第九十九話 花屋、万花爛漫
「準備完了っと……」
俺達三人が同時に食事の終え、しっかりと外出の準備を済ませたタイミングで薙摘が帰ってくる。俺達は薙摘を労った後に堤ちゃんの所へ行った。堤ちゃんは、昨日と違う服(彩芽が家から持ってきた子供時代の服)を身に纏い、力が入るようになった足で歩き、堤ちゃんがおじいちゃんと暮らす家へと向かった。
「着きました」
堤ちゃんが立ち止まったのは、西区南部のにある花屋、万花爛漫であった。堤ちゃんは、その花屋を見ると、心の奥底に押し込まれていた感情が漏れ出たようで、少し瞳を潤ませながら、しっかりとした歩みで入口へと向かった。俺達はそんな堤ちゃんの後について行った。外に花は出したままであったが、店内を除くと薄暗く、営業はしていないようであった。
「おじいちゃーん!」
堤ちゃんが大きな声で叫び呼ぶと、奥にあった人間反応がビクッと震え、ドタバタと大きな音をたてながらこちらへ走って向かってきた。俺達はもしものために警戒をしていたが、堤ちゃんはこのドタバタ音に聞き覚えがあるらしく、緊張の音が切れたように、しなしなと崩れ落ちそうになりながらも、まっすぐ奥の扉を見つめていた。そしてドタバタ音が間近に聞こえてきてすぐ、奥の扉が勢いよく開かれ、その奥から老年の男が目鼻水を垂らしながら飛び出してきた。
「菜々恵ちゃーん!!」
「おじいちゃわっ!」
老年の男は堤ちゃんに飛び付こうとしていたが、その姿があまりにも気持ちが悪かった《・・・・・・・・》為、俺は反射的に堤ちゃんの襟を掴み、後ろへ引く。その事に堤ちゃんは驚き、呆然としている。老年の男は跳び付こうとした勢いのまま床に……激突することなく綺麗に受け身を取り、流れるように起き上がりながら、掌底突きを行ってきた。俺は突然掌底突きを行ってきたのは勿論、その動きが老年とは思えないような動きに驚きつつも、一歩分後ろに下がってその掌底を回避する。
「ほぅ……」
老年の男は俺の回避を真剣に見つめた後、こちらを鋭い眼光で睨んだ。その眼光は、堤ちゃんをしっかりと捉えつつ、俺のことをどう仕留めようかと思案しているようであった。実際そうなのであろうが。面白い、そう思った。
「彩芽、堤ちゃんを頼む」
「はぁ……分かったわ。無茶はしないようにね」
俺がそう言って堤ちゃんを彩芽に預けると、彩芽は俺の顔を見ながら大きく溜息を吐き、やれやれと首を振りながらも堤ちゃんを受け取った。堤ちゃんはこの状況を理解していないのかぼうっと俺を老年の男を傍観している。まぁもし、誰かが第三者が見ていたとしても、この状況を理解は出来ないだろう。多分あの老年の男は、本当に堤ちゃんのおじいちゃんなのだろう。そしてその老人の男は俺のことを、堤ちゃんを誘拐した敵として見ているだろう。だが俺はそれを否定しない。老年の男が冷静な思考を今現在持てているかは分からないが、話せば、話しぐらいは聞いてくれるかもしれない。だが俺は話をしない。それは単に戦いたいからである。彩芽がやれやれとしているのは「また戦闘狂モードに入った」と呆れているらしい。俺はそのことをあまり気にせず、真剣に老年の男を見つめる。そのまま数秒経つと、老年の男が、ゆっくりと姿勢を変えながら言葉を発した。
「どうした?剣を使わんのか?」
俺はその言葉に驚いた。天風は帯刀していないのに、なぜ気付いたのか?俺は
好奇の目線を向けながらも「なぜそう思ったんですか?」と聞くと、老年の男は静かに笑いながら答えた。
「いやね、私は少し目を使う仕事をしているからな。細かいヒントから答えを導き出すのが少し得意なんだ。そんな私の目によると、君は格闘やら他の武術も使えるようだが、咄嗟の回避が剣をもっとも振りやすい位置への回避であった。それが一番の要因だ。他にもいくつかあるが……まぁいいだろう」
俺はそんな話を聞きながら反省しないとなと思いつつも、老年の男に言い返しをした。
