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日本皇国、日章旗を胸に  作者: 海空陸一体
形成期(明治~大正初期)
PR
13/19

第九話

・・・・・・・復活で良いのかな?

お久しぶりです。

そして遅まきながらの明けましておめでとうございます。

世界情勢がキナ臭くなる中、粛々と近づいて行きます戦争の暗雲。

では、どうぞ。

西暦1913年2月7日


 帝都東京にある高級料亭街の一つに、日本経済のドンが贔屓する料亭がある。その店は娑婆で言わせるなら一見お断りの店。長年通い積めた一流の客だけが通うことを許される、客を選ぶことが出来る伝統ある料亭。




歴史を感じさせる香り放つ木の柱、日本人なら誰でも一回はその匂いを嗅ぐイ草の畳、桜色の細かな装飾がなされた襖、色濃く塗られ黒輝いて机。


その部屋である会談がもたれた。


日本経済のドンにして帝国国家財政を一手に握る高橋是清大蔵大臣は、自分が目に掛けていた大友嘉助から「ぜひ、会って頂きたい人物がいる」と言われ、この店に招いたが、余りに予想外の人物に驚いた。これはどう言うことだ、と大友に目で問いかけると、目だけ笑いながら返された。


「本日は招いて頂き感謝しています。高橋大臣」


挨拶されたが返す気にはなれなかった。このクソガキは自分の血筋にモノを言わせ、自分の私兵・・・ロシア人達の住む場所を作る予算を、大蔵省に捻出させるだけではなく、海軍が推し進める艦隊整備計画、戦艦の艦砲を流用した陸軍の大型重砲の開発、満州王国領土の開発補正予算など。恨む要因ならいくらでもある。確かに、このガキが明治天皇に提案した、ロシア鹵獲艦艇売却は帝国財政に一息つかせてくれた。でなければ今頃、帝国は借金の山に溺れヒイヒイ言いながら過ごしていただろう。


「大友」


「はい、大臣」


「まさか知らない訳ではあるまいな?」


その言葉に大友は首を縦に振る。高橋是清は珠洲ノ宮成彦の事がダイッッツ嫌いだ。顔も合わせたくないほど。このガキは何を勘違いしているか知らないが、帝国は子供の玩具ではない。帝国臣民6千万人以上が住む法治国家なのだ。それを自分の思い通りに、事を進めようとする青二才に好き勝手される理由はない。


「そう、かっかしないで下さい。今日は帝国に棲み神木(・・・・・・・)を蝕む蟲を摘み取る段取りをするだけですので」


「ふん。蟲は貴様ではないのか」


是清が鼻を鳴らして皮肉ると成彦は怒りもせず平然と答えた。


「もし私が害虫に成り下がったら腹を切って死にますよ」


整然とした答えに口を閉じるしかなかった。成彦は自分が思ったことを素直に口にしただけだが、是清にはあまりに率直過ぎてどう言えば良いのか分からなかった。


 奇妙な静寂が部屋の中に現われるが、大友が成彦に質問することで、それは途切れる。


「成彦殿下、その蟲とは誰なのか教えて頂けませんか」


大友は本来無い筈の展開に少し慌てていた。会談では余計な話は一切せず高橋是清の協力を取り付ける。その予定を成彦が早速ぶち壊しに掛かったのだ。慌てるのは当然だ。


「それは最後に話すとしましょう。それより先に食事を済ませましょう」


 転生者仲間である大友にそう告げるや箸を取り前菜に手を付け始めた。是清も気を紛らわすべく料理に箸を進めた。大友は両者が取り敢えず話には応じる構えを見せたのにホッと息をついた。








 暫らくして口を開いたのは、帝国高級官僚達から狂人と呼ばれ恐れられている成彦であった。


「今年の夏頃に『扶桑』が竣工、金剛型4番艦『霧島』は秋に就役する頃合い。他の超弩級戦艦も来年の蝉が鳴き始めるまでには訓練段階に入るでしょう」


「早いですね」


「元々、各造船所には3万トン越えの大型艦建造を告知していたからな。ある程度の資材鋼材の備蓄はしていたし、色々と小細工はしたからな」


「小細工だと?」


 大友は戦艦の建造スピードの早さに感心したが、是清は疑問の声を上げた。大蔵大臣として軍事には一定の知識があった彼には成彦の言葉に矛盾を感じた。小細工しただけで船は早々に作れるモノではない、と。


「簡単です。戦艦の新型副砲の開発延期と主砲の国産化計画を潰しただけです」


「・・・・・・なに?」


 帝国国力の象徴たる帝国海軍が建造を進めている新型戦艦の命とも言える武装の開発を中止させた。あの、予算が通るまで怒鳴り散らす頑固野郎共の頭ごなしに計画を白紙にした、そう成彦は言ったのだ。


「どうやった?」


「副砲は『薩摩型』と『河内型』の15cm50口径を、主砲はライセンス契約をしたヴィッカース社製の14インチ砲を搭載させます」


「金剛と同じ主砲を積むのですか!?」


大友が驚く。史実なら『扶桑型』及び『伊勢型』両級は毘式36cm砲を再開発・国産化した41年式36cm砲を搭載していた。それをライセンス生産したモノを載せると言うのだ。

