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MAKI  作者: 明石多朗
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19/21

19話  上野真希

    **** 上野 真希 ****


 コンサートが始まった。

 ファン感謝祭は人気アーティストとピックアップアーティストが入れ替わって歌を披露するので、一人が常にステージにいられるわけではない。真希と稚奈の登場は後半途中からトリ手前までだった。

 主にメイとハルカ、真希と稚奈の四人で回すプロクラムになっていた。

 医師に注射を打ってもらい、


「よし、いってくるね」


 そう言ってステージに飛び出した。これが最後という実感はなかった。

 ステージに立てば──やっぱり楽しい──それだけが真希の頭の中を埋めていた。

『虚脱の確率を下げるくらいのものと思ってください。無理は禁物です』

 そんな医師の言葉は歓声でかき消される。


 はははっ──ごめんね、無理だわ。


 歌いながら医師に深謝。

 ステージの右と左に分かれて立ち、右側の稚奈のパートになる。


 十六の少女はすでに一人前だ。

 声は会場の大きさに負けてない。

 ライトを浴びればもう一人前のアーティストになっている。

 目つきも姿勢も……何より声が違う!

 マイクなしでも聞こえるんじゃないかと思うくらい、遠くまで響くようになった。


 稚奈がさらにギアを上げた。

 たったひとりの新人の声が、武道館の観客すべてを飲みこんだ。


 まだまだ雑だけど、あんなに全身使ってさ……。

 あんたはステージ映えするよ。



 ──くやしいけどアタシよりね。



 稚奈が指で作った拳銃をこっちに向けて撃った。

 パート交代をアドリブのダンスで観客に見せたのだ。

 いっちょ前にぃ……。



 ──ならこっちだって!



 大きく息を吸い込んだ。


「みんなー、ありがとう──────っっ!!!!」

 こんな目いっぱいの観客と大歓声を浴びて、気持ちをセーブできるわけがない。

「外のことなんか全部忘れよう! ぶっ飛ばしていくよ──っ!」


 歌詞無視で、全力で声を張り上げた。横で踊る稚奈と目が合う。

 体、大丈夫ですよね? ラストまで頑張りましょう! みたいな視線。ああもう、その配慮が却ってムカつくってわかってないな、お前はぁ!


 ムカついたので──笑って見せたのちに──すれ違いざまに思いっきり背中を叩いてやった。小さな背中が、マイクに乗らない小さな悲鳴とともに、跳ね上がった。


 

 ばぁーか、大丈夫に決まってんでしょ。

 このステージはアタシと──



「稚奈ぁー、さいごはアンタが歌いなさーい!」

「は、はーいっ!」



 ──アタシが教えたアンタがいるんだからっ!


 

 フィナーレ前の、真希の最後のトークに入る。

「……さぁて、次が最後の曲になります」


 客席からは「「「え~っ」」」というコール。

 お決まりでも嬉しいなぁ。


「あんがと。でもその前にね、少し時間ちょうだい」


 真希は自らの引退理由を説明した。

 会場からは、「やめないでー」「まきちゃーん!」「帰ってくればいいからー!」

 ちらほらと聞き覚えのある、昔からのファンの声がする。

 その声に目頭が熱くなる。


「あーもう!」


 アタシだってやめたくないよ!

 キレイに終わらせるのは無理だ。

 ちょっとだけ文句と本音を言ってやるんだ。

 ぐっとマイクを握る手に力を込めた。


「あのね、今日来てくれて、初めてアタシたちの歌を聞いて、ぶっちゃけアタシのファンになってもいいかなって思った人、いたら手ぇ上げてー。……うん、うん。ありがとねー」


 息を吸う。


「ぅおまえらぁ、気づくのおっせーんだよっ!」


 地団太を踏んで叫ぶ。

 マイクを地面にたたきつけるジェスチャーに、笑いが生まれて会場が湧く。


「あのさあ、もっと早く気づこっ? CD買ってくれてたらアタシはストレスなく、病気にもならなかったと思うの! そんでもって昔っからのファン、アンタらも同罪だーっ! もっと布教しろい。ネットでステマしろい。アタシに搾取されろやいっ! いや笑いを取りに来てんじゃなくてマジで言ってんだからねー。……あ、でもそこ、ガチでごめんなさいって泣くのやめてくれる? うん……そう……笑って年越ししよ? ね?」

