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始まりの秋

 太一は今日も窓の外に視線を置いていた。

 今日最後の授業。

 教師が唱える数学の呪文をBGMに何を考えるでもなくただ憎い世界を眺めていた。


 窓の外の山が赤く色づいている。

 何もなさない、いつも通りの1年もあと数か月で終わる。

 いつも通り春が来て、どうやら夏も過ぎてしまったようだ。


 新しいクラスメイトと出会う緊張や興奮、降りやまない雨で延期されるデートの予定、気心知れた仲間と笑いあう晴れた帰り道、浴衣姿のあの子にドキドキする夏祭り、終わりゆく夏を惜しみ涙を流しながら消えていく線香花火。


 そんな出来事が今年も何千、何万と行われていたのだろう。

 しかしどれも太一とは関係のない場所で行われていたものだ。

 同じ時を過ごしていたはずなのに、彼らが手にしたものは得難い宝物、太一が手にしたものは虚しさ。

 世界と同様に時もまた、物を平等に与えてはくれなかった。


 世界の不平等さを嘆き自殺することも考えた。

 しかしそのために苦しみたくはなかった。

 現状を打破すべく何かし始めることもなかった。

 かつての失敗から、どうせ失敗する事が目に見えていたからだ。


(どうせ何をしても変わらない。”力”を持たない時点で負けだったんだ)


 チャイムがこの日の授業の終わりを告げた。


「イッチ、帰ろか」

 

小木が声をかけてきた。誰がお前なんかと帰るか。


「勝手に一人で帰ってろ」

 

小木を一瞥もせず、太一は教室を出た。


 学校の玄関を出るとグラウンドではいつものように部活が行われていた。

 恵まれた身体能力を生かして楽し気に動く彼らの姿は、何もしていない自分をあざ笑っているかのようで、無性に腹が立った。


(人並みの”力”を持っていれば俺だって部活をして、仲間を作って、青春していたはずなのに......)


 世界への恨みを抱えながら家へ帰ろうとしたところに、かすかな声が聞こえた。


「や......やめて......。やめてください......」


 何が行われているが予想はついている。太一は声がする方へ向かった。


 

 (やっぱり虐めか......)


 太一は校舎の陰に身を潜めている。

 見れば、不良が5・6人で見るからに弱そうな少年を囲み、少年の物と思われる荷物を漁っていた。


「ダッセえ財布使ってんなぁおい。こんな財布にいれられちゃぁカネが可哀想だ。貰ってやるよ」

「待って......それは」

「うっせぇなぁ、まだ殴って欲しいみてぇだなぁ!」

 

そう言うと、不良達が少年を殴り、蹴り始める。

 少年は抵抗も悲鳴を上げることも出来ず、されるがままとなっていた。


(今回のターゲットは隣のクラスの奴だったか)

 太一は観察を続ける。すると、不良達のリーダーと思われる男の顔が見えた。

(あぁ......こいつら坂東のグループか)


 

 ――坂東レオ。太一と同じ学年のヤンキーである。

 髪を汚い茶色に染め、竹刀を片手に持つ、伝統的な不良である。

 竹刀は危険ということで学校から没収され、今持っているのは発砲スチロール製であるが、彼の名誉のために竹刀と呼んでおく。

 なにを間違ったのか不良に憧れた彼は仲間を集め、こうして弱い者に狙いを定め、お金を巻き上げストレスを解消している。

 普通の人間にも劣る身体能力なのでカースト中位以上の人、いわゆるパンピーに見つかったら負けるので、彼らが彼らの不良性を発揮するのはこうして人目のつかないところだけだ。

 そのヘタレっぷりは笑えるものであるが、自分はそれにすら劣るのが悲しいところだ。



(坂東のグループはあいつに目をつけたのか。ならしばらくは俺が目を付けられずにすむな)

 坂東達は一度目を付けた獲物をしばらくターゲットにし続ける。

 裏を返せば自分が彼らのターゲットになることはしばらくないということだ。

(とりあえず一安心だな)


 新しい不良が生まれたわけではないこと、不良グループのターゲットを確認したことでここに来た目的は達成できた。

 あとは彼らの目につかないようにしていればいい。

 太一がその場を立ち去ろうとしたとき、この場に似つかわしくない、澄んだ声が聞こえた。


「あなたは何をしているの?」

 

声をする方を向くと、そこに少女が立っていた。



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