第4章 — 顔たちの道
銀河の果てへと向かう小さな船。レオンとリーの二人を乗せたその旅路は、単なる避難ではなかった。
目的地で彼らを待ち受けていたのは、正体不明の恐怖と、レオンの深淵に潜む「古きもの」の影。
道行くすべての者の顔が、怪物へと歪み始める。「顔の道」と呼ばれる場所で、彼らは真実の恐怖と対峙する。
小さな宇宙船は遠く離れた星々の間を独り進み、五千人ものエージェントが生活し訓練を積んでいた巨大な組織を後にしていた。
久しぶりに……
レオンとリーは二人きりだった。
機内の沈黙は、ほぼ絶対的だった。
ただ、エンジンの変わらぬ音が響くだけだ。
フゥゥゥゥゥ……
レオンは窓から宇宙を眺めて座っていた。
疲れた瞳。
重い思考。
数分後、彼はため息をついた。
「あとどれくらい?」
リーは操縦を続けながら答える。
「丸一日近くかかる」
レオンは目を見開いた。
「一日!?」
リーは笑った。
「何を期待してたんだ? すぐ着くと思ってたのか?」
「マジかよ……」
レオンは椅子に沈み込んだ。
「少しリラックスするよ」
彼はヘッドフォンを着けた。
穏やかな音楽が流れ始める。
リーは横目で彼を見た。
「寝るなよ」
「分かってるって」
五分後……
レオンはすでに眠っていた。
リーは目を閉じた。
「結局寝やがった」
その時だった。
チカッ。
明かりが点滅した。
リーは上を見上げた。
チカッ。
もう一度。
チカッ……チカッ……チカッ……
すべての明かりが点滅し始める。
オートパイロットが警告音を鳴らした。
ピィィィィィィ!
リーは立ち上がった。
「まさか……」
モニターが消えた。
一つずつ。
ドン。
ドン。
ドン。
船内は闇に包まれた。
メインエンジンが停止する。
船全体が激しく揺れた。
ドォォォォォォン!!
凄まじい急制動で、リーは前方に投げ出された。
コンソールに体を打ち付ける。
「くそっ!」
緊急システムが起動する。
回転する赤い警告灯。
ウゥゥゥゥゥゥゥン……
ウゥゥゥゥゥゥゥン……
その音が廊下に響き渡る。
そして、別の音が聞こえた。
存在するはずのない音。
足音だ。
コツッ。
コツッ。
コツッ。
ゆっくりと。
重々しく。
背後の廊下から近づいてくる。
リーは血の気が引くのを感じた。
この船に乗っているのは二人だけ。
彼とレオンだ。
足音は続く。
コツッ。
コツッ。
コツッ。
リーはゆっくりと振り返った。
誰もいない。
だが、窓の反射に影が通り過ぎた。
素早く。
高く。
巨大な影。
リーは拳を握りしめた。
「分かっていたさ……」
彼はレオンのもとへ駆け寄った。
少年は眠り続けている。
重い呼吸。
首筋に浮かび上がる黒い筋。
リーは彼の肩を掴んだ。
「レオン!」
反応がない。
「レオン!」
反応がない。
その時、少年が目を開いた。
しかし、それはレオンの瞳ではなかった。
黄色く。
深く。
捕食者のような。
古き存在の目だった。
笑みが浮かぶ。
ゆっくりと。
不気味に。
レオンはリーのシャツの襟を掴んだ。
異常なまでの怪力で。
そして言った。
「お前たちは全員、死ぬことになる」
世界が凍りついたようだった。
リーは身動きが取れない。
ほんの一瞬。
その声はレオンのものではなかった。
低く。
幾重もの声が重なり合って響くような声だった。
すると……
瞳が元に戻った。
レオンがまばたきをする。
戸惑いながら。
「……リー?」
彼は襟から手を離した。
「何が起きたんだ?」
リーは荒い息をついていた。
「覚えてないのか?」
「何をだよ?」
「……いや、何でもない」
レオンは眉をひそめた。
「変だよ、お前」
リーは正常に戻りつつあるシステムを確認する。
明かりが安定し、エンジンが再始動する。
すべてが元の通りだ。
まるで何も起きなかったかのように。
「悪夢を見ていたんだ」
「それだけか?」
「それだけさ」
レオンは頭をかいた。
「変な感じだな……」
「起きていろ」
「分かったよ」
だが、リーは分かっていた。
事態は悪化している。
それも、最悪の方向に。
数時間後。
彼らは目的地に到着した。
小さな惑星。
山々に覆われ。
霧に包まれた場所。
高度な技術はなく。
大都市もない。
山間に点在する小さな集落があるだけだ。
船が着陸する。
外に出た瞬間、レオンは奇妙な感覚を覚えた。
空気。
静寂。
すべてが間違っているように感じた。
まるで惑星全体が彼らを観察しているかのように。
巫女は小さな石造りの家に住んでいた。
古く。
蔦に覆われた建物だ。
リーがドアを叩く。