「真希先輩、さっきから言ってることむちゃくちゃです」

「うっさい」

「はい、ごめんなさい!」


 真希と稚奈のやり取りにまた笑いが生まれる。


「……でもホントはさ、全部アタシのせいなんだよね」


 そう語り始めると、観客は笑いを止めて、意識を真希に集中させた。


「アタシ、いつからか大事なこと忘れてた。売れなきゃ売れなきゃって、そればっかり。売れる歌詞、売れるリズム、売れるビジュアル、売れるキャラ……までは性に合わなかったけど、何とか売れなきゃって。でもちょっとやっては結果出ないから諦めての繰り返しでした……。いつの間にか、努力することを諦めて、人のせいにしまくって、そりゃ売れなくて当然だもんね」


 真希は、稚奈を見やる。

 稚奈は目を潤ませながら首を大きく横に振る。


「あのね、もちろんアタシらには大事なのね、売れるために頑張ることって。でもさ、大事なことを見失うのが一番ダメなの。テクだけじゃない。ここ、すっごく大事なの」


 そう言って、握ったこぶしを胸の中央にゴンゴンぶつける。


「アタシは大事なことを真っ先に忘れた。だから新しいファンはできるわけないし、昔っからのファンも友達に薦めづらかったよね。……だから、こんなアタシのせいで残念な気持ちにさせちゃって、本当にごめんなさい」


 ぺこっと、だけど深く頭を下げた。

 盛り上がった空気は落ち着き、真希のためだけに透き通る。


「この日の準備の間に、アタシは次の夢を見つけました」


 マイクに乗る声は遠くまで届く気がした。

 会場を突き抜けて、もっと遠くの空の向こうまで突き抜けていくような、そんな可能性を真希は震える肌で感じていた。


「昔は、一番てっぺんまで飛んでいくつもりだったんだけど、アタシの羽は急に動かなくなるから、飛ぶのは中止します」


 鼻をすする音があちこちでこだまする。

 ありがと。


「でもね……ううん、だからこそ、違う道を走ろうと思えたんだ。アタシの声ではもう歌は出さない。けど、今度はみんなに歌ってもらえる曲を作って、ここにいるみんなから、いつか世界に歌を届けるんだ」


 ──少し残っていた肺の空気を吐き切る。

 ──次のセリフのために、思い切り空気を吸い込んだ。


「だからまた! いつかっ! どこかでっ! アタシの名前を見つけたら、そんときはばっちり応援してくださいっ! 不肖、上野真希っ! これからも一生懸命頑張りますっ!」


 そう。

 単純なことだけど、そうなの。

 シンプルな感情を、声にできるかどうかなんだ。

 最後の最後に、大事なことを思い出せて良かった。

 横にいた稚奈が、涙以外でもぐっしょぐしょの、きったない顔で抱きついてきた。



 ──まだ早いわ、バカ。

 ──でもアンタのおかげだ。



 あんがと。

 マイクを外して言葉に出す。かわいい後輩の頭を撫でてやる。

 深く深く埋もれてた気持ち、掘り起こせたよ。

 その証拠にほら会場からは爆発にも近い万雷の拍手と歓声だ。



「みんな────っ! アタシは歌が大好き────────────ーっ!」

 


 それを合図にこの日一番の歓声の波がステージに押し寄せる。

 その盛り上がりを合図にバンドメンバーたちが演奏を始める。

 自然と会場全体からコールが起こる。


「アタシらの最後のお祭り、いくよーっ!」


 その波に乗り、上野真希はステージの中央でこぶしを突き上げる。


本作は毎日12時、18時、21時に定期アップしていきます。

こちらでも校正しながら投稿しておりますが、よろしければ誤字等あればご報告いただけると嬉しいです。


また評価もいただけると次作等への励みになりますので、

どうぞよろしくお願いいたします。


本日 21時のアップで完結いたします。

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