第19話 修行
この屋敷に来て、およそ1ヶ月が経過した。
今日もクロは朝からマナ充填の仕事である。
魔力が尽きたらソフィアラの魔法の授業を行い、MPが回復すれば仕事に戻るという休みのないスケジュールだが、疲れよりも楽しさが勝っているためクロに不満はない。
「では、今日の授業の締めです。
手をお借りします」
「ん」
授業の最後はマナを送り込んでソフィアラのマナ回路の拡張を行う。
ソフィアラはあの日以来、クロほどではないが少しずつMPを増大させていた。
俺のやり方は間違ってなかったようだ。
最初こそMPは大きく増えたが、そこからは漸増気味だ。
やはりMP上昇にも頭打ちがあるかもしれないとクロは考えている。
クロと比較すると遥かに少ないが、魔法使いとしてはかなり多い部類に入る。
マナ回路拡張も、初めのように苦しむこともなくなっている。
1度調子に乗ってマナを送り込みすぎてソフィアラにリバースさせてしまった。
侍女にチクられてロドリゲスのおっさんにこっぴどく叱られてからは、ソフィアラがいくら大丈夫と言おうと無理はしないようにしている。
他人のマナであってもしばらく触れていれば馴染むようで、マナが足りなくなった時に譲渡することも十分に可能だ。
このことが分かり、ソフィアラに強力な魔法を行使させてクロがマナタンクとしてマナを譲渡することを考えたが、そうはいかなかった。
INTがクロよりも遥かに低い値であり、ステータスは完全に盗賊や弓使いのそれだったのだ。
スピード系の魔法使いとマナタンクって、バランス悪すぎるよな。
そんなことを考えながら、今日の授業も終了した。
さて、仕事に戻るか。
「クロ、主人がお呼びよ。 来なさい」
トボトボと歩いていると、唐突に侍女に声をかけられた。
というより命令だな。
「えっ、今回は何も悪いことはしてないんですけど!」
焦ってしまったが、やましいことはないぞ。
そんな俺を、侍女は軽蔑したような目で見つめる。
俺、この人に嫌われてんのかな?
時折ソフィアラの仕草にドキッとしてしまうことはあるが、欲情なんてしてないし。
というか、侍女の声のトーンからしていい予感はしない。
呼び出されるようなことをした覚えはないぞ、ホントに。
「いいから来なさい」
えー、何にもしてないはずなんだけどなぁ。
この間ソフィアラにリバースさせたことまだ怒ってんのかなぁ。
やだなぁ、護衛の目も怖いし。
「さっさと歩きなさい」
「はい…」
結局そのままロドリゲスの前に放り出された。
「あの、ご用とは一体どのようなことで…?」
護衛が俺に対する時だけなんか常に臨戦態勢な気がして、ロドリゲスの前ではちょっとのおふざけもできないんだよね。
「ああ、ソフィアラのことでな。
あれ以来順調か?」
あれ以来って、ソフィアラの口からアレがアレした時かな?
「はい、最近はMPは思ったように伸びてはいませんが、かなり多くMPを増やすことができています。
お嬢様のステータスに合った戦い方も検討中です」
「それは重畳。
それならそろそろレベル上げを行なってもいい頃合いかもな。
君にもソフィアラを守ってもらうために同行してもらうぞ」
お、ようやく外の世界へGOか!
でも中級魔法以外は俺に戦闘力なんてまるでないぞ。
「あの、自分は戦闘訓練などは行なっていないのですが……」
「ソフィアラが魔榴石をぶっぱなすだけだ。
危なそうなら君が盾になれ。
ペーターも同行するから問題あるまい。
向かうのも王都北の森だ。
そこまで強力な魔獣も出現しない」
さらっと盾って言ったなこのおっさん。
それに護衛……。
その厳つい顔でペーターはねぇよ。
俺は馬鹿じゃないから、そんな事を思っても顔には出さないけどね。
「そんなに不安がるな。
君は仕事に加えてソフィアラのためにもよくやっている。
前に言っていた報酬だ。
今から魔導書を渡すから、それを使えば幾分かマシにはなるだろう。
ただ、魔導書に適性があるかどうかはわからんが」
おお、まじか!
ロドリゲスの優しさマジ半端ねぇっす!
一生ついていきます!
何やら机の下でロドリゲスがゴソゴソやっているかと思うと、3冊の魔導書を取り出した。
「私が所持しているのはこの3冊だ。
これだと思うものを1つ選ぶといい」
ロドリゲスが机に並べた3冊は、古びた外観でそれぞれ外装は少しずつ異なるが、どれからも濃厚なマナが溢れ出している。
実物を目の前にするとやっぱ違うな。
漂うオーラみたいなものがすごいもん。
その中で2つ、何故かは分からないがとても気を惹かれるものがあった。
「えっと、2つ気になるものがあります」
「2つか、面白いな。 どちらにする?」
「じゃあ、こっちで」
俺は直感で片方を指さす。
「いいだろう。 ここまでの報酬だ」
遂に念願の魔導書を手にすることができた。
手に取った魔導書を見続けていると、なんだかその中に吸い込まれそうな勢いだ。
そのまま俺は誘われるように魔力を流す。
そして魔導書に魔力が満ちた時──
視界の全てが白に染められた。
気づけば、そこは何もない空間だった。
壁が存在するのかどうかも分からない、どこまでも続く白。
「おや、珍しいお客さんだね」
なんだ…?
