも、その時の様子が思い出されていた。
『許……サン……』
あれは──あれの中身は間違いなく人間だった。
今代の勇者は、どんな犠牲を払わされているのだろうか。
セアドの言葉を待つ。
「我々が見た魔法陣にも複数の術式が組み込まれていたが、今の3つも織り込み済みだった。
しかしアレはそのような大雑把なものではなく精緻──そう、精緻という言葉がぴったりな完成された魔法陣だった。
どれか一つを崩せば全てが一瞬で成り立たなくなるほどの作品だ」
「作品だって……?」
気づけば怒りが口に出ていた。
「ああ、私にとってはどの魔法陣も作品に違いない。
そこに至る経緯も感情も、私たち魔導具を扱う人間にとっては等しく関係ない。
それは、結果だけが求められる職業だからだ」
「また結果結果って……!」
「まあまあ、落ち着いてください。
今ここで信条をぶつけ合っても仕方ありません。
それに、怒りを向ける相手は我々ではないですよ?」
「あ……はい……すいませんでした……」
俺も救えないほど愚かではない。
それでも愚かということには違いないだろうけど。
マリアの言葉に気づき、そして謝罪を述べた。
俺は感情で動きすぎだ。
「続けて大丈夫か?」
「ええ、どうぞ。
あなたも、途中で邪魔しないように」
「はい……」
「今見た魔法に組み込まれた術式はあまりにも多い。
しかし骨組み自体は、そう変わっていない。
穴を開けて、そしてこちらへ引っ張り込む。
その過程に、様々な要素が散りばめられている。
それを一つ一つ噛み砕いていくとしよう」
▽
エーデルグライト王国──
勇者召喚の2年前。
妻に呼ばれ、二人きりになったアイゼン。
「あなた、どういう事ですか!
民を守るべき王が、まさかこのような……!」
アイゼン王を目に涙を湛えて睨みつけるのは、女王ヴィクトリア。
「落ち着け、ヴィクトリア。
まずは冷静になるのだ」
「冷静になって何が変わるのです!
いつからですか!?
いつからあのような悍しい実験を繰り返しているのです!?」
「あのような、とは?
ヴィクトリア、お前は何を言っておるのだ」
「惚けないでください!
地下で行なわれている研究──いえ、研究という名の人体実験については、私はもう知ってしまっているのです!
聞けば、あのフィルリアも実験で亡くなったという話ではありませんか!」
「あれには訳があるのだ」
「人殺しに、どんな訳がありましょうか!
私はこんな……こんなことが行われているなんて知りたくなかった……!」
大量の涙を零しながら崩れるヴィクトリア。
「お前には知って欲しくなかった……。
だが、どこでその話を聞いたのだ?」
「それが今必要な話ですか!?
はっ……まさか、まさか口封じをするおつもりですか?
こんな時にも保身を考えるなんて!」
「ち、違う、そういうことを言っているのではない!」
「ついでに私のことも処分するおつもりですね……!
なんて恐ろしいの!
いつからそんな風に外道に成り下がったのですか!?
私はこのような狼藉を見過ごすことはできません。
今から国中にこのことを暴露し、私たち王族全員の命をもって謝罪させていただきます!」
そこから勢い良く立ち上がり、ヴィクトリアは部屋を飛び出した。
「なっ……!」
まずい、あれを行かせてはならない。
だが今ここに供回はいない。
二人きりにの空間というのが仇となったか。
何としてもあれを止めなくては!
そう思ってアイゼンも部屋を飛び出す。
「誰か、誰か妻を捕まえて参れ!
妻が乱心したのだ!
そのような姿を国民に晒すわけには行かぬ。
動ける者は動け!
そして妻を捕まえて戻ってくるのだ!」
アイゼンの声が響き、王宮内が騒然となった。
慌ただしく兵士たちが走り回る音が、そこかしこに響き続ける。
「ハッ、ハッ、なんて恐ろしいことを平気で行っているの……!」
ヴィクトリアは走りながら、怖気も走るその内容を思い出す。
追い回す者どもの声や足音が、ヴィクトリアを攻め立てる。
やはり自分を捕まえて処分するつもりだ。
そう思い、なるべく人のいない方へ走り続ける。
「どこへ……どこへ逃げれば……!」
そんなヴィクトリアの暗い未来を表すかのように、今日の天候は大雨。
王宮内に隠れ潜んだとしても、すぐに見つかるだろう。
ならいっそ、雨に忍んで外に出た方がいいかもしれない。
この事実は──王宮で行なわれている悍しい実験は、国中に知らしめなければならない。
その一心で外に出ようと思った時、ある男のことを思い出した。
「今なら、まだいらっしゃるかもしれない……!」
私に真実を教えてくれた、あの男。
あの男なら、何とかしてくれるかもしれない。
こんなことならアイゼンに会わずに済ませて仕舞えばよかったと、いまさらながら後悔する。
走りながら、フィルリアの顔が浮かぶ。
王宮に来て慣れない頃に知り合った研究者だったが、ヴィクトリアと時々お茶するほどの仲でもあった。
子育てのために仕事を辞めるという話を聞いていたが、実はそうではなかった。
彼女はこの王宮で亡くなっていたのだ。
これもあの男から知らされた事実。
墓所に行けば、実際にその彼女の墓も確認できた。
これ以外にも王家は何かを隠しているかもしれない。
それらを全て明るみに出し、命をもって謝罪しよう。
それ以外の死に方など望むべくもない。
自分の命など惜しくはない。
国を支えてくれている民の命に比べれば、自分の命など些末なものだ。
そうやって死ぬまでは、死ねない。
何とか警備の目を掻い潜り、先日男のいた場所を目指す。
王宮の人間ではないが、よく出入りすると言っていた。
あの男なら……!
雨に濡れるのもお構いなしに、そこへ向かう。
すると。
やはり、いた。
シルクハットを被った、その男が。