「ご丁寧にどうも。そう言う貴方は護身術を剛熊流で習ったようですね。あの掌底突きは七代目の吾郷 仁が得意としていた技ですから、習ったのは彼が全盛期だった二十六年前ですかね?」
俺がそう言うと、老年の男は驚いたように目を見開き、声を上げて笑った。
「これは一本足られたな。その通りだ。まぁだから、と言う話でもあるがな」
そう言いながら俺と老年の男は向かい合いながらゆっくりと動く。そして俺は彩芽達から距離を話し、老年の男の動きに注意する。すると、老年の男が動き出した。
「でぁ!」
老年の男の掛け声と共に拳が突き出された。確か『剛熊流徒手術熊鷹』だ。だがそんな鋭い攻撃も、剛熊流が初見ではない俺の、半歩身を返す回避によって空振りに終わる。だが老年の男はそれを想定していたようで、突き出した拳に勢いそのまま、俺の回避した外側へ腕を振り抜く。これは繋ぎ手『剛熊流徒手術払熊』だ。その流れるように払った手を、俺は半歩下げた足に力を込め、もう片足を大きく前に出し、体を倒すようにして下に回避する。そして、死角に入った俺は、左手を握りフックを後ろ腰に叩き込む。
「ぐっ……」
老年の男は呻り声をあげつつも、前に飛んで俺と距離を開ける。
「素早いな……」
「そっちも、老年には見えない機敏さだよ」
俺達はそう言いながら不敵に笑い、次の打ち合いに戻るため構える。そんな時。
「ストーーープッ!」
戦闘を止めたのは我に返った堤ちゃんであった。堤ちゃんの大声に、老年の男はギョッとしたかをで振り向く。そちらには、静かに事の顛末を見守ろうとしている千姫と、少し驚きながらも感心したような目線を堤ちゃんに送る彩芽、そして、頬を膨らませた堤ちゃんがいた。その光景に老年の男はワナワナし、俺はもう少しやりたかったなと思いながら、ファイティングポーズを解いた。すると堤ちゃんは、彩芽の所から離れ、老年の男前に立ち、ピシッと指をさした。
「おじいちゃん!なんで突然攻撃なんてするの!」
堤ちゃんが強く言うと、老年の男はワナワナしつつも言い訳をした。
「い、いや、だってね?私が菜々恵ちゃんの所に行ったらあの男が菜々恵ちゃんから引き剥がしたんだ!それは反射的に攻撃もするだろう」
「いーえ!あれはおじいちゃんが悪い!いくら何でも出会い頭に飛び付くのはどうかと思うわ!新藤さん達はおじいちゃんの顔なんて知らないんだから、あれじゃあただの不審者だわ。離らかされて当然よ!」
「そ、そんなぁ……」
老年の男は、堤ちゃんに怒られ、消沈していた。そんな中俺は、自分の非もあるので、老年の男の弁解をすべく、二人に近づく。
「堤ちゃん」
「あ、はい、新藤さん。すみません、うちのおじいちゃんがご迷惑を掛けました」
俺が話しかけると、堤ちゃんはこちらに振り向き、深々と頭を下げた。
「い、いや、それは良いんだ。こっちにも非がある。途中で弁解しようと、話を持ち掛けることも出来た。それをしなかったのはこちらの悪いところだ。それに君は昨日家に帰れず、連絡も出来なかった。保護者は心配するだろう。声を聞いて、顔を見て、抱き着きたくなるぐらいにはね」
「そ、れは、そうかもしれませんが……」
堤ちゃんは何か言いたそうにしているが、俺は気にせず言葉を重ねる。
「と言うか今回は大半誠が戦闘狂のせいよ、ね、だから今回は許してあげて?」
俺の言葉に、彩芽の言葉も重なり、堤ちゃんは渋々といった様子で了承し、消沈している老年の男に歩み寄る。
「な、菜々恵ちゃん……」
老年の男は少し顔を上げ堤ちゃんを見つめると、堤ちゃんは少し恥ずかしそうにしながらも言った。
「おじいちゃん……心配掛けてごめんね?えっと、ただいま」
堤ちゃんの言葉に、おじいちゃんは目鼻から液体を垂らしながら頷き、「おかえり」と返した瞬間、耐えきらなかった様で、堤ちゃんに飛び付こうとして、その堤ちゃんに両手で押し留められていた。




