第14話 不穏
競売所の支配人から受け取った招待状に書かれていた日時は、表の競売と同じだった。
ただし裏競売の場所は異なっており、集合場所からまた馬車で移動するらしい。
すげえ厳重だな。
特殊な商品って言ってたし、足が付かないようにってことかな。
当日はいくら必要なんだろうか。
100ゴールドで1プラチナに変換したら嵩張ることもないんだが、プラチナは普通の店じゃ使いづらいんだよな。
競売の時だけプラチナを使うとしよう。
あとはそうだな、今日は運が良かったし、おっさんへの感謝も込めて優しくしに行こう。
「なんだ、また冷やかしか?」
俺を見つけるなり攻撃的だなぁ。
「いやぁ、悪い悪い。
やっぱりメガネが欲しくなって戻ってきたわ。
無事競売所も見つけられたしな」
そう言うと、一気におっさんの表情が解れた。
「なんだ、欲しいなら恥ずかしがらないで最初から言っとけよな!」
「じゃあメガネを買わせてもらうよ」
「おう、毎度あり! 50ゴールドだぜ」
「は? さっきは49ゴールドって言ってたじゃん」
「すまんな、割引期間はついさっき終了したんだ」
ニヤニヤしながらおっさんが宣う。
「まあいいよ。はい、50ゴールドね」
「なんだよ、からかっただけじゃねえか。
もっとギャアギャア騒げよな。こっちが拍子抜けするぜ。
ほら、1ゴールドのお釣りだ」
商品と1ゴールドを渡してくれるおっさん。
ツンデレか。
なんだかカワイイな。
……はっ!
だめだ、またホモルートが開通してしまう。
………。
またってなんだ…?
「そういえば、競売って誰でも参加できるの?」
さっきあったことは言えないし参加方法はある程度の予測できるけど、一応聞いておこうか。
「お、そいつを言い忘れてたぜ。
競売は一定以上の信頼がある客しか通してないんだ。
そのチラシが一応参加証代わりになってる。
お前ぇにはそいつをやるから、欲しいもん手に入れてこい。
その代わりどんどん買い物してくれよな!」
なんだこのおっさん、天使かよ。
「おっさん優しすぎて逆に気持ち悪いんだけど」
「優しくしたらお前はすぐそれだな!
それにいつの間にか呼び方がおっさんになってるぞコラ!」
「すまん、おっちゃんだった。
間違えたぜ、悪い悪い」
「まったくこいつは……。
まぁそいつで楽しんでこい!」
「ありがとうおっちゃん!
また来るからドンドンいい商品入荷しといてくれよな」
「確約はできねーが、お前が好きそうなものも探しといてやるよ。
今日は店仕舞いだ。さぁ、帰った帰った」
最後までツンデレなおっさんであった。
おっさんは大事にしていかないとな。
次はグランベル商会に行くか。
帰り道で通るしまだ大丈夫だろ。
途中で陽は落ちたが、無事店の前に到着した。
お、ちょっと見ない間に外装が豪華になってる。
景気がいいのが一目でわかるな。
「大将、俺がきたよー」
ドアベルを鳴らして入店する。
「おぉ、これはこれは我らが救世主。
今日はどうしたので?」
「はは、あんまりからかわないでよ。
景気はどうかなって思って」
「いやぁ、景気が良すぎて困ってます。
注文が殺到して時間がいくらあっても足りないって感じで、みんなうれしい悲鳴がもれてます」
「そう、なら良かった。
ある程度予想した通りにいってるかな?」
「模倣品の出現も含めて、大体はそうですね。
貴族からの注文も入っているのですが、家紋だとか細かい注文が多いので制作に時間がかかって、1つ1つがまるで芸術みたいになっちゃってますね」
「予想から大きく外れていないなら、リバーシ以外のゲームもそろそろ売り出してもいいかもね。
今度は一般大衆からじゃなくて、買いに来てくれている貴族の人にまず優先的に紹介していくと、より高貴な遊びとして思ってくれるんじゃないかな。