 是清は成彦の身を案じせざるをえなかった。海軍軍人にとって戦艦の完全国産化は悲願の計画である筈。それに横やりを入れた成彦は相当反感を買っていると見るべきだ。それこそ暗殺の可能性を考慮しなければならない程。


 こちらの内心を感じたのか、成彦は苦笑いしながら大丈夫だと語る。


「心配ご無用です、高橋大臣。海軍が私を殺そうとすれば、陸軍がここぞとばかりに予算強奪を図るでしょうから、連中は何も出来ませんよ」


 成彦はいつも着ている青の海軍第一種制服ではなく、カーキ色の陸軍軍服を指で摘みながら微笑んだ。これが成彦の強みであった。陸軍と海軍、それぞれ

中佐の階級を獲得した成彦には陸軍海軍の垣根など、障害にすらならなかった。両軍に独自のパイプを持ち一定の影響力を保持することに成功したのを良いことに、成彦は陸海軍の軍備計画に自分の意見・考えを思う存分反映させた。軍需産業では三菱を筆頭にする既存の財閥群から嫌われていたが、北海道財閥の中核企業、室蘭大重工業を珠洲ノ宮家の傘下に収めたことで、武器弾薬の独自開発すら可能になった。恐らく成彦の暗殺に成功したとしても海軍は、陸軍と北海道財閥から総スッカンを喰らうだろう。


その上、この男にはもう一つ強みがある。


「貴様、満鉄の株式をどの程度、獲得したのだ?」


「そうですねぇ・・・。大体40パーセントは」


 このガキはどこから大金を用意出来たか分からないが、大日本帝国・満州王国の合弁会社、満鉄(満州鉄道株式会社)が民間向けに発行した株の四割を取得し、一気に筆頭株主に躍り出た。成彦はその地位を利用して、満鉄の事業に介入した。本来なら満州王国で使用される予定であった機関車、貨車、線路、信号を始めとした各種鉄道規格は、日本が供給する筈であった。それを成彦は『満州は海外でフロンティアと呼ばれている。国産品では満州が持つ美点を殺しかねない。それならば最初から国際規格に合わせた方が、満州の近代化を促進するだけではなく、外国資本の導入も活発になる』と哈爾濱で開催されて最初の満鉄株式総会で高らかに宣言した。

これに喰いついたのは当の満州人経営幹部達だった。彼らは独立を支援してくれた日本に感謝の気持ちを持っていたが、心の奥深くでは日本となるべく対等になりたい。そう考えていた。そこにフッと沸いたのが成彦の宣言。満州人達は大喜びで成彦の意見に賛成する立場に回った。これを見た中小の大多数の株主達だが空気を読んで賛成した。基本彼らは投資した分の資金と少しばかり上乗せされた金利が手元に戻ってくれば言うことはなかった。それに『成彦殿下なら大丈夫』と皇族出身であることに無条件の信頼を寄せていた。

それに対して血が出るほど手を握り歯噛みしていたのが、本土から派遣された日本人官僚と経営幹部達。特に鉄道省から派遣された官僚の一人は眼力で殺さんと言わんばかりに、成彦を睨みつけていた。株主総会で提出された鉄道敷設計画では、満州王国唯一の軍港・旅順と商港・大連から始まり、日露戦争の激戦地・奉天を経由し、満州王国首都となった新京を通り、経済発展の中心地として機能しつつある哈爾濱を結ぶ、総延長500キロを超える野心的計画。これが全て国産品で整備されることになれば、日本は爆発的好景気に沸く。官僚達は反発の声を上げた。『満州は日本人が先の戦争で血を流して手に入れたモノだ。それをやすやすと海外に開放するのは英霊達に失礼である!』と叫んだ。成彦はそれに対してニッコリと笑いながらこう告げた。『だったら先の独立戦争で少なくない血を流した私と私の部下、それに満州の人達も英霊になるが文句はあるか?』と。成彦は血を流していない貴様らがゴタゴタと口をぬかすな。黙って見ていろと遠回しに言った。

 会議は大紛糾したが圧倒的賛成を得た成彦の案「海外から優れた技術・鉄道規格の導入を図り、これにより国際競争能力を高め、満州王国近代化の推進に取り組む」が採択された。

 鉄道に必要な各種機材は、今は亡き鉄道王エドワード・ヘンリー・ハリマン氏の母国・アメリカから輸入されることになった。元々、日本軍が接収した満州国内のロシア帝国資本の鉄道はその多くがアメリカ製であることを考えると都合が良かった。

 その後、アメリカとの交渉際、成彦は発注先としてハリマン氏が社長を務めたアメリカ最大規模の鉄道会社、ユニオン・パシフィック・レールロードを指定した。

当のユニオン・パシフィック側は仰天した。何せアメリカがポーツマス条約の仲介をした見返りに関東省、つまり満州市場の自由解放がなされる筈が、当時の日本外務大臣小村寿太郎の猛反対によって、土壇場でキャンセルされたのだ。それにより期待していた満州と言う名のフロンティアへの足掛かりを得ることが出来ずにいた。

