3.凪
今回は話の都合上、短くなっております。
ルクラァンの病室にて、彼らは額を突き合わせて話し合う。
「翠の書の在り処ね。でもクリスチユ、貴方はいつ何処でそれを読んだの?」
ラゼリードが当然の反応を示す。
「フィローリの部屋だよ。彼が存命中で私が幼かった頃だ。ラゼリードにはまだ『チユにいさま』と呼ばれていた頃かな」
クリスチユは唇だけで微笑んだ。
「やめて、恥ずかしい」
ラゼリードは赤くなって顔を覆い、シャロアンスは身を乗り出した。
「待ってください、殿下。それは40年以上前では?」
シャロアンスが言うと、ハルモニアが後の句を継いだ。
「クリスチユ殿、良ければフィローリとその本を読んだ時の事をもっと詳しくお願いしても?」
「長い思い出話になってもかまいませぬか?」
クリスチユはコホ、と小さく咳払いをした。
「ああ、話して欲しい。俺の知らないフィローリの事を」
ハルモニアが頷くと、クリスチユは語り出す。
まだ父も母も健在だった平和な時代を。
◆◆◆
「フィローリ」
ひょこ、と顔を覗かせた小さなクリスチユに、フィローリは床下収納の中の大量の色紙を整理しながら微笑んでみせた。
「なにをしているの」
「虫干しついでに懐かしんでいるんだよ、ほら。これは君の」
「ぼくの?」
クリスチユは手渡された色紙を見て、目を丸くした。
その色紙にはインクで捺したと思われる小さな手形と足形があった。
何かその下に小さな文字もあった。
クリスチユはポケットから片眼鏡を出して右目に装着する。
「『クリスチユ・エリスディア・カテュリア。3102g。右目の視力が弱いが、知恵と記憶力のある子に育つだろう』生まれた時の記録と……占いですか?」
色紙の通り賢いクリスチユは一発で言い当てる。フィローリは笑顔を見せた。
「そう。ラゼリードもルシスもファリアのものもあるよ。だけどもラゼリードのものには占いは書かれていない」
幼いクリスチユは目を瞬いた。
「書かれていないとは?」
「占いきれないほどの運命を背負っているそうだ」
考え込み、少しばかり憂いを帯びたフィローリのその表情はクリスチユの目には『心配している』と映ったのだろう。
真っ直ぐフィローリの目を見て言ってのけた。
「心配しないでください。ラゼリードはああ見えて強い子です。占いなど無くともきっと良い道を辿るでしょう」
◆◆◆
「クリスチユ、そこ省いていいわよ」
ラゼリードが髪の毛を弄びながら止めた。
「なんで?」
「貴方の事だから妹のルシスとファリアだけに留まらず、歴代の王族の色紙を全て紹介する気だったんでしょ?」
「バレたか」
老紳士となっても茶目っ気たっぷりに笑うクリスチユにハルモニアとシャロアンスはかつての小さなクリスチユの面影を見た。
勿論ハルモニアは口には出さない。
「わたくしが生まれた時からの付き合いだもの、バレるわよ。色紙の話は省いて、翠の書について教えて、クリスチユ」
「分かった。聞きたくなったら聞いてね」
隙あらば知識を披露する事を惜しまないクリスチユであった。
◆◆◆
クリスチユは見せてもらった色紙に満足すると、フィローリの机に興味を示した。
そこには、インクを乾かしている最中の書き物帳が見えたのだ。
「フィローリ。これを読んでもいいですか?」
「いいよ。流石に難しいかも知れないから、解らない所は訊いて」
クリスチユはどうせなら最初から読もうと、表紙を見た。
表紙は翠色の紙で出来ていて、背表紙には何も書かれていない。
表紙の右側にただ一行、『翠の書』とだけ記されていた。
◆◆◆
ラゼリードは慌てて口を挟んだ。
「クリスチユ、それってその後もフィローリの部屋にあったの?」
「そうだよ。彼の方が亡くなられた後から行方知れずだけど。ひょっとしたらイヴァナンの王立図書室にあるかも知れない。僕は一度読んだ本には興味が働かないから、見つけられないと思う。そうでなくてもこの病状でカテュリアに帰るのは無理だ」
そこまで一息に言うと、クリスチユはコホコホと咳をした。
「質問責めにして悪かったわね。ゆっくり休んで、クリスチユ」
シャロアンスがクリスチユの背中にあてがったクッションを取り除き、彼を寝台に横たえると、言った。
「カテュリアの王立図書室、行きますかね」
「ええ、そうね」
「翠の背表紙の本って何冊あるか解るか?」
ハルモニアがクリスチユに訊ねた。
「山ほど」
聞くんじゃなかった、と。
誰もが思った。
◆◆◆
ラゼリード、ハルモニア、シャロアンスの一行はラゼリードの『風の道』でカテュリア王城イヴァナンに着いた。
ところが男性二人の顔色が悪い。
「風の道、久々だけどこえぇ……」
「……………」
前者はシャロアンスで、後者のハルモニアは口もきけないほど怯えている。
「怖くないの? 姫様」
シャロアンスがラゼリードに訊くと
「属性それぞれなんじゃないかしら。わたくしも『火の道』は最初は怖かったわよ」
と『今は怖くもなんともない』と言いたげなタフな返事が返ってきた。
思わずハルモニアが「すまん」と謝る。
ラゼリードはニヤリと笑って済ませた。
「あ、俺。フィローリの墓と部屋に寄ってから行きます」
と、シャロアンスが言えば、ラゼリードが「今日はどちらも禁足地にするわね」と答えた。
そこで二人と一人に分かれ、翠の書探索に掛かるのだった。
◆◆◆
「無いわね……」
「無いな……」
ラゼリードとハルモニアは1列目の本棚から順番に緑色の背表紙の本を片っ端から引き出して床に置き、それぞれ確認することにしたが、翠の書と思しき書物は見付からなかった。
最初こそ「シャロアンスはまだか」やら「このシリーズは背表紙に表記があるから省いてもいいかしら?」などの言葉のやり取りもあったが、一刻(二時間)経つ頃には二人とも疲労で口数が減っていった。
やがて最後の本棚をひっくり返す頃には疲れきっていたハルモニアは、口を滑らせた。
「風の神殿にある可能性は無いのか? あそこにはフィローリの直筆の本があっただろう?」
「え?」
ラゼリードが元から大きな瞳を見開く。
そして、振り向くとキッとハルモニアを睨みつけた。
「どうしてその事を知っているのかしら? それを知っているのはわたくしとヨルデンだけの筈。返答によっては容赦致しません。今一度問いましょう。貴方はルクラァンの間諜かしら?」
その目と言葉の鋭さに、ハルモニアはしまった!と後悔したが後には引けない。
ハルモニアは跪き、ラゼリードの手を取った。
「俺は30年前、ある術でラゼリードの過去に迷い込んだ事がある。お前の大まかな生い立ちと、お前がフィローリとどれほど深い愛を育んだかも知っている」
ラゼリードの紫と赤の瞳に涙の膜が張り、やがて零れた。
次回、怒涛の質問攻め!!




