82.どれを選択しますか?
ひっくり返って死んだクイーンラット。これで奴の指揮下のネズミたちも多少は勢いが落ちるはずだ。
これまでが兵隊だったとすれば、頭を潰した今はただの烏合の衆ってところか?
その証明に、俺の肉をほじくり返すことにひたすら集中していた小さめのネズミらがそれも忘れて体から離れ、キィキィと慌てふためている。中にはパニックのあまりこんな浅い場所でも溺れて死にかけてるのまでいるじゃねえか。
何もしなくたって勝手に死にそうだし、ちと可哀想に思わなくもねーんだが、こっちも仕事なんでな。
クエストはきっちりと遂行させてもらうぜ。
残るネズミもまとめて駆除しよう――としたところで。
『レベルアップしました』
「なにぃ?」
もう次のレベルだって?
メイルとの戦闘で上がったばっかだぞ?
そこから得たまともな経験値は実質、クイーンラットのぶんくらいだ。クエストの道中で倒したネズミなんてせいぜい数匹から十数匹で、普通の個体より大きめとはいえあんなんがまともな経験値になるとは思ねえからな。
これで上がるならアンクルガイストの群れを大量虐殺したときにもっと上がっててもいいと思うんだがな……もしかすっと初めての敵だと経験値にボーナスがつくとか、そういうサービスでもあるのかね。
体感で覚えるとは言ったが未だにちっともわかんねーわ、ここら辺の塩梅は。
「ま、ステータス確認は後回しで……んん?」
『条件取得』
またしても俺の足を止めさせたのは、久しぶりに見るその表記だ。
いやマジで久しぶりだな!? 前回はレベルがまだ3しかなかったときで、その時点では超強敵だった網角の鹿と戦ってるときにこれが出たんだったな。
今度はいったいどんな条件を満たしたのかと思えば。
『取得条件:レベル20以上:単独で大物を撃破』
……まー確かに、クイーンラットは見るからに大物だったし、この条件はたった今満たしたと言ってもいいだろうけどよ。
だが、妙だな。レベル3のときもそうだが、これくらいの条件でいいなら、もっとたくさん知らず知らずのうちに達成してたって不思議じゃねえだろ。
なのに実際には、これでようやくふたつ目だぞ?
考えられる理由とすりゃあ……緩い条件でも得られるスキルが特別に何個かあるか、もしくはここに書かれてる以外にも実は別の条件があるか、だな。
ステータスにすら隠し要素があるんだったら、スキルの取得条件にも似たようなのが隠されたっておかしくはねー気がする。
おっと、こんな考察も後回しだな。
どんなスキルかだけ確認したらさっさとあっちの加勢に行かねえと。
これで前に得たのが【血の簒奪】だから、また強力なスキルなんじゃねえかと期待して画面を進めれば。
『どれを選択しますか?』
はぁ!?
ここで選択制だと……!? これまたお久しぶりだな! つか、急いでるってときに限ってやたら時間をかけさせやがるな、おい!
まさか取得条件ってのは特定のスキルにくっついてるだけじゃなく、得られる機会そのものへの条件でもあるってのか?
「あぁもう、なんでもいいから早く見せろっ。……って、よりにもよって今度は二択じゃなく三択か!?」
これまではふたつのうちどちらを選ぶか、だったのが今回は三つのうちからどれを選ぶかになっていた。その内容がこれだ。
『次の中から取得するスキルを選択してください。
・【HP常時回復】
・【骨刺:LV1】
・【偽界:LV1】』
ぐっ、これまた悩ましい選択肢を出してきやがって……!
この三択なら確実に外れじゃねえってわかるのが、【HP常時回復】だ。
こいつは【SP常時回復】を選んだために貰いそびれたスキルで、効果もわかっている。要するにリジェネってやつだろ? それがずーっと発揮されるんだ。
これがいわゆる安パイってやつだが、【骨刺】も決して悪くはなさそうだな。
名前からして攻撃用のスキルだってのがわかるし、LV表記があるってことは成長の余地もあるってことだ。詳細不明なのがちょいと怖くはあるが、これも外れではねーだろう。
そんで圧倒的に問題児なのが、【偽界】だな。
これだけ中身がまったくわからねぇ。
攻撃寄りか防御寄りかの判断すらもつかん。
こっちにもLVがついてるんで何かしら育ってくスキルではあるんだろうが……うん、わかるのはマジでそれだけだな。
さーて、どれを選ぼうか。なんて本腰を入れて考えてる暇はねえ。
こうしてる間にあいつらがネズミにやられでもしたら後悔するどころの話じゃねえからな。
深く悩まずに手を伸ばす。
そんで【偽界】を押してやったぜ。
『【偽界:LV1】を取得』
あー、やっちまったな。
一番大外れの確率が高いのを選択しちまったぜ。
だが適当に推したんじゃねえぜ? 俺がこいつを選んだのは、大外れの確率と同じくらい大当たりの可能性もあると踏んだからだ。割合ではたぶん半々ぐれえかな。
他のふたつは良くも悪くもどんな効果か知れている。
俺にはそれが妙に引っかかったんだよな。
こんなん普通はこのどっちかを選びたくなるもんだ。
だって外れスキルなんて、できれば誰だって持ちたくねーもんだろ?