そこに自分達の本領である鉄道関係の工業製品の発注をされたのだ。ハリマン氏亡き後、勢いが少しばかり鈍りつつあったユニオン・パシフィックを継いだ新社長はこの好機を逃すまいと直々に日本へ渡り、直接筆頭株主たる成彦と会談を持った。


「私が出した条件では第一次生産ロットはアメリカから輸入するが、第二次ロットから第四次ロットは日本でノックダウン生産方式の採用、第五次ロットではユニオン・パシフィック側は技術提供を行い日本国内での生産を可能にする。と出しました」


「アメリカ人はそれを飲んだのか?」


「はい。彼らも小村元(もと)外務大臣の蛮勇による日米関係悪化を苦慮していましたから、私との交流を通じて関係改善をおこないたい考えのようです」


「・・・・・・その対価は」


「満州市場の解放。彼らの立場はポーツマスより一度たりとも変わっておりません」


是清は歳をとるにつれ皺が増えていく眉間をほぐしながら思考する。これは絶対に受けるべきだ。小村のアホがやらかしたお陰で悪化して亀裂が入ったアメリカとの友好関係を修復するにはまたとない絶好の機会だ。それに満州王国の鉄道を全て日本が供給すると言う鉄道省の計画には是清は当初から反対していた。

帝国財政はかならずしも健全とは言えなかった。日露戦争終戦直後から重くのしかかる莫大な海外債券、衰えるどころか年々加速する陸海軍の軍備増強。

だが良いこともあった。伊藤博文が暗殺されたのを受け朝鮮半島の併合が白紙撤回されたことだ。伊藤公には悪いが朝鮮併合の中止が決定した知らせを聞いた時、思わず安堵の溜め息を漏らした。

そこに満州近代化を日本人だけで面倒を見ようと言っている鉄道省の官僚共に呆れたものだ。

現在国内で鉄鋼を製錬するのに海外から輸入した(くず)鉄が必要なのを連中は忘れていないだろうか。その屑鉄は海外では溶かして使い直すのに値しない代物であることを考えていないだろうか。そして屑鉄の半分以上がアメリカからの輸入で賄われていることを忘れていないだろうか。


「儂の方から外務省に掛け合っておく」


「感謝します」


 一部の楽観的者達が日露戦争で勝利したことで、日本は欧米列強の仲間入りと騒いでいるがとんでもない。帝国はまだまだ貧弱なのだ。決して思い上がってはいけない。


「ところで部品の製造は室蘭が請け負う予定ですか?」


「いんや、餅屋にやらせる」


「はい?」


「餅は餅屋にやらせるのが一番だろ。常識的に考えて」


大友はその言葉に思い当たったのか心配そうにする。


「大丈夫なんですか。又吉はんや富さんが怒りそうですが」


「北海道ばかりに仕事やると一極に集中してしまうだろうが。それに欧米に匹敵する技術を室蘭は十分過ぎるほど持っているだろうに。だから本州に回す。それだけさ」


どうやら成彦は三菱や住友と言った大企業の技術力底上げをしたいらしい。そんな鉄道一つで得られるモノがあるか、と問われれば間違いなくあると答える。この時代の自動車は排気管丸出しのブリキの玩具で、飛行機は馬力50の壁が超えられない布張り製。

では1910年代の物流を運ぶ主役は何か?と聞かれれば誰もが口を揃えて答える。


鉄道と船であると。


大海原を最大2万トンは超える輸送船が巨大な艦首で波浪を切り裂いて行き、大地を真っ暗な排煙を煙突から噴き出しながら縦横無尽に行き交う機関車。

19世紀から20世紀の初頭まで物流輸送手段としては間違いなく鉄道と船がその役目を独占していた。


「満州王国は経済的・軍事的・地政学的観点から見た場合、最低限日本と同等の国力を身に付けなければ、歴史に名を遺す価値もない。海戦は日本海軍が殆どを請け負うにしても、自国の近海防衛と陸戦をこなせるようにならなければ、帝国は大陸に無用な国力を割く余裕はない」


「関東軍設立の計画を裏から手を回して握り潰したのはそのためですか」


「自分達の身は自分達で守る。満州人達が自分で豪語したのだから、その意見を尊重しなければしこりが残る。まあ、泣きついてきた時は我々も一戦覚悟しなければいけないがね」


 難儀のことだ。三十も過ぎていない青二才が、着実に目標を打ち立て、それに邁進している。

 是清は静かに天井を見上げ溜め息を漏らす。天井に点々とあるシミを苦々しく見つめた。帝国には目先の利益に熱中して国益をみすみすドブの中に捨てる連中が最近増えてきた。

 嘆かわしいことだ。日本が開国してから、まだ50年と経っていないのにも関わらず、欧州列強と対等になったと勘違いしている連中が大勢いる。


目の前にある料理に箸を進ませる、この手が重い。高橋是清はこの身を持って欧州と日本の格差を実感したことがある。かつて夢見た欧州に向かう船に乗り組んだ時、是清はどういう経路か奴隷として船に乗せられた。その後、恩師が伝手を使い必死になって探し出せていなかったら、是清は死ぬまで奴隷として人間と認められない人生の末、死んでいただろう。


