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老夫婦

「どうかしたか?」


 疑問が顔に出たのだろうか。グレイがマナリナの顔を見て訝しげな表情を浮かべた。


「い、いえ」


 何と言ってよいのか分からず、マナリナは狼狽しながら取り繕うような笑顔を浮かべた。


「いつも何をしているのかなって。いえ、別に詮索しているわけでもないんですが」


 マナリナは慌てて最後にそう言葉をつけ加えた。グレイは一瞬だけ押し黙った後で口を開いた。


「探し物だ」


 グレイは短くそれだけを言う。


 探し物。

 一体、何のことなのだろうか。それだけでは流石に意味が分からない。しかし、グレイはそれ以上、何かを言うつもりはないようだった。


「娘を頼む」


 グレイはそう言い残して宿屋から出て行った。残されたマナリナは部屋の隅で座っているミアに視線を向けた。


 ミアは出かけて行く父親を見送るわけでもなく、いつものように座って視線を本に落としていた。


「ミアちゃん、お父さんのことは見送らなくてもよかったの?」


 マナリナが声をかけると、本から顔を上げてミアはマナリナに明るい空色の瞳を向けた。その顔には、いつものように表情という物が一切ない。


 まるで人形が動いているようだとマナリナは思う。


(とと)様にここで待つように言われたので」


 それがミアの返答だった。確かにそうなのかもしれないが、どこか返答がずれている気がする。


「ねえ、ミアちゃん。ミアちゃんは寂しくないの? お父さんがいなくて」


 ミアは見た目と同じで八歳になると聞いていた。八歳であれば、このような所で父親を一人で待つとなれば、寂しがるものではないのだろうか。


「寂しいですか……」


 ミアは意味が分からないといった感じで小首を傾げた。そして、言葉を続ける。


「大丈夫です。父様は夕方には帰ってきますから」


 そういうことではないとマナリナは思う。やはり会話が上手く噛み合っていない気がする。


 いつも無表情だし、この子は少し頭が弱いのだろうか。

 加えて彼女の無表情な顔で見つめられると、どうにも居心地の悪さも感じる。そう。まるで、全てを見透かされているかのような。


 マナリナは少しだけ溜息を吐き出すと、会話を打ち切ることにした。


 その時だった。宿屋の扉が開かれた。姿を見せたのは宿屋を経営している老夫婦だった。そう言えば今日は週に一度、老夫婦が宿屋の様子を見に姿を見せる日だったことをマナリナは思い出す。


「マナリナ、変わりはないかい?」


 老夫婦の婦人がにこにこと笑顔をマナリナに向ける。


「はい。ロゼスさん、エマさんも変わりはないですか?」


 マナリナも笑顔を返した。


「仕入れたものにも不足はないかな?」


 その言葉にもマナリナは笑顔で頷く。宿屋で消費するものは基本的にこの老夫婦から発注された業者が届けてくれるのだ。


 昨夜も食材や消耗品が届けられていて、それらに不足がないかは今日の朝に確認済みだった。こうして必要な物は届けられるので、マナリナが何かの用事で外に出る必要もない。


 カイトとの一件があったばかりなので、こうして外に出る必要がないことはマナリナにとってありがたかった。


「そうかい、そうかい。必要な物があればすぐに言うんだぞ。たまにだったら宿屋ではなくて、マナリナが使う物でもいいのだからね」


 ロゼスは変わらず、にこにことしながら二度、三度と頷く。そんなロゼスの顔を見ながらマナリナはふと思う。どうしてこの老夫婦が自分のことをここまで気にかけてくれるのだろうかと。


 聞き齧った話では隣街に娘夫婦が住んでいるとのことだった。娘のようだと言われたこともあるし、もしかするとマナリナに娘の姿を重ね合わせているのかもしれない。


 いずれにしてもマナリナの平穏は妙に人がよいこの老夫婦がいなければ、成立しないことがマナリナにも十分に分かっていた。

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