第29話 分かたれる道
最終判断の場は、王宮中枢の円卓会議室だった。
窓は高く、外の音は届かない。
代わりに、ここでは言葉一つが、国の形を変える。
第一王子、第二王子。
神殿代表、主要官僚、王族補佐。
全員が揃い、席に着いた。
「議題は一つ」
議長役の老官僚が、淡々と告げる。
「外縁区画方式――現場裁量と王族責任を伴う運用を、王都全体に拡張するか否か」
空気が、張りつめる。
最初に発言したのは、第一王子だった。
「私は反対だ」
はっきりとした口調。
迷いはない。
「例外を制度に組み込めば、統治は不安定になる。責任を一人が背負う形は、美談にはなっても、持続しない」
視線が、第二王子へ向く。
「王とは、全体を守る者だ。選別する者ではない」
正論だった。
拍手こそ起きないが、頷く者は多い。
次に、神殿代表が口を開く。
「神殿としても、慎重な立場を取ります」
柔らかな言葉だが、内容は明確だ。
「善意は、秩序の中でこそ力を発揮します。例外を常とする制度は、善意を消耗させます」
再び、頷きが広がる。
――流れは、第一王子側だった。
「……発言を」
静かに声を上げたのは、レオンハルト殿下だった。
円卓の視線が、一斉に集まる。
「兄上と神殿の懸念は、理解しています」
殿下は、落ち着いて言葉を選ぶ。
「例外は、危険です。責任を一人に集める形も、脆い」
一瞬、安堵が走る。
だが――殿下は、続けた。
「それでも」
その一言で、空気が変わった。
「今の制度は、責任を“誰も取らない形”で安定しています」
ざわめき。
「安定とは、問題が起きないことではありません」
殿下の声は、低く、はっきりしていた。
「問題が起きても、誰も痛まないことです」
誰かが、息を呑む。
「外縁区画で起きた滞留は、暴動ではなかった」
殿下は、私の方を一瞬だけ見た。
「制度を信じた結果、動けなくなった人々です」
視線を戻す。
「彼らは、制度を壊そうとしなかった。ただ、待った」
沈黙。
「私は、王とは何かを考えました」
殿下は、続ける。
「全体を守るとは、零れたものを見ないことではない」
第一王子が、口を開く。
「だが、それを全体に広げれば――」
「広げません」
殿下は、即答した。
「万能な制度など、存在しない」
場が、静まり返る。
「私が提案するのは、唯一の正解ではありません」
殿下は、はっきりと言った。
「だが、失敗したときに“誰が責任を負うか”だけは、明確にします」
円卓の中央に、視線が集まる。
「責任は、王族が引き受ける」
その宣言は、重かった。
「現場でも、神殿でもない。王族が矢面に立つ」
第一王子の表情が、硬くなる。
「それは、王権を私物化する行為だ」
「いいえ」
殿下は、首を振る。
「王権を、隠さないだけです」
沈黙が、長く続いた。
やがて、議長が口を開く。
「……結論を出そう」
視線が、行き交う。
「外縁区画方式の王都全体への拡張――」
一拍、置かれる。
「――当面は、認めない」
第一王子側に、安堵が走る。
だが。
「ただし」
議長は、続けた。
「外縁区画での運用は、正式な特例として存続させる」
ざわめきが起きる。
「第二王子殿下を、責任主体とする形で」
それは、妥協案だった。
そして同時に――分岐点だった。
会議が終わり、人々が席を立つ。
第一王子は、第二王子の前で足を止めた。
「……お前は、危険な道を選んだ」
「承知しています」
殿下は、静かに答える。
「だが、戻れない道ではない」
第一王子は、そう言い残し、去っていった。
会議室を出たあと、殿下は小さく息を吐いた。
「……選ばれませんでしたね」
「いいえ」
私は、首を振った。
「選ばれたのです」
殿下が、こちらを見る。
「“責任を引き受ける者”として」
王都全体は、まだ動かない。
だが、外縁区画は、明確に切り分けられた。
第一王子の国。
第二王子の実験場。
どちらが正しいかは、まだ分からない。
だが、一つだけ確かなことがある。
この日を境に、
二人の王子は、同じ未来を見なくなった。
道は、分かたれた。
静かに、しかし決定的に。
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