4.夕焼け
今回も少し短めです?
「何処から、何処まで……知っているの?」
ラゼリードの声は勇気を絞り出す様に小さく、掠れていた。
ハルモニアはラゼリードの頬の涙を右手の親指でスッと拭って話し出す。
「断片的にだが、戴冠式を見に行き、そこで過去に紛れ込んでしまいお前が産まれた日から、立太子式まで……ああ、俺が強化合宿している間にルクラァンにお前が来てエカミナに教えを受けていたのも見た。最後に見たのは戴冠式が終わった後、俺の父と会談している所だ。そこでやっと術は解けた」
「術って?」
のろのろと顔を上げるラゼリードに、ハルモニアは言うべきかどうか一瞬迷い、そして真実を口にすると決めた。
「俺の家庭教師の術だ。詳しい事は分からないが、時を遡る事が出来る他、手を繋いでいたら夢を介して他人を過去に引き込む事が出来る。俺が掛けてもらった術は後者だ」
「時……もしかして『時編む姫』という方?」
ラゼリードは首を傾けて訊いてくる。
「そうだ。よく覚えていたな」
「貴方とした冒険を忘れたりしないわ。片時も」
「え?」
告白めいた彼女の言葉にハルモニアが心臓の鼓動を早める。だが、ラゼリードは気にせずに続きを促す。
「見たものを全て教えて。それが済むまではルクラァンに帰さなくてよ」
「長い話になるぞ」
「構わないわ」
長い昔話がそうして始まった。
金の髪に青い瞳の若き日のセオドラが産まれた娘の為に詩を作ろうとした話から、ラゼリードが一年遅く成人した19歳まで。
ラゼリードの母・アーキアが没した夜。
クリスチユの父母セファーレンとジザベルが馬車ごと谷底に落ちた昼。
フィローリが元素に還った朝。
喪服の列を花嫁衣裳で先導した昼。
ラゼリードが泣き疲れて眠る夜。
ヨルデンとシャロアンスが心配そうに看病を続けた昼。
漸くラゼリードが目覚めた朝。
話を聞くラゼリードの涙は尽きる事無く流れて、いつしか彼女はハルモニアの腕の中に収まっていた。
本当に長い話だった。
だが、ハルモニアは全て語った訳ではなかった。伏せた話もある。
そう、ラゼリードの正体だ。
お前は『朧』の『遺伝子』を継いでいる、延時曰く『朧の娘』だとはハルモニアには到底言い出せなかった。
もぞ、とラゼリードがハルモニアの胸の中で顔を上げる。
「それで、わたくしの父が崩御した辺りは見ていないのね?」
「? ああ」
「良かった……」
ホッと息を吐くラゼリードにハルモニアは訝しげに問う。
「え? 何がだ?」
「いえ、なんでもないの。それより、ポッチリと名付けた猫を追ってわたくしが崖から落ちかけた時、助けてくれたのは貴方だったのね」
「ああ、俺だ」
ハルモニアはくすぐったい様な気持ちでラゼリードの髪を撫でた。
「なのに、わたくしったらフィローリだと思い込んで、ばかみたい。ずっと貴方と一緒に居たのに」
「えっ!?」
ハルモニアは驚いてラゼリードを腕から解放す。
「見えていたのよ。最初は少年の形をした火の塊だったけど、次第に顔も分かるようになっていった。それが貴方だと気付いたのは何故か戴冠式の後なのだけど」
時の旅の後だからそうなるのか、とハルモニアは納得がいった。
「ずっと守ってくれていてありがとう、モニ」
ラゼリードの言葉に、ハルモニアは思わずゆっくりと跪いていた。
彼女の右手を取り、口付けてから顔を上げる。
「な、なに?」
ラゼリードはドキドキと胸が高鳴るのを気取られないように必死で声を絞った。
「今は一度しか言わないぞ」
ハルモニアは窓から差し込む夕日のように真っ赤な瞳をきらきらと光らせて彼女を見上げて告げた。
「……ラゼリード・エル・グランデル・カテュリア女王陛下。ずっとお慕い申し上げておりました。私、ハルモニア・ラ・ルクラァンの妻になっていただけますか」
スッと反対側のラゼリードの指が伸びてきて、ハルモニアの唇を封じた。
「初めての夫をあんな形で亡くしたわたくしには結婚とは辛いもの。貴方の気持ちはありがたいけれど、頷く事は出来ません。しかも貴方はこれから玉座を争う身。簡単に結婚など考えてはいけません。今は……ごめんなさい」
ラゼリードの指をそっと離し、ハルモニアは立ち上がる。
もう小さなハルモニアではない。とっくに背の高いラゼリードの身長を更に追い抜いているのだ。ラゼリードの視線がハルモニアの顔を追って上に向く。
「傷が浅くないのは解っている。今それどころじゃないのも解っている。今じゃなければ、心の傷が癒えたなら、俺を選んでくれるか、ラゼリード」
「解らないわ、わたくしにも解らないの」
被りを振るラゼリードの頬をハルモニアが捕らえる。
そのまま彼はラゼリードに触れるだけの口付けを落とした。
