19話 上野真希
**** 上野 真希 ****
コンサートが始まった。
ファン感謝祭は人気アーティストとピックアップアーティストが入れ替わって歌を披露するので、一人が常にステージにいられるわけではない。真希と稚奈の登場は後半途中からトリ手前までだった。
主にメイとハルカ、真希と稚奈の四人で回すプロクラムになっていた。
医師に注射を打ってもらい、
「よし、いってくるね」
そう言ってステージに飛び出した。これが最後という実感はなかった。
ステージに立てば──やっぱり楽しい──それだけが真希の頭の中を埋めていた。
『虚脱の確率を下げるくらいのものと思ってください。無理は禁物です』
そんな医師の言葉は歓声でかき消される。
はははっ──ごめんね、無理だわ。
歌いながら医師に深謝。
ステージの右と左に分かれて立ち、右側の稚奈のパートになる。
十六の少女はすでに一人前だ。
声は会場の大きさに負けてない。
ライトを浴びればもう一人前のアーティストになっている。
目つきも姿勢も……何より声が違う!
マイクなしでも聞こえるんじゃないかと思うくらい、遠くまで響くようになった。
稚奈がさらにギアを上げた。
たったひとりの新人の声が、武道館の観客すべてを飲みこんだ。
まだまだ雑だけど、あんなに全身使ってさ……。
あんたはステージ映えするよ。
──くやしいけどアタシよりね。
稚奈が指で作った拳銃をこっちに向けて撃った。
パート交代をアドリブのダンスで観客に見せたのだ。
いっちょ前にぃ……。
──ならこっちだって!
大きく息を吸い込んだ。
「みんなー、ありがとう──────っっ!!!!」
こんな目いっぱいの観客と大歓声を浴びて、気持ちをセーブできるわけがない。
「外のことなんか全部忘れよう! ぶっ飛ばしていくよ──っ!」
歌詞無視で、全力で声を張り上げた。横で踊る稚奈と目が合う。
体、大丈夫ですよね? ラストまで頑張りましょう! みたいな視線。ああもう、その配慮が却ってムカつくってわかってないな、お前はぁ!
ムカついたので──笑って見せたのちに──すれ違いざまに思いっきり背中を叩いてやった。小さな背中が、マイクに乗らない小さな悲鳴とともに、跳ね上がった。
ばぁーか、大丈夫に決まってんでしょ。
このステージはアタシと──
「稚奈ぁー、さいごはアンタが歌いなさーい!」
「は、はーいっ!」
──アタシが教えたアンタがいるんだからっ!
フィナーレ前の、真希の最後のトークに入る。
「……さぁて、次が最後の曲になります」
客席からは「「「え~っ」」」というコール。
お決まりでも嬉しいなぁ。
「あんがと。でもその前にね、少し時間ちょうだい」
真希は自らの引退理由を説明した。
会場からは、「やめないでー」「まきちゃーん!」「帰ってくればいいからー!」
ちらほらと聞き覚えのある、昔からのファンの声がする。
その声に目頭が熱くなる。
「あーもう!」
アタシだってやめたくないよ!
キレイに終わらせるのは無理だ。
ちょっとだけ文句と本音を言ってやるんだ。
ぐっとマイクを握る手に力を込めた。
「あのね、今日来てくれて、初めてアタシたちの歌を聞いて、ぶっちゃけアタシのファンになってもいいかなって思った人、いたら手ぇ上げてー。……うん、うん。ありがとねー」
息を吸う。
「ぅおまえらぁ、気づくのおっせーんだよっ!」
地団太を踏んで叫ぶ。
マイクを地面にたたきつけるジェスチャーに、笑いが生まれて会場が湧く。
「あのさあ、もっと早く気づこっ? CD買ってくれてたらアタシはストレスなく、病気にもならなかったと思うの! そんでもって昔っからのファン、アンタらも同罪だーっ! もっと布教しろい。ネットでステマしろい。アタシに搾取されろやいっ! いや笑いを取りに来てんじゃなくてマジで言ってんだからねー。……あ、でもそこ、ガチでごめんなさいって泣くのやめてくれる? うん……そう……笑って年越ししよ? ね?」
「真希先輩、さっきから言ってることむちゃくちゃです」
「うっさい」
「はい、ごめんなさい!」
真希と稚奈のやり取りにまた笑いが生まれる。
「……でもホントはさ、全部アタシのせいなんだよね」
そう語り始めると、観客は笑いを止めて、意識を真希に集中させた。
「アタシ、いつからか大事なこと忘れてた。売れなきゃ売れなきゃって、そればっかり。売れる歌詞、売れるリズム、売れるビジュアル、売れるキャラ……までは性に合わなかったけど、何とか売れなきゃって。でもちょっとやっては結果出ないから諦めての繰り返しでした……。いつの間にか、努力することを諦めて、人のせいにしまくって、そりゃ売れなくて当然だもんね」
真希は、稚奈を見やる。
稚奈は目を潤ませながら首を大きく横に振る。
「あのね、もちろんアタシらには大事なのね、売れるために頑張ることって。でもさ、大事なことを見失うのが一番ダメなの。テクだけじゃない。ここ、すっごく大事なの」
そう言って、握ったこぶしを胸の中央にゴンゴンぶつける。
「アタシは大事なことを真っ先に忘れた。だから新しいファンはできるわけないし、昔っからのファンも友達に薦めづらかったよね。……だから、こんなアタシのせいで残念な気持ちにさせちゃって、本当にごめんなさい」
ぺこっと、だけど深く頭を下げた。
盛り上がった空気は落ち着き、真希のためだけに透き通る。
「この日の準備の間に、アタシは次の夢を見つけました」
マイクに乗る声は遠くまで届く気がした。
会場を突き抜けて、もっと遠くの空の向こうまで突き抜けていくような、そんな可能性を真希は震える肌で感じていた。
「昔は、一番てっぺんまで飛んでいくつもりだったんだけど、アタシの羽は急に動かなくなるから、飛ぶのは中止します」
鼻をすする音があちこちでこだまする。
ありがと。
「でもね……ううん、だからこそ、違う道を走ろうと思えたんだ。アタシの声ではもう歌は出さない。けど、今度はみんなに歌ってもらえる曲を作って、ここにいるみんなから、いつか世界に歌を届けるんだ」
──少し残っていた肺の空気を吐き切る。
──次のセリフのために、思い切り空気を吸い込んだ。
「だからまた! いつかっ! どこかでっ! アタシの名前を見つけたら、そんときはばっちり応援してくださいっ! 不肖、上野真希っ! これからも一生懸命頑張りますっ!」
そう。
単純なことだけど、そうなの。
シンプルな感情を、声にできるかどうかなんだ。
最後の最後に、大事なことを思い出せて良かった。
横にいた稚奈が、涙以外でもぐっしょぐしょの、きったない顔で抱きついてきた。
──まだ早いわ、バカ。
──でもアンタのおかげだ。
あんがと。
マイクを外して言葉に出す。かわいい後輩の頭を撫でてやる。
深く深く埋もれてた気持ち、掘り起こせたよ。
その証拠にほら会場からは爆発にも近い万雷の拍手と歓声だ。
「みんな────っ! アタシは歌が大好き────────────ーっ!」
それを合図にこの日一番の歓声の波がステージに押し寄せる。
その盛り上がりを合図にバンドメンバーたちが演奏を始める。
自然と会場全体からコールが起こる。
「アタシらの最後のお祭り、いくよーっ!」
その波に乗り、上野真希はステージの中央でこぶしを突き上げる。
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