声のした方をみると、少し高いところに腰掛けた少年が足をブラブラしながらクロを見下ろしていた。
どう見ても小学生にしか見えない少年は、体に似合わない大きめのローブを纏っている。
「ここは…?」
「はじめまして、僕はヴィクター=ルーマン。
防陣のヴィクターの方が通りがいいかな。
ここは魔導書の中。僕の世界。
今君と話しているのは魔導書に残した僕の意識さ」
「急にいっぱい言われても正直分からん。
あ、俺はクロだ。
何かアンタの名前に聞き覚えがあるな…」
「あれ、僕って結構有名なんだけど。
聞き覚えがある程度のレベルの知名度なの?
ちなみに今ってアルス歴何年?」
現在の暦を伝える。
「あれま、500年くらい経ってるのかー。
そりゃ知名度も薄れるわけだ」
「500年だって? あ、今急に思い出した!
前回の魔王討伐に勇者と一緒に戦った人間の中にアンタの名前があったわ」
「そうそう、完全に忘れられてないならいいかな。
って、そんな話をしたいんじゃないんだ。
クロ、よくここに入ってこれたね。
かなり厳重にしたつもりなんだけど」
「MPがかなり多いみたいだからな。
あとはこの魔導書と波長が合ったというか。
魔導書って一体何なんだ?」
「そうだね、そこの説明からいこうか。
魔導書は魔法使いが自分の集大成を後世に伝えるためのもの。
そして役目を引き継ぐためのものだ。
僕もクロと同様にMPには優れていたんだ。
そして魔導書を開き、今から伝える魔法『サブロゲーション』を先代から引き継いだ。
これは受けるダメージをマナ消費で肩代わりする魔法だ。僕たちにぴったりだね。
でも例えば、100まで攻撃を受けきれるとして200の攻撃が来たら、その差の100は受けてしまうけどね。
マナ消費が追いつけばその問題もないけれど。
魔導書を開いたからには、クロには次代に魔導書を残す義務が課せられたんだよ」
「なるほどな。
今のアンタは魔導書を作った時の意識ってことか。
それが何でこんな空間が必要なんだ?」
「いいとこに気がつくね。
そうだね、魔法を伝えるだけならこんな空間は必要ない。
ここは魔導書を開いた人間を修行する場でもあるのさ。
単に教えて終わりってあんまりじゃないか。
そんな簡単な魔法じゃないからね。
魔導書に残すってことはそれなりの意味があるんだよ。
それに、教えた人間があっさり死んでも困るから、そのための対策だよ。
今からクロにはみっちり体で覚えてもらう。
ここに来てるのはクロの精神だけだから死ぬことはないけど、使いこなすまでに相当な苦しみは味わうと思ってね」
ニッコリと少年の笑顔で恐ろしい事を言ってのけるヴィクター。
「じゃあ、始めようか──」
ドンッ!!!
突如巨大なハンマーで殴られたような衝撃を全身に受け、吹き飛ぶクロ。
数十メートル飛んだあたりで地面にぶつかり、全身を傷つけながら転がる。
「ガッ……ハ……」
停止した頃には、クロはもはや虫の息だ。
現実なら確実に死んでいる威力。
何が起きたのか、クロは痛みで思考が全くついていかない。
「何を悠長にしてるのさ。
いつどこから攻撃が来るか分からないんだから構えてないと」
気づけばヴィクターがクロを直近で見下ろしていた。
「はい、続けるよ。 リセット」
一瞬で攻撃を受ける前の状態に視界が変わる。
「あれ…?」
「何を驚いているんだい。
言ったでしょ、僕の世界だって」
呆れ顔で高い所からヴィクターはクロを見下ろしている。
「いや、いきなり攻撃が来ても対処できないって!
それに魔法陣の展開もなかったし」
必死に言い訳をするクロ。
恐ろしい。
あんな痛い目にはもう遭いたくないと思うが、ヴィクターは待ってくれなさそうだ。
「何言ってるの。
戦場じゃ相手は待ってくれないよ。
視界に映らない所から来た攻撃にも対応できないといけないんだから。
まず全身で痛みを覚えて痛みに対する恐怖を知ってもらう。
死にたくないからこそ、痛みを受けたくないからこそ、そういう恐怖が人間を強くするのさ。
その後は攻撃方向や威力瞬時に把握して対応できるようにする。
この魔法は展開を維持するだけでも結構なマナを食うからね。
攻撃予測ができれば、攻撃される瞬間にのみ魔法を展開できて、効率よく攻撃を凌げる。
さっき肩代わりするって表現をしたけど、実際は受けたダメージをマナで打ち消すほうが正しい。
武器による攻撃であってもダメージがないんだから、当然その武器は停止した状態と一緒になるわけだ
効率よくマナ運用をすれば、それだけ長生きできる。
それに攻撃予測ができれば、そもそも攻撃を受けることさえなくなるんだから。
この魔法は敵の攻撃を一身で全て受けきるような魔法じゃない。
そんなことしたら魔力が一瞬でパーだ。
これは誰かのサポートとして使うことがメインだ。
しかし単身であってもうまくいけば敵の攻撃を無効化しつつ懐に入り込んで、敵が回避できない超至近距離で魔法を放つことも可能だよ。
そういうことで、まずはかわいがりだ。
習得するまでここを出ることはできないから、痛みが嫌なら死ぬ気で頑張ってね」
どんだけ一気に話すんだ。
まずは考えるな、感じろって?
なんて体育会系だよ。
かわいがりって言っちゃってるし。
「やらなきゃ出られないんだったら、やるしかねえよ」
自分を鼓舞する意味でも、精一杯強がって見せる。
「お、いいね。 せめて心だけは折れないようにね」
見た目に似合わずドSのようだ。
そして、地獄の修行が幕を開けた。
少し間が空きました。




