アイドル枠の美波
「よう、筋肉。完全復活じゃん」
四時間目の授業が終わり、ラインで約束した通り、杏奈が席に来た。
「俺のこと、超~心配してくれてありがとう。名前入りのみかんの缶詰も嬉しかったデス!」
缶詰のひとつ、上部に【杏奈さまより】と、大きく書いてあった。
「私が風邪で寝込んだら、ゴフィバのチョコよろしくね」
「単価がおかしいなあーー、じゃあ缶詰あと20個くらいくれるかなーー?」
「好きなモノあげたでしょ? だから私の好きなモノ頂戴?」
「じゃあ俺の大好きなプラモデルをやろう」
「食えねーー!」
「……あはは、本当に高東くんて、みかんの缶詰が好きなんだ」
俺と杏奈が言い争いをしていると、女の子が話しかけてきた。
この子……アイドル枠の……!
「私、斉藤美波。美波って呼んで?」
そう言って美波さんは微笑んだ。
俺は目が離せなくて、じっと観察してしまう。
茶色の髪の毛はロングでふわふわ……ウェーブ? が、掛かっていて、左側にひとつだけチョンと縛ってある髪の束。それが触覚のようで、動くたびに揺れる。
制服のボタンは第二まで外されていて、ぶら下がるように付けてる学校指定のネクタイ。首が長く見えて……エロい。
腰にセーターを巻いていて、それより短いスカート。
そこから見える太ももは長くて細い。
唇はグロスが塗られてて、マスカラは塗ってないようにみえるけど長いまつげ……やっぱりアイドル枠、すげえ!
「おいこら、ジロジロ見るなー? お触り厳禁だぞーー?」
杏奈がパーカーのポケットに両手を入れた状態で睨む。
杏奈はサッカー選手だけど、髪の毛はおかっぱより少し長いくらいで栗色。前髪はパッツンで短い。
いつも制服の上からパーカーを羽織っている。
この学校、制服のルーズだよな……。
プロパティーだけ?
「美波、騎馬戦見て、一馬のこと、気に入ったって」
「気に入った?! 俺を?!」
杏奈の言葉に俺は心底驚いて、声がひっくり返って、我ながらビックリする。
「キモ。興奮しすぎ」
杏奈が睨む。
「なんか市ノ瀬くんをかばう闘犬みたいだったよ!」
美波さんが興奮して言う。
「闘犬? ……ほほう」
俺は自分のアゴを掴んで、疑問満載のポーズ。
「私、警察犬大好きで! なんか高東くん、筋肉たくさんついたシェパードみたいだった!」
ほめ……られて、る?
俺は脳内で踊るハテナマークが止められない。
そもそもシェパードって筋肉あったっけ?
いや、その前に犬に筋肉ってあるの?
あるなら俺は筋肉好きとして不合格……そういう話じゃない?
「じゃあ僕は警察官かな?」
いつの間にか真琴が俺の後ろに立っている。
「そう、闘犬飼い慣らすナイトって感じ!」
美波さんが続ける。
俺が犬で真琴がナイトかーい。
でも待てよ、美波さんは犬が好きなら、ナイトより犬の俺が好き。
よし勝った! ……何かに負けた。そう、人間になれてない!
「よし、進め闘犬よ!!」
杏奈のお願いは、売店で一番人気のチョココルネを買うために、筋肉列車になる仕事だった。
筋肉列車など、ふざけた名前をつけたのは、当然杏奈だ。
昼ご飯時の売店は、幻のメニューがあるのは聞いていたけど、チョココルネかよ。
あんなの食事というより、お菓子じゃね? と思うが、限定30個でいつも売れきれる人気商品らしい。
「私、見たの、突き進む筋肉を」
杏奈の目が輝いている。
俺の筋肉先輩、二年生の新井先輩が人混みを押しのけて10個買って、二年の女子に配ってるのを、美波さんは見たらしい。
「だったら、高東くんも行けるよね!」
美波さんがピョンと跳ねて言った。
一人で行けとは言わない。
列車になろう! ……らしい。
先頭は俺、その後ろに真琴、杏奈、美波さんと連なって、売店に入った。
20畳程度の広さに100人以上が殺到してる。
俺と真琴はいつも寮に戻って食堂で食べていたから、こんな戦場があるって知らなかった。
しかし、俺より体格がいいのは……居ないなあ、あははは!