 世界は決して生易しいモノではない。そう心に刻み込んだ。


「そう言えば、さっき新型副砲の開発を延期させた、と言っていましたがホンマですかい」


「14cm副砲のことだったら本当だ」


「・・・・・・戦えるのですか?14cmを開発したのは15cm砲弾が重すぎるのが理由でしょ」


「砲弾が重いなら軽くすれば良いだろう」


 その言葉に大友は絶句した。史実の帝国海軍が50kgを超える15cmの砲弾は日本人には不適格と判断し、自分達が扱える軽量砲を望んだことで、15cm砲に対して約10kg以上軽い14cm砲弾が開発されたのである。


「どれくらい軽くしたのですか?」


「そうだなぁ・・・5kgは減らしたな」


「5kg!?」


 成彦と大友が海軍の新型兵器について会話をする中、是清にある疑問が浮かんだ。なぜ大友がその計画を知っているのか?


「どうやって?」


「弾丸を軽量化したのさ。分離装薬式だから装填速度と継戦能力は確実に改善された。試験の時も実戦に耐えうると評価されたよ」


「威力は?」


「戦艦には通じないが、巡洋艦以下の小型艦艇には元々十分だ。多少弾頭が脆くなっても、弾種を榴弾にすれば紙装甲など簡単に破壊出来る。問題ない」


「おい」


是清が割り込むと二人の視線が集中する。大友のは大蔵省で慣れているが成彦のそれはどこか狡猾さを感じさせつつ得体の知れない力を含ませていた。

 だが、これくらいでひるんでいては、時には女や金、時には罵り合い、時には暴力を滲ませつつ、巧みな交渉で予算を得ようとする者達と駆け引きをしてきた帝国財政を司る大蔵大臣の名が泣く。


「大友。貴様は事務局総長を兼務していた筈だな」


「はい、それが何か?」


「何故、お前が海軍極秘の新型砲の開発計画を知っている。儂は大臣と言う役職上概要だけは知っているが細部については知らん。14cm砲など初めて聞いた。それと海軍の戦艦がライセンスした主砲を載せることもだ。大友よ、正直に答えよ。・・・・・・・貴様は一体、何者だ」


「それは・・・その」


大友は返答に窮した。

この世にあらざる経済の理論・知識・情報を武器にのし上がってきた大友にとって今の地位は非常に好都合だった。一見すれば落ち零れの集まりにしか見えない事務局だが、そこには大蔵省各局の書類が集まる。当然、赤に他人には見られたくない巧妙に偽装された不正会計の書類も。ただの下っ端役人なら見逃してしまうだろうが、遥か未来の高度に発達した情報技術を前に経験を積んだ、大友にはその程度の偽装は子供の玩具同然。

 大友は不正な書類を見つける度に再審査の印と共に各局に叩き返していた。時には圧力を掛けてくる者も居たが、その時は容赦なく雲の上の上司に密告し、大蔵省から蹴落として己の絶対性を築いた。

 その時、独善的だが新進気鋭かつ清廉潔白で大蔵省内で有名になりつつあった大友に目をつけ、自らの側近として採用したのは高橋是清本人であった。

 それ以来、大友は大蔵省の番人として腕を振るい帝国財政の一翼を担っていた。


 今に地位にまで辿り着けたのは、大友自身の努力もあるが、やはり大蔵大臣たる是清によって引き立てられた部分が多い。下手な嘘をつけば大友は瞬く間に信頼を失い築いてきた地位を全てが無に帰してしまう。


 そんなことは絶対にダメだ。

 大友は手を強く握り締めながら思った。

 確かに前世では教科書の上の出来事だった。

しかし、今は違う。

自分は生きているのだ。

本の中でしか語られなかったその時代に。

映像の向こう側にしか見ることが出来なかったあの時代に。

まだ日本が帝国と名乗っていたこの時代に。

今、自分がいる時間こそが・・・・・・自分の人生なのだ。


ただ、傍観しているだけなど我慢出来る訳がない。


 大友が覚悟を決め答えようとした時、成彦が割り込みとんでもないことを言い放った。


「高橋大臣。私と大友さんは未来を知っているのですよ」


馬鹿正直過ぎるやろ!?何言うとんねん、成彦殿下!!


躊躇なくストレートにそう言った成彦に、心の中で叫ぶ。当の本人は呑気に秋刀魚の塩焼きを美味しそうに食べている。

是清の目線が厳しくなるのを感じ、額から冷や汗を流す。


マズイ・・・絶対信じてへん。


「大友」


「はっ、はい!?」


「・・・本当か?」


ここまで来たら押し通すしかない。そう腹を括り頷く。


すると、是清は目を閉じて考え込んだ。


万が一、成彦殿下の言葉が真実であるならば、大友が海軍の計画を知っていたとしても不思議ではない。それに嘘と断じるには証拠が足りない。


高橋是清は自分の目の前で味噌汁を啜るまだ三十にも成っていない若き皇族士官を改めてじっくりと見詰めた。

背は160cm超えるかどうかの瀬戸際で、顔は母親似で一見すれば少女のそれで、体つきは軍人としては異様に細い。腰には百人の刀鍛冶の魂が込められ、同数の中国人の血を吸い取った、と市井で実しやかに噂される業物、百刀・打鉄(うちがね)がある。肩には桜の紋章が二つ付いた階級章と背中にあたる部分に赤い日の丸が描かれている高貴な色である紫色をした軍服をマントのように羽織っている。

