二人きりの部活
水曜日、雨は相変わらず降り続けていた。
部室にいるのは太一と黒木の二人だけだ。小木はいない。
(当たり前だ......俺が追い出したんだから......)
頭の中ではもう分かっている。小木が居ないことも、もう来ることは無いことも。
だが......。
「小木......来ねぇのかよ......」
答えを求めるわけでもなく、ついそう呟いてしまう。
何度口にした言葉だろうか。
だが、言葉は静寂に飲み込まれて拡散し、消滅する。
何も残らない。また沈黙が訪れるだけだ。
「.............」
黒木も時折こちらを伺うが、無言であった。
昨日何があったかは説明したが、お前が悪いとも謝れとも言われることは無かった。
ただ一言悲しそうに、そうだったの......と呟くだけだった。
沈黙の時が続く。雨音がやけに大きく聞こえる。
以前もこんな状況はあった。
小木が訓練用の機材を作っている間も、部室は二人っきりであった。
あの時も退屈さは感じていたが、それが一時的なものだと知っていた。
しかし今回は違う。もうあの時間は訪れないのだ。
「............」
退屈だ。
小木のことを友達とは思っていない、そのはずだった。
あいつを必要としたことは無かった。だからこそ昨日、あれほどあっさりと切り捨てられた、そのはずだ
。
それなのに何故か、心に穴が開いたように感じる。
(結局何だったんだ......。俺とあいつって)
そんなことを考えて時間をつぶしていた。
「太一、コーヒー淹れたけど飲む?」
黒木がコーヒーカップを持ってこちらにやってくる。
「ん......」
カップを受け取り、口を付ける。
熱くて苦くて美味しい。変わらない味だ。
「美味い......」
思わず言葉が漏れる。
黒木はそれを聞いて微笑む。
「それなら良かった」
黒木は太一の隣に座り、何を話すでもなくコーヒーを啜っていた。
その姿を見て、一つの疑問を思い出す。幾度と聞こうとしてきた質問を。
残り期間は少ない。聞くのなら、今しかない。
「なぁ黒木......」
太一は沈黙を破る。
「なんで黒木はここに来たんだ?」
宣戦布告をしたあの日、黒木は審判を務めると言って唐突に現れた。
革命部が結成された日も、抽象的な答えしか得られなかった。
今ならちゃんとした答えが聞けると、そう太一は思った。
黒木はその問いを聞き、表情が険しくなる。
話すべきか話さざるべきか、必死で考えていた。
再び沈黙に包まれる。
しかし、太一はその答えを聞くまで、いつまでだって待つ気であった。
それからどれほどの時が流れただろうか。
永遠に感じられるほどの時間であったが、手元にあるコーヒーはまだ暖かい。大して長くは無かったようだ。
黒木が口を開く。
「太一......、少し重くて長い話になるかもしれないけど、いいかしら?」
やはりそれなりの事情があるようだ。
だがここで引くわけにはいかない。最後まで聞く覚悟は出来ていた。
「構わないから話してくれよ」
黒木は息をゆっくりと吐くと、顔をこちらに向けた。
「分かったわ。でもその前に確認しておきたいのだけど、この部室って以前何に使われていたか知ってる?」
この部室が以前何に使われていたか、当然それ位は知っている。
「オカルト研究会だろ」
「そう。なら今その部の人はどうなっているかは聞いた?」
オカルト研究会は現在休部状態だ。なぜなら部員が居ないから。
いや、一人はいた。
(その一人は確か......)
「部員は確か今、学校に来ていないはずだけど......」
どうしてそんな質問するのかそう言葉を繋ごうとしたが、太一の口はそこで止まった。
それはあまりにも黒木が悲しそうな顔をしていたからだ。
「そうよ。その子は、白井美樹は学校に来なくなった。そして」
「彼女は私の親友だったの」
太一の頭に電撃が奔る。
そんなことは全く予想していなかった。
そしてそれ以上に、彼女は親友"だった"と言った。
それはつまり......。
「待てよ。それって......」
そう、と黒木は頷く。
「彼女は死んでしまったの」




