この気持ちに名前をください
「よし、勝負しよう」
指についたチョコを舐め取った美波さんが、コートにおいてあったバスケットボールを手も持った。
「はん。アイドル枠が、スポーツ枠の私に挑もうっての?」
杏奈が立ち上がって、パーカーを投げ捨てた。
中庭にはバスケットゴールがある。
タン……とボールをドリブルし始めたのは美波さん。
その立ち姿が美しくて、思わず見とれる。
腰にまいたセーターより、はいてるスカートが短いって、すごいなあ。
そこからみえる太ももは、細くて長くて、膝が小さい。
膝下から紺色のソックスが長く足を包んでいて、真っ白なオールスターが地面を蹴り上げた。
「彼女、経験者だね」
横でパンを食べている真琴が言う。
「え、美波さん?」
「ドリブルが上手いもん」
真琴も指についたチョコをぺろりと舐めた。
「いや、杏奈の運動神経を舐めちゃいかんよ」
俺が宣言した瞬間、美波さんがシュートを打ったが、それを杏奈がたたき落とす。
言いたく無いが、言おう。
「ゴリラのようだ」
「こら、一馬何か言ってるーー?」
地獄耳の杏奈が叫ぶ。
「よそ見してると、勝っちゃうよ?」
杏奈が叩き落としたボールを美波さんが取る。
「いくよ!」
杏奈がボールに手を出すが、美波さんは体を反転させて逃げる。
翻るスカート。
俺はどうしても短いスカートに目がいくけど……許してほしい。
「ほら、体の使い方が上手い」
真琴は冷静に解説する。
「でも、加速力があるのは、断然……杏奈さんだ」
反対側から一気に加速した杏奈が、美波さんのボールを奪う。
そして、一気にシュート。
ボールはネットを揺らした。
「よっしゃ!」
杏奈が叫ぶ。
「はやーーい!!」
美波さんが叫ぶ。
落ちてきたボールを杏奈がドリブルして手に持つ。
「ボールと私は親友なのだ」
「よし来い、親友!」
美波さんは杏奈の手からボールを奪い取ってドリブルをして、シュートを放った。
ボールは見事にネットを揺らす。
「くはははは!」
笑う美波さんを杏奈が追う。
「私の親友を返せ!」
「杏奈の親友はサッカーボールでしょーー?」
はしゃぐ二人を芝生に座ってぼんやり見ていると、俺の方にバスケットボールが飛んできた。
怖い!!
驚いて目を閉じると、パンという音がした。
目を開くと、飛んできたボールを真琴が持っていた。
「よし、こい!」
杏奈が制服の上着の袖をまくる。
真琴は立ち上がった。
「僕と勝負するの?」
「余裕でしょ」
真琴はタン……とボールを地面に叩きつける。
「大丈夫? 僕の別名は、光の……スリーポインターだけど……!」
俺の横で真琴はボールを持って、グッと体を沈めた。
そして一気にジャンプして、ボールを放つ。
細い指先から正確に送り出されたボール。
3Pより、はるかに遠いこの場所から長い高い放物線を描いて、ボールは太陽と一瞬同化した。
シュパッと高い音を響かせて、ボールはネットを揺らした。
「……マジで?」
杏奈はディフェンスポーズのまま、口をポカンと開けた。
「真琴くん、すごーーーい」
美波さんも口を開けたまま、棒立ちだ。
トン……トン……と転がったボールを、真琴は手に取った。
そして、パンと杏奈にパスした。
「いくよ?」
「……オッケー!」
杏奈は真琴にボールを渡した。
「私の加速に着いてこれるかな?!」
杏奈が叫ぶ。
「さっき見てて思ったけど、杏奈さんは、左が弱い!」
真琴は左側に体を入れて、ゴールに向かう。
「マジで?!」
二人がワン オン ワンを始めたのを見ていたら、美波さんが俺の方に来た。
「あの二人すごすぎ。ね、ジュース買いに行こう? 喉渇いたー」
何か買ってきて、じゃなくて、買いに行こう? という所にテンションが上がった。
美波さんは、さっきの筋肉列車といい、一緒にやろう! の精神が気持ち良い。
「列車、発車しまーす」
俺はふざけて言った。
「杏奈ーー、ジュース何がいいーー?」
美波さんは大声で叫んだ。
「オレンジーー!」
「僕はポカリ!」
二人は叫びながら、ずっとボールを奪い合っている。
