黒木沙羅 -1-
黒木沙羅は規律を重んじる人間だった。
正義感が人一倍強かった。間違ったことが許せない人間だった。
それゆえに孤立していた。
ある時、彼女のクラスで喧嘩が起きた。
そのことが問題となり、放課後にクラス全員が残る、学級会が開かれた。
きっかけは、クラスメイトでリア充グループの一人である高橋が、同じくクラスメイトの加藤の親を馬鹿にしたことだった。
そしてそのことにキレた加藤が高橋に殴りかかり、殴り合いのけんかになったということだった。
学級会で出された結論は、ちょっかいをかけた高橋も悪いが、手をだした加藤も悪い。
喧嘩両成敗でどっちも同じくらい悪いというものだった。
しかし黒木は納得出来なかった。
「それはおかしくない? 確かに手をだした加藤君も悪いけど、何もしてない加藤君を挑発した、それも親の悪口なんて最低な手段をとった高橋君の方が悪いでしょう?」
正論のはずだった。
少なくとも、黒木の中では正しいと思った意見である。
しかし、クラスメイト達に向けられた視線は冷たいものだった。
「あいつ空気読めよ」
「早く終わらせたいのに何めんどくさいこと言ってんだよ」
「てか何マジになっちゃってんの」
クラスの至るところでヒソヒソ話が行われる。
黒木に対して否定的な意見ばかりだ。
しかしそのどれも黒木の意見に対する反論ではない。
「言いたい意見があるならはっきり言いなさいよ。私の意見のどこが間違ってるのか言って」
黒木は声を荒げる。
それを聞いたクラスメイト達は本格的に黒木を憎むような視線を送る。
「じゃあ言わせてもらうけどさ」
クラスメイトの竹中が立ち上がる。
「お前気持ち悪いんだけど。何必死になってんの? 加藤の彼女?」
「違う! 誰がそいつと!」
加藤がすかさず声をあげた。
それを聞いた竹中は言葉を続ける。
「そう。だったらお前に関係ないことだろ。黙ってろよ。マジでキモイ」
結局そのまま学級会は終わった。
誰も黒木の意見のどこが間違っていると言わない。
ならばそれは正しい意見のはずだ。
しかしその意見は認められない。
それどころかクラス中を敵に回してしまった。庇ったはずの加藤からすら敵意を向けられた。
(何で......? 私のどこが間違っていたの......?)
答えを出してくれる人間は誰もいなかった。
そんなことを繰り返していた。
友達は出来なかった。周りは黒木を避けていた。
しかし高校入学と共に、そんな日常に変化が生まれ始めた。
きっかけは同じクラスの白井美樹との出会いだった。
偶然同じ委員に入ったことであった。
彼女は黒木とは対照的に、大人しい人間であった。
あるときの委員会のことである。
「ねぇ、この意見おかしくない?」
黒木は委員会中の先輩のとある意見に違和感を覚えた。
先輩の意見は委員会の基本的ルールから外れたものであったからである。
「これ指摘しないと」
黒木は立ち上がり意見を言おうとしたところで白井に止められる。
「まあまあ、一旦落ち着いて。多分ダメだったら委員長が言うと思うし」
「でも私が言っても変わらないじゃない」
黒木がそう言うと、白井は困ったような笑みを浮かべつつも、はっきりとした声で言う。
「いや、多分後輩の私達が言うより委員長が言った方が角が立たないと思うよ? 先輩も同じ内容でも委員長に言われたほうが納得できると思うな」
なるほど、確かにそれは一理ある。
黒木は立ち上がりかけた腰を椅子に落ち着け、黙って成り行きを見守る。
すると。白井の言うように、委員長が先輩の間違いをやんわりと指摘した。
そして先輩は大人しく委員長の言うことを聞き、事態は丸く収まった。
「さっきはありがとね、白井さん」
委員会が終わった後、教室に戻ったところで白井にお礼を言う。
「あなたの言う通りだったわ。多分私がいってたらいつも通り場がこじれていたわ。本当にありがとう」
それを聞き、白井は顔を真っ赤にしながら、いやいやいやと手を振る。
「そんなお礼なんていらないって。あと私のことは美樹でいいから」
「そう......ええと......美樹?」
何故か疑問形になってしまう。
それも当然と言えば当然だ。これまで誰かを下の名前で呼ぶことなんかなかったのだから。
緊張で言葉が上手く出なかった。
しかし、白井は、いや美樹はニッコリと微笑んだ。
「うん。あと私も沙羅って呼んでいい?」
「......うん」
やっぱり慣れない。返事がぎことなくなってしまう。
「それじゃあ沙羅、今日これから一緒に帰ろ?」
「ええと......」
いつもはスラスラと言葉が出るのに、こういう場面には弱かった。
それでも、美樹の申し出はとても嬉しかった。
これまで友達らしい人間はだれもいなかった。
それに、自分の意見にちゃんとした反論をしてくれる人間なんて居なかった。
しかし、美樹は大人しいながらもちゃんと意見を言ってくれる人間だ。
「......うん、行こっか」
その日から黒木は美樹と親しくなっていった。