珠洲ノ宮成彦の行動は、まるで未来を知っているように振る舞っている。先帝である明治天皇は成彦のことを我が子のように接していたことは、高級官僚の間では周知の事実だ。その事実があったから帝国軍は珠洲ノ宮成彦を排除出来ない。機会はあった。明治天皇が崩御されたあの時がそれであったが、今と成っては後の祭りだ。昨年の満州戦役での活躍が華々しく報道されたことで国民は成彦を英雄として称え熱中してしまっている。

それに成彦直轄の私兵であるロシア人部隊もだ。お陰で陸軍から彼らの装備更新予算の要求書が来た。どうも旧式の三〇式から三八式に変えないと何をしでかすか分からないと言う恐怖心から来たようだが、まったく良い迷惑だ。


「仮に貴様らが未来人だったとしよう。一体貴様らが目指す先に何が見える。もし未来を知っているのであれば分かるだろう。どれだけ帝国・・・日本が幼い赤ん坊なのか」

・・ ・・        ・・・

「分かってますよ。我々は平和が成立することを願ったあの世から来たのですから」


「なら何故、敵を作る。協力者を増やした方が貴様にとって都合が良い筈」


「・・・・・・・駄目なんですよ。この時代の日本人には」


 何?         

 意味が分からなかった。帝国の未来(・・・・・)を知っているなら日本をより良くする為に理解者を集う筈。儂ならそうする。


 成彦は顔に笑みを浮かべる。それは懐かしい故郷を思う青年そのものであった。


「お教えしましょう。これから総ての日本人が身を持って体験する帝国の栄華と破滅。その先にある・・・・・・私達、転生者が生まれた時代。平成と呼ばれる時の流れを」






「ふざけるな!!日本がアメリカに無条件降伏など・・・ありえん!」


「ですが、それが歴史の真実なのです。少なくとも我々は家で祖父母から聞かされ、学校で教科書から学び、社会で知ってきたのです」


 私が告げた平成の歴史に高橋大臣が猛烈に喰いついたのは日本の無条件降伏についてであった。この人から見たら絶対に納得出来ないことなのだろう。

 実際、激怒しているし。


「何故!何故!帝国軍はここまで無様に負けているのだ!皇軍としての規律はどうした!?」


 今度は太平洋戦争時の日本軍の戦い方にまで飛び火した。日清・日露を大蔵大臣として見てきた高橋是清、その人だからこそ言える魂の叫び声だった。特に大戦末期の体当たり攻撃の話には、怒りを収め静かに犠牲者の冥福を祈るほど。

 

「大友!貴様はこれを知っていたのか!?」


「はっ、はい!知っておりました!!」


「何故、儂に話さなかった!!」


 ひぃでぇ八つ当たりだなー。大蔵省では地獄の番人として有名な筈の大友さんがタジタジになりながら必死に答えているが、それでも怒りは収まらないようだ。

 その様子を眺めながら食後の茶に手をつける。料亭側の心配りか、若干ぬるめで飲みやすくなっている。

 

 帝国海軍増強計画の前倒しは満州での戦闘が終了した直後から既に始まっていた。薩摩型と河内型の建造データと訓練記録を元に、前世の伊勢型戦艦をモデルシップにした新〈扶桑〉型戦艦と新〈伊勢〉型戦艦の建造。各種兵装は今ある物を流用した。機関は艦船本部設計の新型重油燃焼管と同じく新型のタービン。どちらも薩摩型と河内型のデータから洗いざらい再設計と拡大設計をした上で、機関出力を絞り確実性を求めたモノに仕上がっている。

 なまじ完成度が高い代わりに浮かぶ旅館と化している薩摩型の苦い経験を反省した結果だ。お陰で扶桑型・伊勢型共に最大速力25ノットの一歩手前だ。

 駆逐艦は私の頭の中で描き艦船本部が具現化した第一次世界大戦での理想的な駆逐艦。あったら便利、20年後も使える骨董品として建造が進められ、2~3駆逐隊分の調達を終えている。一等駆逐艦は12センチ単装砲三門を装備、53cm魚雷発射管の連装型を二基備えているが武装配置はぶっちゃけ、前世の陽炎型特型駆逐艦を模範している。かなり真面目な話だが日本近海での戦闘行動や哨戒、航続距離と居住性を考えると特型駆逐艦が一番良いのだ。

一方で二等型駆逐艦は大量生産されている。武装は12センチ単装砲を二門、53cm連装魚雷発射管が一門と軽武装だが、対潜装備を充実させ一部ブロック工法を取り入れた設計がなされている。こちらは前世の松型駆逐艦をモデルにしている。