チェスや将棋は戦略性が高くて貴族は気に入ってくれると思うよ」
「そうですね、でもしばらくは今の状態で様子見したいってところですね。
次から次に出すと色々追いつかなくなりそうで」
「それもそうか。
じゃあお金をちょっと前借りって形でいいかな?」
「前借りも何も、もっともらって頂いてもいいですよ。
今の景気の良さは私たちだけでは得られなかったので」
「いや、今まで通りでいいよ。
買いたいものが買えなかったら返すし」
「そうですか、わかりました。
必要な時に取りに来ていただければいつでもお渡ししますね」
「ありがとう、また来るよ」
「はい、また新たな作品思い浮かんだら言ってください。
すぐ作らせますので」
俺はグランベル商会を後にした。
あんまり口出ししすぎるのもいけないな。
よく考えたら無理に借りなくても良さそうかもな。
最悪の場合、裏競売にいくら持っていっても高すぎて買えない可能性だってあるし。
なんかちょっと焦りすぎてたわ。
反省、反省。
ドンッ。
そんな事を考えながら歩いていると裏路地から出てきた人とぶつかって尻餅をついてしまった。
今日買ったメガネや手荷物が散らばる。
ちゃんと前見てなかった。
「ごめんなさい! 前方不注意でした」
「君、怪我はないか?」
そう言ってこちらに手を差し出してくれたのはシルクハットを被った男性だった。
「あ、大丈夫です」
イケメンって何着ても似合うよな。
英国紳士って感じで高貴さがにじみ出ている。
やべ、この人が貴族だったらえらいことになるぞ。
しかし差し伸べられた手を借りないのも失礼か。
大人しく手を借りて立ち上がる。
「私も急いでいたものでお互い様だな。
そんなに畏まらなくても私は気にしてはいない。
おっと、落し物だぞ」
荷物を拾って渡してくれた。
「ああ、わざわざすいません! ありがとうございます」
メガネを渡してくれる際、一瞬レンズ越しに男性の手の色が映った。
メガネが機能していた。
黒…?
おっさんの説明に無かった色だが、ドス黒い邪悪さを直感するものだった。
ゾワリと背筋を冷たいものが走る。
一気に体温が冷え切り、冷や汗が流れる。
思わず男性の顔を見てしまう。
「どうした?」
やばいやばい、これはまずい。
何がやばいかはわからないが、全身が逃げることを全力で警告している。
人の形をした別の何かにしか思えない。
「いえ、なんでもありません。
今後このようなことがないようにちゃんとして前を見て歩こうと思います。
すいませんが、急ぎですので失礼しますね」
きちんと言葉を発せているだろうか。
「そうだな、私も急いでいたのだった。
私も失礼するとしよう。
ではくれぐれも、夜道には気をつけてな…」
そう言って男性は去っていく。
夜道には気をつけろ。
今はそれを普通の意味で解釈できない。
俺も背を向けて早足で歩き出したが、背後が気になって仕方がない。
振り向いたら男性が立っているのでは。
そんな恐怖を抱えながら急いで帰り道の角を曲がる。
すぐに背後を確認し、誰も付いてきていないことを確認する。
「ハァ…ッ…! ハァ…ハァ……」
壁に手をついて大きく息を吸い込む。
全く生きた心地がしなかった。
なんであんなものが国の中にいるんだ。
できればもう一生会いたくない。
顔とか覚えられていないといいが…。
なんとか心を落ち着けて、なおも早足で自室に急いだ。
部屋に戻った後もしばらくは動悸は治らなかった。
すぐさまベッドに潜り込んだが、あの男が窓から覗き込んでいるだとか、いまベッドの脇に立っているなど恐ろしい想像でガタガタと震え、その日は一睡もできなかった。
夜が明け、朝日がこれほどありがたいと感じたのは初めてだった。
この国で何かが起ころうとしている。
クロはその日そう感じざるを得なかった。
そして週末。
競売の日がやってきた──