もしかすると強いスキルかもしれねえが、持ってるだけで不都合の起こるスキルかもしれない。
そう思うと一切中身の見えないこいつはまず最初に選ぶ候補から外すことになる……それが常識的な判断だ。
それを誘導されている。
俺はそう感じたわけだ。
だからこそ、あえての逆張り精神で【偽界】を選んだ。実際、そんな感じで前に選んだ【死体採集】は結果的に大当たりのスキルだったからな。あれでドラッゾを仲間にしていなかったら、俺はとっくにくたばってるぜ。
「よし、とにかくこれでいい!」
もうスキルの詳細確認は後だ後! 余計に時間を食っちまった俺は傍のネズミ共を手早く仕留めて、サラたちのほうへ援護に向かった。
◇◇◇
「『クリーン』! 『クリーン』! そーれもう一回『クリーン』! ふうっ。これでもう大丈夫ですよ。実際に体を洗わないと少し気分が悪いかもしれませんが、間違いなく清潔にはなってますから」
「ありがとうございます、サラさん!」
「いいんですいいんです。不潔は乙女の大敵ですからね!」
さっきまでの統率された動きが嘘のように個々で好き放題暴れるネズミたちを一匹残らず倒し、下水道から帰還を果たした。
すると、下にいたときはもはや鼻が麻痺して気にならなかった下水汚れでの汚臭がどうにもキツくてたまらん。
そこでサラが『クリーン』の乱舞をお披露目することになった。
ルーナなんかはもうサラを姉のように慕っているな。ランドを治療した手際にも惚れ惚れとしている感じだったし、そうもなるか。
……しかしランドを救ったのには俺も一枚噛んでるんだが、距離は縮まってねえ。むしろクイーンラットを単身撃破したことでもっと怖がられているような気もするぞ。
「あっ! ゼンタさん、ランドが目を覚ましました!」
と、こっちはルーナとは反対に、俺の戦いっぷりを遠目にも見てすっかり態度が変わったステインだ。
口調が敬語になってる時点でわかりやすいが、どうやら俺に対して尊敬の念を抱いてくれているみてーだな。
……さっきまでと違いすぎて戸惑うっちゃ戸惑うが、まあ何も悪いこたぁねえ、よな?
「う、うぅん……あれ、俺は……? 確か壁の奥から何かに……」
「そうだランド、お前は死ぬところだった。アンダーテイカーの皆さんが助けてくださったんだ。そうでなければお前だけじゃない、俺もルーナも死んでいただろう。クイーンラットはおそらく撤退を許してはくれなかっただろうからな……」
「なんだって……! そうか、俺はクイーンラットにやられたんだな……あそこからどうやって撤退したんだ? 俺を運ぶのは大変だったはずなのに」
「クイーンラットはゼンタさんが倒した。たった一人でな。勿論、ネズミ駆除の依頼も完遂したぞ」
「クイーンラットを、一人で……?」
呆けたような、感動したようなぽかんとした顔でこっちを見るランド。
この様子を見るに意識も記憶もしっかりしてるようだし、本当に無事っぽいな。安心したぜ。
「お前が生きてるのはサラが治療したからだ。あと、その時間をメモリが稼いでくれた。もし助かった礼が言いてえならこいつらに言っとけ」
「………!」
何やら感じ入ったような表情をしたランドは、ステインの手を借りて居住まいを正して。
「……ありがとう、ございます!! アンダーテイカーのお三方!」
まだすんなりとは動かねえはずの体で、なんと土下座のポーズで迫真の礼をしてきた。
こ、こっちにも土下座の文化はあるんだな? それとも偶然この形になったのか? どっちにしろランドなりの誠意ってのが暑苦しいまでに伝わってくるが。
「「ありがとうございました!」」
リーダーのランドに続いて、ステインとルーナも同じように平身低頭で頭を上げてくる。
うん、お前たちの気持ちは受け取った。でもよ……。
「往来でやるべきじゃない」
ああ、ほんとそれな。
メモリの端的なツッコミに、周囲からの奇異の視線を感じながら俺は激しく同意した。




