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E/meth --ゴーレムとピグマリオン--  作者: 音十日
・追記
88/88

同級iiii / リスナー ・人魚と仔犬のワルツ 

――2019年12月末――


 師走の忙しない風景の中を一人、歩いていた。どこの家ももう翌年をを迎える準備ができているように見える。


 12月と言ってもこの島には雪は滅多に降らない。ただ寒いだけ。


「はあ……」とわざと声を出して、息を吐いてみる。一瞬、空気が白く曇ってすぐ元通りになる。


 夏頃から、運動不足というのもあって、受験勉強の合間に散歩をするようにしていた。大した強度の運動でもないが、それでも体を動かすと少しは気分が上向く。


 今日はいつもよりも早く歩けている気がする。なんでだろうと思ってすぐに答えに気づく。普段から散歩する時はスマートフォンで音楽を聴いているのだが、今日は先日ダウンロードしたばかりの、テンポの良い曲を聴いていた。そのせいだろう。



/



いつも通りのルートを経て、海の見える公園に着く。自販機で缶コーヒーを買い、ぼおっと寄せて返す波と浜辺を見つめていた。


 なんとなく波の音が聴きたくなり、ワイヤレスイヤホンを片方外してコートのポケットに入れた。視覚の情報と聴覚の情報が一致する。


 海だなあ、と当たり前すぎる感想を抱いた。


 するとその時、可愛らしい鳴き声が聞こえた。茶色いトラ猫が猛然とこちらに向かって走ってきていた。


「お……トラ、おいで」


 たまに公園で会うことがある。元々人懐っこい猫なのだろう。私でも嫌がらずに、撫でさせてくれる。ベンチに乗ってそれから何かを探すように顔と耳を動かしていた。とりあえず頭を撫でようとすると、掌を避けてこちらにさらに近づいてきた。


 おお、ついに私の膝にも乗ってくれるようになったのかと感激したが、違った。猫はなぜかポケットの中に顔を突っ込み始めた。


「いや……さすがに君でも入れないよ」ポケットに顔だけ入れたまま何度か鳴いた。


 いつもはこんなことないのに、寒いからだろうか。そっと彼の体を持ち上げるとワイヤレスイヤホンをくわえていた。


「こら……そんなの食べちゃダメだって」


 彼はイヤホンをベンチに置き、すぐ隣で香箱を作り、目を瞑って耳をピクピクと動かしていた。イヤホンから流れる音楽を聴いているようにも見えた。


「へえ、クラシック好きなんだ」まあ、ダウンロードしたばかりのこのアルバムの曲が純粋なクラシックと呼べるのかは判らなかったが。というのも、どの曲もアレンジがかなり入っていた。全くオリジナルの曲もあるし。


 もう片方のイヤホンも外し、ペアリングを解除して、スマートフォンのスピーカーから直接音楽を流すことにした。


 ふと、視線を感じて振り向くと、隣のベンチに黒猫が座っていた。綺麗な翡翠色の瞳と目があう。たまに見かけるけれど、私が近づいていくと逃げてしまう子だった。


「君も聴く? こっちにおいでよ」


 彼は目を瞑り、耳だけこちらに向けていた。


 このCD、なにか猫の好きな音でも出ているんだろうか。



/


 

 しばらく目を瞑って、猫たちと一緒に、演奏と波の音を聞いていた。


「あ……あの、突然すみません」


 声を掛けられて、慌てて目を開けると、女性が前に立っていた。


(あれ……足音に気づかなかったのか)疲れているのかもしれない。コーヒー飲んだばかりなのに眠りそうになるなんて。


「あ……どうかしましたか」猫たちも彼女に気づく立ち上がり、彼女の足元にまとわりつくにすり寄った。猫も美人が好きなのだろうか。


 その人は藍色の襟の高いコートを着ていた。肩までの黒い艶のある髪はウェーブがかかっていた。肌は病的に白かった。青白いと言った方が正確だろうか。大きな瞳は薄い水色をしている。年齢は……同じくらいだろうか。


(外国の人……だろうか。日本語には不自然な感じは全くないけど)


