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33. You’re not welcomed here.

 穏やかに新婚生活を満喫していたころ、来客があった。家に入れていいか確認をとる執事も困惑している。結婚したとはいえ、フォーティスが前から住んでいた家なのだからここを訪ねる者といえばフォーティスの知る人間であるはずだ。名乗られた名前に心当たりがなかったとしても。


「ミック・レノックス? 貴族か……」


 フォーティスも貴族の端に引っかかっている程度だが、それなりに上にも横にも知り合いはいる。全く界隈が違うか、レノックス家に近年王家の耳に届くほどの活躍はないと推測される。


「とりあえず話は聞こう。応接室に通してくれ」


 事前に手紙もないのは気になったが、ちょうど休暇で家にいたのだ、巡り合わせというものもあろう。

 執事はすぐに扉の外で指示を出した。



 応接室にいたのは夫婦と思しき男女だった。フォーティスを見るなりにこにことしだす。


「やぁやぁ。ビドジール卿。いえ、フォーティス殿下」


 作り笑顔で握手に応じる。


「失礼だが貴殿は?」


「はい。わたしはミック・レノックス。これが妻のマーヤです」


 実物を見てもなお、覚えはない。


「すまないが貴殿との面識はないように思える」


「いやはや、わたしどもが知るのは殿下に嫁いだミュゼッタ・レノックスという娘ですよ。ああ今はミュゼッタ・ビドジールですかな」


「私の妻は平民で、もとは家名を持たないが。思い違いでは? 同じ名前の偶然ということもありましょう」


「赤毛に紫の目、わたしどもの娘に間違いありません。幼い頃に家出してそれっきりだったのです」


 ミュゼッタの髪は柑橘系の橙(タンジェロ・オレンジ)だし、瞳もちゃんと見ればピンク寄りの紫(リゼリアン・パープル)だ。成長により多少変わったものとしても。自分の娘と言うだけあって、特徴は把握している。


「家出とは。何十年も、新しい失踪の知らせはどの家からも出ていない。貴族の娘が一人いなくなれば大騒ぎするだろうに、どこの機関にも相談しなかったのか」


 失踪者の捜索で似顔絵などは騎士団の掲示板に貼られるから、フォーティスがレノックスの名前に見覚えがないということこそおかしい。とくに貴族ならばただごとではない。


「それこそ騒ぎにしたくなかったので……しかし我が娘のミュゼッタが大聖女になったというではありませんか。驚きましたよ。そしてビドジール卿との結婚も」


「ミュゼッタは平民として生きていたし、家名も一度も名乗ったことがない。貴殿らの娘だったとして、家出の原因はご存知か?」


「突然いなくなったのでわけもわからず今日までやってきたのです」


 ミュゼッタは生い立ちを包み隠さず教えてくれたので、これは真っ赤な嘘だ。六歳で乱暴にこの二人に追い出されたと聞いた。どちらかが嘘をついているとしたら、フォーティスが信じるほうは決まりきっている。


「そもそも、あなた方はずいぶんと礼を欠いているが、自覚はあるか?」


「そのようなことは……」


「連絡もなく突然何の関係もない家に上がり込む。無礼への謝罪もない」


「関係なくはないでしょう。わたしどもの娘がこちらにいるのだから」


「その娘との関係も証明できないのにか」


「わたしども親の顔を見れば血の繋がりは一目瞭然です。親が我が子を見間違うわけがありません」


「あくまで私のミュゼッタが貴殿らの娘だと言い張るのなら、試させてもらっても構わないか」


「望むところですな」


 執事を呼び寄せると、夫婦に聞こえないように耳打ちをする。彼が連れて帰ってきたのは二人のメイドだった。どちらも髪は赤毛だったが伏し目にしているので目の色はわからない。 


「さて、どちらがミュゼッタか当てられるかな」


 そうフォーティスはメイドたちを並んで立たせた。さすが元王宮メイドだけあって立派な教育が施された者たちだ、主人のどんな発言にも戸惑うこともなく堂々としている。


「ど、どちらか……?」


 発言するまでもなくこの迷う態度は親として失格だったが、あえて口を挟まない。


 ミックもマーヤも決めかねている様子に、メイドたちの微笑みが崩れそうになっていた。


「では、右の子が……」


「違いますね」


「じゃあ左がミュゼッタですね!」


「違いますね」


「は?!」


 驚愕する夫婦をよそにフォーティスはメイドたちに仕事の邪魔をした謝罪を告げ下がるよう言いつけた。


「どういうことですかな?!」


「『親が我が子を見間違うわけがない』のでは?」


「ああいう形でどちらかから選べと言われれば、違うと思っても選ばなければ仕方ないでしょう!」


「どちらも違うように見える、と言えばよかったんだ。メイド服を着せている時点で変だと気づけ」


 額に青筋を立てて笑みを消すと、夫婦の顔色が悪くなった。確実に機嫌を損ねたのは伝わったようだが、理由が正確に理解されているかどうか。


「詐欺師と話すことはない。出て行ってくれ」


 夫婦はぎゃいぎゃいとわめきだしたが、門にいた兵士に引き摺られて外に出た。


「彼らについて詳しくお調べしますか?」


 執事が汗を拭きながら訊いてくれたので、襟を緩めながら頼んだ。






 不愉快な来訪者があった日の夕方、何も知らないミュゼッタは笑顔で帰ってきた。


「ただいま戻りました」


「おかえりミュゼッタ」


 仕事から定時で上がったミュゼッタは、今朝よりもずいぶんとくたびれた姿のフォーティスに笑顔を曇らせた。


「どうしたの?」


「ミュゼッタが恋しかった……」


 ぎゅうと抱きしめれば、苦しいと言いながらも彼女は笑った。こんな風に笑えるようになってよかった。


 調査はするにしてもどうせレノックス夫婦とミュゼッタの親子関係は確実だろうと思いがあって、フォーティスは胸を痛めたものだ。悔しいことにミュゼッタの顔立ちはあの二人とよく似ていた。信じがたく許しがたい。彼らに捨てられてひねくれたりしなかったのは、大人のオデッサとしての記憶があったからだろうか。


 やるせなさに自然と目に涙が溜まった。


 その日は廊下を歩くでも手を繋ぎ、座っては腰を抱き、食事中でも膝に乗せたりしてどうにかこうにか離れまいとした。風呂は解放したが、すぐにベッドで合流する。


「今夜はずっとミュゼッタに触れていたい」


「それはいつもでは?」


 同じベッドで抱きしめあって朝まで寝ているためミュゼッタはそう不思議そうにした。


「もっとだよ」


 フォーティスのキスがはじまった。





 後日ワズウォース陛下と話したところ、レノックス夫婦は家名、土地、家……一切合切を無くし放逐になった、とさらりと言われた。いなくなった娘の事件を発端として余罪がボロボロ出てきたらしい。遺体のない葬式も取り行ったことすら忘れてしまっていたとか。ミュゼッタが奴らと顔を合わせなくて本当によかった。


33. You’re not welcomed here.

(招かれざる客。)


おまけか余分なプチざまぁ。

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