コツ。コツ。コツ。
年老いた女性が開けた。
真っ白な髪。
青く輝く瞳。
彼女はリーを見つめた。
そしてレオンを見て。
凍りついた。
顔から血の気が失せる。
目が見開かれる。
心からの恐怖が浮かび上がった。
彼女は一歩後ずさった。
「……いけない」
レオンは不思議に思った。
「どうしたんですか?」
女性は見つめ続けている。
まるでレオンの背後に何かを見ているかのように。
目に見えない。
恐ろしい何かを。
彼女は目を閉じ。
深く息を吸った。
そして言った。
「彼を『山の家』へ連れて行きなさい」
リーは眉をひそめた。
「なんだって?」
「今すぐです」
「なぜです?」
女性は再びレオンを見つめた。
「彼が私の近くにいれば……私は死ぬかもしれないからです」
静寂が訪れる。
レオンは居心地が悪くなった。
「おばあさん……」
「行け!」
リーは腕を組んだ。
「あんたはこの惑星で最も霊的に強力な人物だろう」
彼女は迷わず答えた。
「だからこそ、あなたたちを追い出そうとしているのですよ」
レオンとリーは視線を交わした。
女性は続けた。
「戻ってくるのは後でいい。何が起きているのか突き止めてみせます」
「何が起きているか分かるのか?」
「いいえ」
彼女は答えた。
「だからこそ、恐ろしいのです」
村を出て歩きながら、リーが聞いた。
「なぜ組織に来ないんだ?」
彼女は笑った。
「自由が好きだからですよ」
「保護されるはずだ」
「保護?」
彼女は山々を指差した。
「もう十分あるわ」
リーが見ると、距離を置いて武装した影たちがこちらを観察していた。
盗賊。
傭兵。
犯罪者。
危険な男たちだ。
巫女は微笑んだ。
「彼らが守ってくれているのです」
「どうやって?」
「霊的な助言をしてやっているのよ。彼らは私を放っておいてくれる」
少しして。
リーとレオンは山を登り始めた。
太陽は沈みかけていた。
霧が濃くなる。
道は狭く。
岩だらけで。
静かだった。
最初の集団に出会うまで。
五人の武装した男たち。
道端に立ち。
観察している。
誰も何も言わない。
ただ見つめているだけだ。
レオンは何事もなかったかのように通り過ぎた。
だが、何かが彼の注意を引いた。
ほんの一瞬……
男の一人の顔が変わった。
カイロスの顔になったのだ。
黄色い瞳。
怪物のような笑み。
次の瞬間、元に戻った。
レオンはまばたきをした。
「変だ……」
「どうした?」
「いや、何でもない」
歩き続けた。
さらに先で。
もう一人。
縁側に座った女が。
こちらを見ている。
レオンが目を向けた。
再び。
一瞬の隙に。
顔がカイロスのものになった。
そして元に戻る。
レオンは立ち止まった。
心臓が激しく脈打つ。
「リー……」
「ん?」
「見たか?」
「何をだ?」
「……いや」
疲れているのかもしれない。
だが、それは続いた。
出会う全員。
すべての顔。
すべての影。
一瞬だけ。
カイロスになる。
子供も。
老人も。
商人たちも。
みんな。
笑いながら。
観察し。
待ち構えている。
家の近くに着いたときには……
夜は完全に帳を下ろしていた。
建物は質素だった。
古い木造。
たった一つの縁側。
たった一つの窓。
たった一つのドア。
風が強く吹く。
ウゥゥゥゥゥゥゥゥン……
リーがドアノブに手をかけた。
だが開ける前に……
レオンは何かを聞いた。
耳元で囁くような声を。
「目覚めようとしている……」
彼は振り返った。
誰もいない。
心臓が飛び跳ねる。
リーがドアを開けた。
ギィィィ……
その音が山々に響き渡った。
ゆっくりと。
不快な音だ。
まるで家そのものが生きているかのように。
内部は暗く。
空っぽで。
静かだった。
だがレオンは直感した。
何かがいる。
見つめ。
待ち構えている。
部屋の奥に。
ほんの一瞬だけ。
二つの黄色い瞳が現れた。
闇の中で輝き。
そして消えた。
レオンは凍りついた。
知る由もなかった……
これがほんの初夜に過ぎないことを。
そして、真の恐怖はまだ始まってさえいないことを。
第4章 終わり。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
レオンとリーが辿り着いたのは、霧に包まれた静寂の山々。しかし、そこは平穏な場所ではありませんでした。道行く人々の顔が怪物に変貌する幻影。そして、彼らを待ち受ける家の中に潜む「何か」。
レオンの内に眠るカイロスの存在が、ついに牙を剥こうとしています。
次回も、この恐怖の続きをお楽しみください!




