失敗
黒木沙羅。それがあの少女の名前らしい。
「黒木ネキは顔は良いけど性格がきついって噂を聞いたことがあるンゴね~」
翌日、小木にダメもとで彼女のことを聞いてみると、意外なことに心あたりがあったようだ。
小木の話によると、度々生徒会のやり方に物申すため、厄介者としてそれなりに名を知られているそうだ。
それにしてもこいつはなかなか使える人間だ。
脳内で太一は小木の評価を上げておいた。
「分かった。それにしてもお前が人のうわさ話を聞いているなんてな。驚きだ」
「情報はワイ達が生きていくためには重要やからね」
小木は答える。
情報の重要性については同意するが、何が「ワイ達」だ。勝手に仲間扱いされては困る。
「聞きたいことはそれだけだ。あとは席戻っていいぞ」
ほな、また......と言って小木は席に戻っていった。
太一は次の授業の、"力"の存在によって役に立たなくなりつつある物理の教科書を眺めながら、授業の始まりを待った。
そしていつも通り一日の授業が終わる。
出された課題を解き、荷物をまとめて一人残されていた教室を去り、廊下に出る。
いつも通り帰ろうと視線を前に向けると厄介な集団が目に映った。
(あいつら......坂東のグループじゃねぇか!)
見ると坂東が仲間とつるみながら廊下の向こうからやってきていた。
昨日の狩りを黒木に邪魔されているため現在奴らのグループは特定のターゲットを定めていない。
獲物を探し求める猛獣のようなものだ。
刺激を与えれば狙われる。
しかも奴らは昨日の失敗のせいで気がたっているはずだ。少しの刺激にも敏感に反応されることが予想される。
(目立たないようにしねぇと......)
波風を立てないように息を潜めて彼らが去るのを待つ。
(こんな奴ら、普通の女一人相手に逃げるくせに......)
昨日の事件が思い出される。
黒木が声をかけただけで逃げ出す坂東達。
それは本当に滑稽な、笑える光景であった。
だが、と太一は思い直す。
(俺はそんな奴らを恐れて、視界に入らないようにと息を潜める。奴ら以上に滑稽で情けないじゃないか)
坂東が子分を引き連れて目の前に迫ってきていた。
(こいつは自分の情けなさに気付いていないのだろうか)
太一は目の前の不良を見て考える。
オラついた態度で子分には偉そうな態度をとるくせに、女一人に逃げ出す始末。
一昔前のヤンキーは学校に堂々と反抗していたという。
それが立派かどうかはおいておいても、少なくともカースト底辺の人間にしか牙を振るわないこいつらよりはましだろう。
雑魚のくせに身の程を知らず、粋がる目の前の不良達に、太一はたまらなく腹が立った。
チッ、思わず舌打ちが漏れた。
(やべぇ......!)
そう思ったときにはもう手遅れであった。
獲物を求める猛獣達は、太一を獲物として認識した。
「テメェ、今ケンカ売って来たよなぁ!」
坂東の汚い声は明らかに自分に向けられていた。
この状況は、明らかに危険だった。
「違いますよ。すいません。勘弁してください」
太一は必死に許しを請う。
こんな奴らに頭を下げるのは屈辱的だが、仕方ない。
しかし獲物のその許しを請う姿は、自分は弱いと自白しているようなものだ。 猛獣達はこの獲物ならば確実に狩れるという確信を得た。
「話しは校舎裏で聞いてやるよ。ほら、一緒に行こうぜ」
(あぁ、終わったな)
太一はこの先に待つことを予想し、絶望する。しかし、力の差は歴然だ。逃げることすら出来ない。
自分の無力さと運の悪さを憎みながら、太一は坂東達に校舎裏へと連れていかれた。
連れていかれた場所は、昨日と同じ場所であった。
予想通り、坂東達は太一を人目のつかないそこに連れていくと、まずはあいさつ代わりの一発を喰らわせ、太一の手から荷物を引っ手繰った。
そして荷物から財布を見つけだすと、太一の許可も得ずに中身を確かめる。
「おいなんだよこいつ。はした金しかもってねぇじゃねぇか!」
太一はこれまで坂東達が財布から金をとる姿を何度も見ていた。
多くの生贄達の犠牲を無駄にすまいと、太一は自分が狙われた時のリスクを考えて財布には必要以上のカネを入れないようにした。
(それに、カネを使うような用事もない)
彼女とのデートや友人とのカラオケなどといったイベントが無い太一は、昼飯代さえ持っていれば事足りる。
「てめぇ、財布の中に千円しか入ってねぇとかフザケてんのかアァ!」
切れた坂東が思いっきり腹を蹴ってきた。
(この程度の蹴りで......)
その一撃は大した威力ではなかった。昔親から張られたビンタの方が数倍痛かった。
なのに......。
(俺はこんな雑魚にも劣るのか......)
坂東達は思ったよりもカネを得られなかった怒りからか、容赦なく太一を蹴り、殴る。
一撃一撃は痛くなくとも、何発もやられれば流石に痛い。
(抵抗......しなくちゃ......!)
不良達の攻撃が弱まった瞬間、その隙を見逃さず、太一は目の前にいた坂東の子分の顔面目がけて拳を振り上げた。
(まずはこいつから!!)
――しかし拳は届かなかった。