運動神経がいい二人の戦いは五分で、身長が高い真琴が少し有利な気がする。
「行こう」
美波さんはポケットから紐がついたがま口を出して、それを首にかけて、歩き出した。
「……それが財布ですか」
俺は首からぶら下がったがま口を見て言った。
「これ?」
美波さんは、がま口を手で持った。
「女の人で、珍しいかなー……と」
「私、お財布、すっごく落とすから。小銭だけコレに入れて持ち歩いてるの」
美波さんは両目を閉じて、ションボリ顔をした。
目を閉じると長いまつげが、顔に影を落とす。
その大きな瞳がパッと開いた。
「そういえば! 一馬くん、ほんとダンス上手だね。応援の時もすごかった。バク転!」
美波さんは、両手をバッと後ろに広げた。
「こう、バク転!」
何度も手を後ろに振る。
バク転を表現したようだが、ただ驚いた人にしかみえない。
「……ありがとうございます」
俺は小さく笑った。
「あれ、バク転にみえなかった? 私、バク転できるんだよー」
美波さんが一瞬腰を沈めたので、俺は慌てて止めた。
「いやいやいや、結構です」
パンツが丸見えになるのか? ならないのか? とりあえずスカートでバク転はやめてくれ。
「私、アバクロっていうダンスアイドルグループにいるの。知ってる?」
「ごめん、名前だけは知ってるんだけど」
先輩が出てた音楽番組で、名前だけは聞いたことある気がするけど、あまり詳しくない。
「私、ナンバー3くらいに踊れるんだよ。今度一緒に練習しない?」
「え、ええ?! あ、うん、もちろん」
「約束だよ? 私、もっとダンス上手になりたいから、上手な人と踊りたいの!」
美波さんは、その場でクルンと回った。
触覚のように頭の一部についていたピンク色のリボンがヒラリと落ちた。
俺はそれを拾った。
「上手な人と踊ると、楽しいのは、分かります」
俺も真琴と踊ると楽しい。
真琴と踊るだけで、自分のレベルが上がったような気がする。
「あれ、リボン取れちゃった。結んで?」
美波さんが頭を俺のほうに向けた。
えーーーー?!
「いや……自分でやってください」
俺はリボンを手に持ったまま、動きを止めた。
童貞が女の子の髪の毛なんて、触れるか!!
「えー。じゃあ、私の手首に結んで?」
美波さんが手首を出した。
その手首はまた細くて。
でも同時に俺は、真琴の手首を思い出していた。
……同じくらい細い。
手首だけ見てると真琴と同じで、俺は手にもったリボンを、美波さんの手首に巻いた。
そして触らないように注意しながら、丁寧に結んだ。
「ありがと!」
美波さんは手首にリボンをつけて、ひらひらと踊り出した。
たしかにバランス感覚がいい。
「き、みーと、出掛けたまちーで!」
美波さんが歌いながら移動する。
なんだか子猫のようだなーと思いながら、俺は後ろを付いていった。
「ね。真琴くんって、彼女いるの?」
美波さんがクルリと回転して言った。
……これが本題かな。
分かってた……俺みたいなモテない筋肉男を呼び出す理由は、真琴の事が知りたかったからだろう?
「今は居ないと思うよ。表面上、アーバンは男女交際禁止だし」
「そっかー。じゃあ、杏奈も難しいかな」
「えーーーーーー」
俺は叫んだ。
「杏奈、本気で真琴狙いかよ。身の程知らずとはこのことだ!!」
「あ、やっと敬語じゃなくなった」
美波さんが首をかしげて俺の方を見た。
触覚のような髪の毛の束が、ポンと動く。
「……すいません、初めての人は、緊張して」
初めてってだけじゃない、女の子は基本的に緊張する。
「なんだよー、一緒に筋肉列車した仲じゃないかーー」
美波さんが俺の背中を叩く。
うわー、全然痛くない~~。
もっと叩いて~~。
「……杏奈は、何も言わないけど、お似合いだなーと思って」
「それは、俺も思います」
「でしょー?」
上機嫌で美波さんは微笑む。
お似合いだ、うん。
でも俺は思う。
あの二人、同性だよね?
それって、なんだろう、応援しても大丈夫なのかな?
それに、俺の胸の奥でチクリと痛むこの気持ちは、何なんだろう。
まさにモヤモヤ。
気持ちに名前が付けられない。