「この、今流れているのは何という曲ですか?」


 えっと……、アプリの画面で曲名を確認する。


「『仔犬のワルツ』という曲の……アレンジ、らしいです」


「えっと、そうではなくて……」何と言ったらいいものか考えているようだった。


「この曲というか……まさにこの演奏の収録されているCDの名前を教えて頂けませんか」


 ちょっと気が利かなかったな、と反省する。口頭で伝えようとして、紙に書いた方がいいかもしれないと思い、メモにCD名を書いてものを渡した。


「ユーフォ―……ピアノっていうんですか?」彼女は少し悲しそうな顔をした。


 騙そうとしていると思われたのかもしれない。いや……本当にそういう名前なんだけど。猫たちは責めるような眼差しを私に向けている。……君たち美人に甘いな。意地悪をしているわけではないよ。


「あ……座ってください。ほら……」私は彼女をベンチに座るように促し、スマホの画面を指さして見せた。


「ほら、アルバム名の所、『ufo piano』ってなっているでしょう」


「……本当ですね。よかった。ありがとうございます」


 彼女は安堵して微笑み、メモ帳を大切そうにコートの胸ポケットにしまった。笑う時チラッと、尖った八重歯が見えた。なんとなく榛原君のことを思い出した。



/



 今年の8月の終わり、何枚かの空飛ぶレコードがこのアルバムを世界中で演奏(再生?)して回っていたらしい。その内の1枚を録音スタジオに誘導して、そうしてできたのがこのアルバムだそうだ。録音が終わった後も繰り返し、そのレコードはアルバムをリピートしていたそうだが、しばらくして砕けて、泥になってしまったらしい。


 どう考えても眉唾ものだった。ほとんど無料配信のようなものだったので余計に洗脳音楽だとか色々言われていたけれど、何か月か経っても気が変になったという人は現れなかった。私も最近までは警戒していたが、一度試聴してみると心地よいものだと判った。


 楽し気にピアノを弾いている女性の姿が、目に浮かんでくる。(もちろん弾いているのが男性か女性か、そもそも誰なのか、誰にも知らないのだが)



/



 彼女がベンチに座ると、二匹の猫は我先にと彼女の左手の方に向かっていった。彼女は彼らを撫でてやりながら、ふと何かに気づいて、コートの袖をまくり腕時計を外した。


「あ……その時計って博物館のお土産のやつですよね」


「え……そうなんですか?」


 あれ? でも、淡い水色のデジタル時計。人魚のシルエットがデザインされている。これはそのはずだ。猫たちは、膝の上に置かれた時計のにおいを嗅いでいた。


「この時計は人からもらったものなので……どういうものなのか、実はよく知らないんです」


 言われてみればお嬢様のような彼女には、不釣り合いな気もする。もっと高級そうな、機械式の時計をつけていた方が似合いそうだ。


(そういえばこの時計、彼も着けていたな)何故猫たちは、こんなに興味を示しているんだろうか。


「猫って人魚も好きなんですかね?」トラ猫の頭を撫でながら、間抜けな質問をした。


 彼女は上品に失笑して、それから、この時計は人が使っていたのを譲ってもらったものなのだと。その人は相当な猫好きだったので、きっとこの子たちも可愛がってもらっていて、その人の匂いがまだ残っているのかもしれない、とそう言った。


 ……使っていたのを、もらったのか。いや、別におかしくはないけれど。あれ……?


「その人って恋人ですか」聞くと、彼女はかなり判りやすく照れた。


「いえ……兄でした」……でしたってどういう意味だろうか。


 黒猫が彼女の膝の上で大きくあくびをした。とがった犬歯が見えた。


「優しいお兄さんですね。……もしかして、その人って猫みたいに尖った八重歯していませんでしたか」


「ええ、そうなんです。八重歯が大きいところはよく似ているって兄も言ってくれていたんです!」彼女は自慢するように、誇るようにそう言った。


「もしかして知ってる人かも……」言いかけて止める。

 ……いや、たしか彼は男兄弟だったはずだ。そんなわけがない。


「お兄さん、元気ですか」


「今は……どこに居るのか判らないんです。あの人、義理堅いところがあって、昔助けてもらった人を助けようとして、それで……。私は行かなくていいって言ったんですけど、聞いてくれなくて……」