金剛型巡洋戦艦の建造も同時並行で進められているが、当然日の目を見なかった艦艇もいる。

それが装甲巡洋艦として完成予定だったが、〈ドレットノート〉の登場により巡洋戦艦として改められた〈筑波〉型と〈鞍馬〉型、計四隻の建造計画の白紙化である。

筑波級巡洋戦艦、〈筑波〉と〈生駒〉は史実であれば日露戦争緒戦の旅順軍港閉塞作戦遂行中に機雷で撃沈された、〈八島〉〈初瀬〉の両前弩級戦艦の損失を補うため急遽建造されたが、私が介入したこの世界では二隻とも無事であり日本海海戦にも参戦した。そのせいで〈筑波〉と〈生駒〉は建造されず設計図止まりの艦となった。

鞍馬型巡洋戦艦は、そもそも筑波型巡洋戦艦の改良型である。その大元が建造されずじまいに終わった為、〈鞍馬〉〈伊吹〉の両艦も設計図だけはある幻の巡洋戦艦として歴史に記録された。


では浮いた四隻の分はどこに行ったかと言うと、筑波型は薩摩型と河内型に、鞍馬型は金剛型に予算・資材が回された。これが大日本帝国海軍増強計画のカラクリだ。扶桑型と伊勢型にはまた別のカラクリがあるが。


「だいたい貴様はいつも儂が知らない内に手を回しているが、それがどれ程危険な行為か分かっているのか!尻拭いをしている儂の身になってみろ!!」


「もっ!申し訳ありません!!」


大友さんを怒鳴りつける高橋大臣だが、傍から見れば悪戯を働いた子供を叱る親にも見える。

口では何だかんだ言っているが、高橋大臣は予想以上に大友さんを可愛がっているようだ。


「高橋大臣。そろそろ本題に入りませんか?」


私がそう言うと、達磨と評された顔をこちらに向けてくる。


「本題だと?」


「はい。本題です」


頷き返すと顔をしかながら話を聞く態勢を取ってくれた。

それを見て私は心の中でこう思った。


勝った、と。


「私が大臣閣下と話し合いたいと思ったのは、何も満州王国のことだけではありません。あることについて助力を得たいのです」


「あること?」


「はい。私の部下達、ロシャーナ連隊の帝都警備を認めて頂きたい」


「なにっ!?」


まさに前代未聞。高橋大臣が目を見開き驚きの声を上げた。


「そんなこと!出来る訳なかろう!!」


「いいえ。認めて頂きます」


帝都防衛は陸軍・第一師団並びに近衛師団の管轄。これは明治政府成立以来、一度も変わることのない不磨の大典に等しい事実。そこに異国の人間で編成されたロシャーナ連隊を入れれば、どんな政治的反応が起こるか目に見えていた。

その危険をあえて犯す。

万が一、失敗すれば大逆人として死刑になるだろう。それでもやる。やる価値は十分過ぎる程ある。


 帝国政府大蔵大臣としてなおも反対する高橋是清にあることを告げる。前世で歴史の教科書に少しでも触れている者なら誰もが知っている言葉。


「シーメンス」


「・・・・・・・ドイツ帝国か」


「私達が知る歴史の中ではシーメンス事件と呼ばれる汚職事件が起きましたが、これには裏で糸を引いていた人物がいた、と言われております」


「・・・まさか」


 思い当たったのだろう。大臣の顔が驚愕に染まり、冷や汗が一滴、頬を伝わり畳の上に落ちる。

 大日本帝国が出来る前、幕末の時から伊藤博文を中心とする長州で、その秀才ぶりを讃えられ、明治政府誕生後、内務大臣、陸軍大臣、そして総理大臣を歴任し、元老にまで登り詰めた男。


「山縣有朋。この男を引きずり下ろすのを手伝ってもらいます」


 暫らくの沈黙していた高橋大臣であるが、絞り出すように答えた。


「・・・・・・無理だ」


「ええ、普通なら」


 平時なら山縣有朋の失脚など不可能だろう。伊藤公亡き後、藩閥政治の中心的役割を果たしてきたこの男と敵対することは、今の政府と全面対立するのと同義だ。

 山縣有朋は確かに明治大帝がご存命の時代では愛国者の鏡であっただろう。だが、明治大帝が亡くなられたことで何らかの心境の変化があったのだろうが、自らの権力に執着する老害に成り下がってしまった。

 私は考えた。私が目指す目標とは、天皇家の名の下で日本国が永久に繁栄することである。

 それに対して、山縣有朋の目標とは明治天皇の下で大日本帝国が栄えることではないだろうか。


 私には山縣公の心境を推し量ることなど出来ない。私は珠洲ノ宮成彦だからだ。決して山縣有朋ではないのだ。


「現在の帝国軍陸海上層部の主要ポストの相当数は、ご存知の通り薩長出身で固められております。今、巷では藩閥体制の打破が叫ばれていますが、政府官僚でいくら藩閥が崩れようとも、大元の軍部が健在である限り藩閥政治の崩壊など夢物語です」