「この口付けが嫌でなければ、脈があると考えていいな?」
余裕綽々のハルモニアに負けて、かぁっとラゼリードの顔が真っ赤になる。
でも、いつもなら頬をひっぱたいてやるのに何故か出来ない。
彼の覚悟の重さを知ったからだろうか。
日の傾き始めた図書室で、ラゼリードは強請る様にハルモニアに自分から口付けた。
そこへ、無粋な声が掛かる。
「司書から陛下が本棚を荒らしておいて片付けもせず男性と話し込んでいると聞いて飛んで来たら、隠れて逢い引きですか。早く『片付いて頂きたい』ものですな」
「口が過ぎてよ、アルミュート」
ラゼリードは先程までの甘さ弱さを消し去って凛とした表情で宰相・アルミュートへ向き直った。
この男、先の宰相ホーレン卿とは違い、毒舌で有名である。
女王である彼女と折り合いの悪いカテュリア議会が選出した宰相だが、ラゼリードは彼をホーレン卿よりも更に毛嫌いしていた。
「わたくしが『片付く』かどうかはわたくしが決めます。お前はルクラァンの王太子殿下の前で出過ぎた罰として『本を片付けて』おきなさい」
アルミュートがチッと舌打ちをしたが、それを無視してラゼリードとハルモニアは図書室を後にした。
「いつか『片付けて』やる。毒菫め」
苦々しく吐き捨てたアルミュートは司書に怒鳴る。
「何をしておる! さっさと本を片付けろ!!」
『毒菫を片付ける』は輿入れの話などではなさそうな雰囲気に、隠れていた司書がひっ、と息を飲んだ。
◆◆◆
ラゼリードとハルモニアはフィローリの部屋を見に行き、誰も居ないのを確認してからフィローリの形式上の墓へと赴いた。
夕焼けが照らす薔薇のアーチを潜り抜け、針葉樹が囲む風の広場へたどり着くとシャロアンスの他に意外な人物が居た。
「アレクサンドライト?」
「若様、女王様。お久しぶりです」
シャロアンスが肩を竦める。
「フィローリの部屋に『翠の書』は無かったよ。なら此処かなって。姫様、アレクサンドライトを連れて来た。彼に棺の中を探してもらっても?」
「シャロアンス! いくら本人が埋葬されてないからって墓を暴こうと言うの!?」
ラゼリードが激昂した時、アレクサンドライトが片手で制した。灰色の目を真っ直ぐにラゼリードに向ける。
「女王様、俺なら掘り起こさなくても中を確かめられますで。いいもんが手に入る予感しかしねえ。凄まじい風の魔力が俺を阻もうとしてるんで」
「そう……なの? 分かるの?」
ラゼリードの戸惑いに、アレクサンドライトは頷いた。
「アレクサンドライト、フィローリの墓に傷一つ付けずに『翠の書』だけを取り出す事が出来るんだな?」
ハルモニアが念を押す。
「棺の蓋にも傷一つ付けやぁしやせん」
こくっと頷くアレクサンドライトは夕日に照らされてぴかぴかの銅像のように見える。
「……解ったわ。アレクサンドライト、お願い」
ラゼリードはアレクサンドライトに願いを託すと他の2人と共に1歩下がった。
アレクサンドライトは石碑の前にしゃがむと石属性の魔法を右腕に付与し始める。
程なくして淡く赤と緑に光る右腕が完成した。そのまま彼は地面に腕を突き刺す。
まるで水に浸かるように、アレクサンドライトの右腕が地面を損なうことなく吸い込まれた。ラゼリード達はそれを驚きと感嘆混じりで見守る。
「ぐっ。うぅ」
アレクサンドライトが呻いた。と、同時に素早く腕を引き抜くと、ポーンとみどりの表紙の一冊の書物が投げ出された。
「これが……?」
それこそが『翠の書』だった。
「女王様、アンタすげえな。俺の手がもげる勢いの守護魔法が掛けてあったぜ」
アレクサンドライトは振り向き、右腕の痛みを堪えながら笑ってみせた。
「ご、ごめんなさい。わたくし、守護魔法を重ねがけしていた事をすっかり忘れていたわ。あの頃の記憶は辛くて忘れようとしていたのかもしれない……。解除してから頼めばよかったわ。アレクサンドライト、怪我は無い?」
ラゼリードが泡を食って言い訳するが、誰一人責める者は居なかった。
「アレクサンドライト、俺が診るよ」
シャロアンスがアレクサンドライトの腕に治癒魔法を掛け始める。
「治療費の代わりに情報でかまいやせんか?」
「? 何の情報だよ?」
シャロアンスならずとも全員頭にハテナを浮かべた。
「若様と女王様の恋路でさぁ」
「アレク! それはバラすな!」
ハルモニアが真っ赤になって詰め寄る。
「その情報はイラネー。見たらわかるもん」
シャロアンスが眼鏡の下の青い瞳を半目にした。
「え?」
「まさか」
「付いてますよ、口紅」
需要あります?この小説……。
私としてはさっさと終わらせて第四章を書きたいんですが、この小説からして読まれなかったらと……不安で……。
応援よろしくお願いいたします。