 彼女の膝の上の猫たちがピクピクと耳を動かしていた。


「え……あ、そう、なんですか」何と言っていいのか判らなかった。


「えっと……速く帰ってきて欲しい……ですよね。元気でいてくれるといいですよね」彼女は俯いて猫を撫でながら、そうですね、と呟いた。


「もし元気でいるとしたら私に会いたくないのかもしれませんね。なんとなく……このピアノを聴いていると、兄が傍にいてくれているような気がするんです」


 そんなことはないんじゃないかな。



/



 演奏が終わると、彼女は腕時計を着けて、私と猫たちに挨拶をして立ち上がった。実は人を待たせていたらしい。本当にお嬢様なのかもしれない。


 彼女の背を見ていると、何か聞かなければいけないような、何か言わなければいけないようなそんな気がして、呼び止めてしまった。


「……なにかありましたか?」こちらを振り返る彼女はやはりすごく綺麗だった。


「えっと……あー、CDを買うよりもダウンロードした方が安いですよ」違う、これじゃない。


「親切にありがとうございます。でも私、形のあるもので持っていたいんです」


 そう……ですか。頭を下げてまた歩き出す。それをまた止める。


「あの! 本当はその人と兄妹じゃないんじゃないですか?」


 彼女は少し呆然として、優しく微笑んで言った。


「どうしてそう思うんですか?」


「……だって、あなたの顔、お兄さんのことを想うって感じじゃなかったから」酷い言いがかりだ。無神経すぎる。


 ……それから彼とあなたの顔は似ても似つかない。サメや狼男のような人とあなたのような美人では、兄妹というのはあり得ない話だ。八重歯は確かに似ているが。


 彼女は、そんな顔してましたか、と恥ずかしそうに笑った。


「私、カウンセラー志望で……昔カウンセリングの真似事、じゃなくて練習をさせてもらったことがあるんです」


 ……何言ってるんだろう。カウンセラーになれと周りに言われ過ぎて、おかしくなったのだろうか。……ピグマリオン効果? 少し違うか。


 彼女は私の次の言葉を待っている。


「それでその人、八重歯の大きい人だったんですけど……人から逃げよう逃げようとするんです。なんでかって聞いてみたら、人から嫌われるのが怖いからって言っていたんです」


 都合のいいことを言っているな……。


「だから……あなたの所に戻って来ないのは、あなたのことが好きだからだと思います」


「……なぜ、そういう思考になるんですか?」

 薄い水色の瞳が真っ直ぐにこちらを見つめている。


「だって……嫌いな人から嫌われたってどうでもいいけれど、好きな人に嫌われるのは怖いでしょう」


 彼女はまた寂しそうにした。


「でもそれだと結局、私はもう彼に会えないんでしょうか?」


 そうなるか、いや……。


「今度、見かけることがあったら私から言っておきます。ちゃんと会いに行きなさいって」


 彼女はお願いします、といって頭を下げた。それから少し進んで、またこちらを振り返った。


「……あなたには会いに来るんですか」何とも言えない複雑な表情を浮かべていた。


 その言葉の意味を考える。


 ……ああ、そういうことか。そういうことだな、つまり。


「ええ、はい。だってその人とは友達でさえなかったんです、きっと」笑って見せた。


「でも、その人の方は……友達だと思っていたかもしれませんよ」


 慰めだろうか。何と言っていいのか判らず、頭を下げて、また会えるといいですね、そう言ってみた。それはどちらに、だろうか。できることなら、また2人に会いたいけれど。


「あなたはきっと、素敵なカウンセラーになれると思います」


 ……こういうところはそっくりだな。



/



 彼にまた会えたら、悩みを吐かせよう。それからどんな悩みであっても、なんだそんな事かと言おう。


 次に、実は私の方は君のことを話す人形のように思っていた、と言おう。


 そうしたらいくら彼でもいくらなんでもそれはひどい、と怒るだろう。それでいい。


 最後に質問をしよう。それで君は今の話を聞いて私のことを、嫌いになったかと。

 彼は何と答えるだろうか。


 彼は心配し過ぎだったんだ。あんなに優しい子が居てくれたというのに。



 そんな想像をしながら机に向かい、音楽をかける。


 軽快で楽し気な『仔犬のワルツ』が流れ始めた。



 

  同級iiii / リスナー ・人魚と仔犬のワルツ【終わり】


                  「追記」【終わり】


 これで追記も終わりです。

 読んで下さった方には感謝しかありません。ありがとうございます。


 この小説はもともと就職活動の際にゲーム会社に応募したシナリオでした。

 お祈りされたのですが、私の中でこの作品は成仏できておらず、昨年世界で色々大変なことがあり、なんというか、私自身ろくな人生を歩めていないのですが、生きることを何とか肯定するような話として書き直したいと思っていました。


 それが伝わったかは判らないのですが、少しでも読んでくださった方が優しい気持ちになって頂けたなら幸いです。


 登場して頂いた神話の神々や伝説上の存在、登場人物、猫たち、何より読んでくださった皆様に感謝いたします。どうかお元気で。


 ありがとうございました。



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