「そこで有朋の失脚か・・・・・・」


「組織がどれだけ強固であろうと、頭を潰せば幾ばくかは脆くなります」


 頭脳を失い脆弱になればつけ入る隙はいくらでもあるだろうし、時代と共に崩れ去っていくだろう。


「帝国政府は明治から脱却すべきです。今の世の中は明治ではなく大正なのです。いつまでも明治の基準で動くべきではありません」


 太平洋戦争の陸海軍は、その点が中途半端だった。明治の考え、大正の考え、昭和の考えが複雑に入り交じり、統一された方針がなかった。

 日露戦争組、第一次世界大戦組、日中戦争組とそれぞれが体験した各戦争。どれもが、歴史に残る戦争であり、経験し、教訓とすべきモノである。ただ、三者の考えはまるで一致しなかった。それが、太平洋戦争の戦場で起きた悲劇を生み出した原因だと私は考えている。


「・・・・・・分からん。桂さんが護憲運動で倒閣するかも知れない、この時期に。何故、その話を儂にする。儂は政府側の人間じゃぞ」


「この時期だからです」


 是清大臣が頭を振って弱々しく言う。高橋是清にとって余りに都合が良過ぎる。

 帝国元老が一人、西園寺公望が内閣組閣を起こった際に、陸軍が二個師団増設計画を議会に提出しようとしたが、西園寺はこれを拒否。激怒した陸軍が上原勇作陸軍大臣を辞任させたことで、空白となった陸軍大臣の席を西園寺内閣は埋めることが出来ず、そのまま倒れてしまった。ここに陸海軍現役武官制の欠点が浮き彫りにもなった。


 その後、山縣有朋の推薦で内閣総理大臣を継いだのは、日露戦争の時に総理を務めた桂太郎陸軍大将であった。桂は自身を推薦した山縣の意を汲み取り、陸軍の軍備拡張を推し進めようとしたが、帝国議会から猛反発をされるだけではなく、国民からも退陣を要求される始末だった。


 2月5日には苦し紛れに五日間の議会停止を通告。

 2月10日で再開された議会では、興奮した国民が国会議事堂にまで押し掛ける騒動まで発生し、ついに11日に桂太郎は内閣総辞職する。


 元老と首相経験者の陸軍大将が組織した内閣が立て続けに倒れたが、次に選出されたのは薩摩出身の山本権兵衛海軍大将。彼は薩長閥の人間だが、何度も経験した大臣職と海外留学で養った豊富な見識があり、民権運動にも一定の理解を示していた。

 山本権兵衛は陸軍の軍備縮小を考えていた。当時の日本経済の状況を鑑みての結論であった。

そして、彼の内閣が動き始めて矢先にシーメンス事件が起きた。

 

「山縣公は己が責務を怠るばかりか、自らの権力を維持せんと、悪戯に国政を揺るがしていますが、到底許されるモノではありません。あくまでも帝国軍の統帥権は御上のモノです」


「山縣が陸軍を私物化している、と言いたいのか」


「実際そうでしょう。陛下は臣民の生活が安定したより良いモノになることを望んでいます。その意に反して更なる徴兵を行おうとしている」


「だが、貴様も同じ穴の莚だぞ。海軍増強は然り、陸軍の新型砲なども。どれも大蔵省が捻り出したモノだ」


「戦場で未来ある兵士達が生き残るには必要でしょう?我々は天皇陛下の赤子たる臣民を間借りしているのですよ。臣民たる皇国軍将兵の犠牲を少しでも減らすのは当然の義務かと思いますが」


「兵器の開発が戦死者を一人でも少なく出来ると?」


「当然。良くも悪くも日本は質を重視せざるを得ません。それを怠れば、瞬く間に戦場が我が帝国軍の死体で埋め尽くされる結果になります」


 太平洋戦争が正にそれであった。連合軍太平洋方面の主力であり、盟主のアメリカ合衆国軍は戦争の中盤まで日本軍とは、量で勝り質では互角であった。しかし、ソロモン諸島から日本軍を叩き出せば、次々と日本製航空機を性能で軽々と上回る新型を送り出した。結果、各地の制空権を失い帝都空襲を始め、日本本土爆撃を許すこととなってしまった。


「こちらが強力な兵器を作り出せば、対抗する敵も新兵器を送り出し、また自軍が画期的な武器を使い始めれば、あちらも同等の武器を駆使する」


「戦争の摂理だな。一つ飛び抜けた武器が作られれば誰もがこぞってマネをする」


「はい。これから起こる戦争は国同士が己の国家生存を掛けて、どちらかが倒れるか白旗を揚げるまで殺し合う事になります。そこでモノを言うのは持った組です」


「持った組?」


「イギリス帝国やフランス共和国などの植民地帝国と、南北アメリカ大陸の雄であるアメリカ合衆国。それに対して植民地獲得に一歩遅れを取ったドイツ帝国、多民族国家である為に国内紛争が絶えないオーストリア=ハンガリー二重帝国、三国同盟を組みながら虎視眈々と『南チロル』、『イストリア』、『ダルマチア』と言った未回収領土を狙うイタリア王国」


