黒木沙羅 -2-
美樹は家庭環境に問題を抱えていた。
両親は早くに離婚し、美樹は母親に引き取られた。
母親は夜遅くまで仕事をするようになった。
それゆえ家事は美樹の仕事となった。
また、美樹の親は以前からイライラすると美樹に当たる性格であったが、仕事を始めてからはそれが顕著になった。
美樹は母親から時折暴力を振るわれていた。
「別に大したことじゃないよ~」
その話を聞き黒木が追及すると、美樹はそう困ったように笑いながら言った。
「お母さんも大変なのは分かるし、仕方ないんだよ......」
美樹にそう言われては黒木はそれ以上追及出来なかった。
正しさだけではどうにもならないことがある。
美樹と過ごし始めてから、少しづつ黒木はそう思うようになっていた。
「ねぇ沙羅、ちょっと相談があるんだけど」
昼休み、いつものように二人で昼ご飯を食べていると、真面目な顔で切り出してきた。
「どうしたの? 何かあったの?」
「うん、それがね......」
美樹は黒木の目を見つめながら、真剣な面持ちで告げる。
「携帯のパスワードが決められないの。どうしよう~」
「はぁ?」
思ったよりも随分下らない悩みだった。
「好きにすればいいじゃない」
「そうもいかないんだよ~。こういうの決めるの苦手でさ~」
美樹の中ではこれは切実な悩みらしい。
仕方ないから一緒に考えることにした。
「まずどういうタイプのパスワードなの? 最近だと指の動かし方とかで解除する方式もあるみたいだけど」
「う~ん、それだと忘れたときに困るから数字にしたいなぁ......」
「数字ねぇ......」
二人でしばらく考える。
「生年月日とかダメなの?」
「でもそれっていざって時に危ないらしいじゃん」
ごもっともだ。
最近は生年月日などをパスワードに使わないようにと画面にも表示される。
ならば......。
「うーん......なんか忘れなさそうな数字無い? 例えば、しらいのしから4、みきのみから3とか」
黒木がそう提案すると、美樹は目をキラキラさせながらその案に飛び付いた。
「それだ! 後は沙羅の名字がくろきだから9と6、これを合わせて9643。これでいこう!」
「えへへ、これなら絶対忘れないよー」
美樹の屈託のない笑顔につられて、黒木も笑ってしまう。
「でも私はパスワード知っちゃったわけだけど良いの?」
美樹に聞くと、美樹は何馬鹿なことを言ってるの、と言うような顔をする。
「いいに決まってるじゃん。私達は親友なんだから」
黒木はそんな事を面と向かって言われ恥ずかしかったが、同じくらい嬉しかった。
ある秋の放課後、基本的には大人しい美樹が珍しく提案をした。
「ねぇ、今日商店街のゲームセンター行かない?」
「うん、いいけど......あれ? 今日部活は?」
「もう先輩達引退しちゃって私一人だしねー、まあたまに遊びに来るけど。まぁ今日は来ないらしいから、
休みということで」
美樹はオカルト研究会に所属していた。
三年生の部員は多かったが、二年生は誰もいない。一年生も美樹一人であった。
つい最近先輩方が引退し、部員は美樹一人になってしまった。
しかしそれではさすがに気の毒と思ったのか、先輩方は部活に時々顔を出してくれるらしい。
美樹は三年生から可愛がられていたため、先輩の引退に始めこそショックを受けていたようであったが、
先輩が遊びに来てくれることで、だいぶ寂しくなく部活を続けられているようだ。
来年はどうなるのだろうかと黒木はひそかに心配していたが、黒木はそれは口には出さなかった。
「それでどうして突然ゲームセンターなんて......」
黒木の問いに、美樹はえへへと笑いながら答える。
「それがさー、この前通りかかった時に見たんだけど、UFOキャッチャーの景品にUFOのぬいぐるみあったんだー。それが欲しくてね」
「そういえば美樹ってUFOとかそういうの好きだものね。いいわよ。付き合うわ」
「ありがとう!」
二人は早足でゲームセンターへと向かった。
「うーん、意外と難しいなぁ......」
美樹はクレーンから滑り落ちたUFOを見て頭を抱える。
これで五回目だ。
「ねぇ、沙羅も少しやってみない」
「え......私が......?」
「ほら、お金入れといたからやってみなって」
美樹から促され、ゲーム機の前に立つ。
ボタンとクレーンを確認しつつ、慎重に操作する。
「ここで良いはず......」
確信をこめてクレーンを送り出す。
が、思いっきりずれてしまった。
アームがかすることすらなく、貴重な一回が終わってしまった。
「私センス無いかも......」
落ち込みながら美樹と変わる。
「はは......まあ大丈夫。いつか取れるようになるよ」
美樹から励まされるが、その美樹自身も中々成功しない。
結局その日は二千円をかけ、何の戦利品も無く終わった。
「ねえ、何で美樹はUFO好きなの?」
帰り道、黒木は美樹に尋ねてみた。
黒木はオカルトにあまり興味が無いため、美樹が何故それを好きなのか気になっていた。
美樹はうーんと少し唸った後、口を開いた。
「何でって言われても難しいけど、あえて言うとすれば、そうだなぁ......」
「夢があるから、かな? UFOとかが本当に居て、いつかそれが目の前に現れて、私を何処か、こことは違う場所へに連れて行ってくれる。そんなことがあったらなって」
そんなことある訳ないけどね、と美樹は誤魔化して笑ったが、黒木はそれを話している時の、彼女の寂しげでどこか諦めているような表情が忘れられなかった。
そして季節は廻り、春になる。
その変化の季節で、黒木と美樹の関係にも変化が生じ始めた。