俺はずんずんと進んだ。
「おおおおお! すごい、一馬の筋肉列車すごいよ!」
俺にしがみついた真琴が叫ぶ。
あー、しがみつかれると華村さん特製ブラでも柔らかい。
俺、いつも出掛けると「疲れたの!」と叫ぶ妹の梨々花をおんぶしてたから、この柔らかさにギリギリ耐えられるけど、俺じゃなかったら、お前は女だって叫ぶぞ!
……華村さんに相談だ。
もう少し分厚くしないと、ダメじゃないか、これは?
俺は、俺だから、我慢できるけどな!
俺は脈打つ心臓に大きく息を吸い込んで酸素を送り込みながら、進んだ。
「こんなに混んでる時に、前に来たの初めて!」
最後尾で美波さんがはしゃぐ。
喜んで貰えて、筋肉列車は嬉しいです。
開き直ってきたぞ。
「お、高東くんじゃないか」
俺の横に、騎馬戦で共に戦った新井先輩が、俺と同じように進んでいた。
「新井先輩! 先日はありがとうございました」
俺は騎馬戦のお礼を言った。
新井先輩も、筋肉仲間だけどアーバン所属だ。
「体育祭、最高に盛り上がったな! で、今日はチョココルネか? 俺と同じだな。毎回頼まれてな……」
「あ、そうです。買えますか、4つ」
新井先輩は、俺の後ろにぶら下がる真琴と杏奈と美波さんを見た。
「……なんだこの羨ましい状態は」
新井先輩のおでこにピクピクと血管が浮かぶ。
逆の立場なら、そうなりますよ、俺も。
でもね……
「俺、なんて呼ばれてると思います? 筋肉列車ですよ」
新井先輩のおでこから血管が消える。
「あははは! 面白いな。うん、仕方ない。今ならまだ買えるよ、先にいきな」
「ありがとうございます!」
新井先輩に肩を押されて、俺は進んだ。
そして最前列に着いた。
「はい、注文は?」
売店のおばちゃんが言う。
「チョココルネ、4つありますか?」
「あるよ」
お! 4個出てきた。
「あと卵サンド!」
「野菜サンドも!」
「イチゴサンドもある?」
「ウインナーパンは?」
「チーズベーコンサンドは?」
後方にいた列車たちが俺の横に並んで、次々注文して、サササッと俺の後ろに戻る。
なんか先頭車両、楽しくなってきたぞ。
自分の分も適当に選んでお金をまとめて払い、方向転換。
「はい、出発しますー」
「筋肉列車いきまーす」
杏奈が叫ぶ。
そして列から抜け出した。
「すごーーーーい!!」
美波さんの歓声と共に中庭にパンを広げる。
4人分のパン、全部で15個。
もちろん4個のチョココルネを含んでいる。
美波さんは、チョココルネを両手で包んで、頬を寄せた。
「まだ温かい! ありがとう、高東くん。一馬くんって呼んでもいい?」
首を動かすと、髪の毛の触覚のような部分がポンと揺れる。
触覚の根元にはピンクのリボンがついている。
これが女の子……!
「お、おお、もちろん」
俺は中庭に正座した。
杏奈と梨々花とお母さん以外に、髪の毛にピンクのリボンがついてる子に名前で呼ばれるなんて……!!
「一馬くんって、私も呼んでいい?」
杏奈がウインクして言う。
「気持ち悪いわ」
一刀両断。
ボスッ!! ボスボスボス!!
杏奈が全力で俺の腹を殴ってくる。
「いだだだだだ!!」
杏奈のパンチは、正直真琴より強い。
サッカーよりボクシングで世界を目指せ、ティモシー・ブラッドリーも真っ青な連打だぜ……言ったら殺される。
「おーー、確かに美味しいわーー、チョコが甘すぎなくていいね」
真琴はもう食べている。
一番マイペースだ。
六月後半、まだ涼しい日。
中庭で食べる甘いパンは、悪くなかった。