「・・・・・・貴様は何を考えている。それらと何の関係が帝国とあるのだ!」


高橋是清は言い知れぬ恐怖を感じた。成彦の言葉を聞く度に這い寄る未知の感覚。少しずつ少しずつ体の内側から締め付けられる何かがあった。

 是清の様子を見て成彦は笑っていた。それは成彦の両親である珠洲ノ宮御井彦と彩希から受け継いだ、人好きにさせる優しい笑顔には歪み切ったモノが混じっていた。


「これからの帝国。二十年分の成長を齎す一大事業。」


 成彦は朗々と歌うが如く自らの計画を語り出したが、それは狂気を感じさせていた。まるで夢の中で踊る子供の様に。


「山縣有朋が失脚した場合、山縣公を中心とする長州閥はその勢力を大きく減衰させるでしょう。当然、その後釜に座るのはもう一つの藩閥である薩摩閥ですが・・・その席は私が貰いましょう、長州閥そのものを。陸軍軍政についての人材は一歩抜きん出ている長州閥を押さえれば、短く見て20年は陸軍を私の手の上で。海軍については問題ありません。同じく10年は彼らの願望を満たすだけのモノを与えましたから。軍神様にお墨付きをして頂きましたから」


「あの東郷が認めたと言うのか!?」


「認めてもらうまで苦労しましたよ。お膳立てした上で直談判してやっと納得してもらいました。その代わり条件を幾つか出されましたがね」


 ここまで言われては如何に帝国随一の金庫番である是清でも認めるしかなかった。日露戦争の英雄であり、もはや世界でその名を知らない者は居ない日本が誇る稀代の名将。ロシア・バルチック艦隊を打ち破った功績で公爵の位を授与され、今や押して押されぬ海軍軍人。


「是清閣下」


 珠洲ノ宮成彦が改めて背筋を伸ばし、高橋是清に語り掛けた。


「日本は黒船来航以来、およそ300年近い鎖国体制を止め、開国し世界の海原に足を踏み出してから30年以上になりますが、ここまで富国強兵をする事が出来たのは、間違いなく明治の元老・政治家・官僚・軍人によるモノです。しかし彼らは満足してしまった。日清・日露で勝利を得て、それに酔ってしまった。彼らはそこで歩みを止めてしまった」


「・・・・・・」


「ですが、日本はまだ知らない。西洋列強で繰り広げられる軍拡競争を。恐るべき速度で莫大な量が生産される大砲・小銃・弾丸。今日の最新鋭が明日の旧式となる戦艦の進化。それに注ぎ込まれる今の日本では想像絶する程の資金・資材・人材の分厚さ」


「日本には無いモノか・・・」


「然り。ここで進歩を止めれば日本は世界から、また一歩遅れてしまいます。技術は日進月歩と言われますが、国力についても同じ事が言えると私は考えています」


「強国は一日では成り立たず。一日一歩の積み重ね、か」


「列強は世界各地の植民地から齎せれるありとあらゆる富を消費し、世界のパワーバランスを握っています。日本は自ら白人主義が蔓延る国際社会に飛び込んで行ったのです」


「だからこそ。停滞は許されぬ」


「はい。どんな偉業でも千里の努力と一握りの運です」


「運か・・・運・・・・・・」


 高橋是清は大いに悩んだ。確かに賛同は出来る。しかし、成彦が歩まんとしている道は、幾何万の血で塗装され尽くした振り返る事すら許されない地獄への一本道。本来、皇族たる成彦には遠い世界の筈であった。だがどうだろうか。戦場で初陣を終えた成彦の姿には大蛇の幻影がその片鱗を見せている。彼は自らと敵対する人間に対してじっくりと苦痛を与えながら絞め殺してしまうだろう。その隠されている牙で近寄って来る敵を首元から命諸共、刈り取ってしまうだろう。

 成彦を止める何らかのストッパーが必要だと是清は考えた。そして自分がその役目を買って出るしかないと結論を出した。


「良かろう。好きにやってみるがよい」


「感謝します。是清閣下」


成彦は静かに頭を下げた。その頬を上げながら。


「ところで大臣。もう一人、招待している方がいます故に呼んでも?」


「構わん。どうせ貴様の呼び出した人物だ。どうせ反山縣の人間であろう」


 是清が予想すると、成彦は襖の向こう側に声を掛けた。


「どうぞ、お入りください」


 ゆっくりと開いた襖の向こう側に居たその人物を見て是清は目を剥いた。その人物はなんの躊躇もなく部屋に入ると、成彦の隣に座布団を敷きその上に座った。是清はその男の名を呟いた。桂太郎の盟友にして昭和最後の元老として昭和天皇を死ぬまで補佐し続けた忠臣。


「西園寺・・・公望」


その男、西園寺公望は名を呼ばれても無言のまま隣に座る、幼き暴君に目を配った。それを受け愕然としている高橋是清に成彦はこう言い放った。


「では、始めましょう」


逝き付く先は地獄。辿る道は血を吸う茨の道。出発点は魑魅魍魎が住まう魔境。これから行うことは義挙と愚挙の紙一重。勝者には歴史に残り後世にまで称えられる真の忠臣。敗者には他者から有らん限り罵倒され末路まで呪われ未来永劫、好奸として語られる。


さあ、始めよう。








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