第33話 選ばれた責任
王宮の大広間は、これまでになく静まり返っていた。
第二王子レオンハルトの処分と、特例区画の存廃。
議題は明確で、曖昧な逃げ道はない。
第一王子が、ゆっくりと口を開いた。
「外縁区画における混乱は、事実だ」
視線が集まる。
「そして、最終責任者は第二王子であることも事実」
否定の余地はない。
私は、わずかに息を詰める。
「だが」
第一王子は、続けた。
「責任を引き受けた姿勢も、また事実だ」
ざわめきが起きる。
彼は、嘆願書を手に取った。
「王とは、国を安定させる者だと私は考えてきた」
その言葉は、以前と変わらない。
「だが、安定とは、何も起きないことではないのかもしれない」
ゆっくりと、視線が第二王子へ向く。
「起きたことから、逃げないこと」
沈黙。
「特例区画は、存続させる」
空気が、大きく揺れる。
「責任者は、第二王子レオンハルトのままとする」
私の胸が、強く打った。
「ただし」
第一王子の声は、変わらない。
「王家として、責任の所在を明確にする必要がある」
一拍。
「第二王子を、王太子候補として正式に並立させる」
息を呑む音が、いくつも重なる。
それは、敗北宣言ではない。
だが、独占の終わりだった。
レオンハルト殿下は、静かに頭を下げた。
「……兄上」
「勘違いするな」
第一王子は、即座に言う。
「これは譲歩ではない」
視線は、まっすぐだった。
「国にとって必要だからだ」
その言葉に、嘘はなかった。
王妃が、静かに立ち上がる。
「王とは、冠を被った瞬間に生まれるのではありません」
柔らかな声が、広間に広がる。
「責任を引き受けると決めた瞬間から、王は始まるのです」
視線が、第二王子に集まる。
殿下は、深く息を吸った。
「……私は、王位を望みません」
ざわめき。
「ですが」
はっきりと言う。
「引き受けた責任からは、逃げません」
それは、野心ではない。
覚悟だった。
会議は、正式に決定を下す。
第二王子レオンハルトを、王太子候補とする。
特例区画は、王家直轄の実験区画として存続。
広間を出たあと、殿下は小さく息を吐いた。
「……終わりましたか」
「いいえ」
私は、静かに答える。
「始まりです」
外では、嘆願書を提出した民たちが、静かに待っていた。
結果を知ると、歓声は上がらない。
ただ、深く頷く。
選んだのは、彼らだ。
命じられたのではない。
レオンハルト殿下は、群衆の前に立つ。
「私は、完璧な王ではありません」
率直な言葉だった。
「失敗もします」
ざわめきはない。
「それでも、責任は引き受けます」
静かな拍手が、広がる。
派手な戴冠式はない。
華やかな祝賀もない。
だが、その瞬間――
王とは何かという問いに、
一つの答えが示された。
王になる覚悟を持った日から、
彼はすでに、王だったのかもしれない。
そして私は、その隣で、記録を取り続ける。
制度は、まだ未完成だ。
国も、完全ではない。
だが、選び直す力がある限り、
この国は、崩れない。
それが、私たちの辿り着いた答えだった。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
本作は、「婚約破棄」という分かりやすい始まりからスタートしましたが、
物語の中心に置きたかったのは、ざまぁでも、華やかな逆転でもなく――
「責任を引き受けるとはどういうことか」
という一点でした。
制度は、正しいことがあります。
善意も、尊いものです。
けれど、正しさや善意だけでは、どうしても零れてしまうものがある。
そのとき、誰が前に出るのか。
誰が「自分の責任だ」と言えるのか。
レオンハルトは、王位を望んだ人物ではありません。
それでも、引き受けると決めた。
だからこそ、彼は“選ばれた”のだと思います。
そしてエリシアは、彼を支える立場でありながら、
ただ守られる存在ではなく、自ら矢面に立つ人物として描きました。
派手な戦争も、大きな陰謀もありません。
ですが、日々の判断と、記録と、選択の積み重ねが、
やがて国の形を変える――
そんな物語を書きたいと思い、この作品を最後まで綴りました。
ここで物語はいったん幕を閉じますが、
特例区画も、この国も、きっとこれからも未完成のまま進み続けるでしょう。
未完成だからこそ、選び直せる。
それが、この物語の結論です。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
もし少しでも心に残るものがあれば、
それ以上の喜びはありません。




