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渇望

 結局、明らかな気後れをみせたのはカイトの方だった。自分よりも遥かに大きい父親の体躯。それに加えて彼が持つ雰囲気に、不味いと思わせる何かをカイトは感じたようだった。


 その巨大な体躯とそこに纏っている雰囲気。やはり父親は荒事に慣れている傭兵崩れにしか見えないとマナリナも改めて思う。


「ふん、マナリナ、また顔を出すぜ」


 カイトは負け惜しみとも取れるような捨て台詞を残して踵を返した。マナリナたちも無言でその背を見送る。揉め事が始まる雰囲気を感じて集まりつつあった人々も、行き場がなくなった熱気だけをそこに残して次々と散り始めた。


 カイトの姿が見えなくなってから、娘のミアが口を開いた。


(とと)様、あれが怒りというものですか? あの人は怒っていたのですね」


 娘のミアが妙なことを父親に訊いている。何故カイトが父親に絡んできたのかが分からないということなのだろうか。


「さあな、行くぞ」


 父親はミアの疑問には取り合わす、彼女の手を引いて歩き始めた。ミアもそれに文句を言うこともなく歩き始める。


 どうやら結果として、自分はあの父親に助けられたようだった。マナリナも慌てて親子の後を追った。


「あ、あの、助けてくれてありがとうございました」


 マナリナは背後から声をかけて、振り返った父親に灰色の頭を下げた。


「いや、礼はいらない。別に助けたつもりもないしな」


 振り返った父親はマナリナに茶色の瞳を向けて、そんな取りつく島もないような言葉を返した。


「あの男が勝手に絡んできて、勝手にどこかに行っただけだ」


 それはその通りなのだけれどもとマナリナも思う。


「でも、ありがとうございました」


 マナリナはもう一度、灰色の頭を下げると言葉を続けた。


「そう言えば、お客さんの名前をまだ聞いていなかったですね」

「グレイだ。今のことは気にするな。さっきも言ったが、俺が何かしたわけじゃない。そもそも、助けるつもりもなかった」


 素っ気なく言い放つと、グレイは娘の手を引いて再び歩き出した。マナリナも慌ててその後を追って歩き出したのだった。





 カイトと再開してから一週間が過ぎようとしていた。マナリナ自身はあの時以来、カイトとの遭遇を恐れてこの宿屋から出ることもなく日々を過ごしていた。


 流石にカイトもこの宿屋まで押しかけるつもりはないらしい。なので、マナリナにはそれまでと同じ平穏な日々が続いていた。


 カイト。

 昔の男だと言えば、まだ聞こえがいいかもしれない。だけれども実際は、いいように利用されていただけなのだ。


 そう。あの薬に縛られて。

 薬。そう考えた瞬間、それだけでマナリナの喉がごくりと鳴った。


 この自分自身の反応だけで分かる。まだ体はあの薬を覚えているのだ。体の全てがあれをまだ求め、渇望しているようだった。


 あの時から二年の月日が流れているはずだった。だが、二年ぐらいではこの渇望から逃れることができないのだろうか。そう考えるとどこまでも気分が沈んでいく気がする。


 そんなマナリナの思考を打ち破ったのはグレイとミアの親子だった。


「悪いが今日も一人で出かけたい。娘の面倒を頼む」


 いつものように、昼食代と迷惑代であろう数枚の銅貨をグレイはマナリナに差し出した。マナリナもいつもの如く拒否する理由もないのでそれを素直に受け取る。


 面倒も何も、簡単な昼食を準備して昼時に出すだけなのだ。それ以外の時間、ミアは常に分厚い本を読んでいるので手間がかかるようなことはない。


 それにしてもグレイは娘のミアを宿屋に置いて、何をしに行っているのだろうかとマナリナは思う。別に仕事を探している感じにも見えなかった。


 そう考えると、そもそも街外れにある小さな宿屋に長く逗留して何をしているのだろうか。そのような疑問が次々とマナリナの中で湧き上がってくる。

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