表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/23

13・園芸室[プラントルーム]

 


 チャイムが鳴った。

 にもかかわらず、俺たちはひたすら教室と逆方向に歩いている。

 抜き足、差し足、忍び足。



「まあったくもう〜、ユイちゃんに、エネルギー補給させてあげなかったのー!?」

「朝、ほんのすこしは……でもバタバタしててさ」

「くうぅ……! 叱りたいんだけど、ボクも場を乱した自覚があるからあんまり言えないんだよねぇ……」

「では僕が。ユイさんはまだ食欲を自己管理できない幼児だと忘れないこと、2人とも反省」

「「了解!」」


 お腹がすいていても遊びを優先したい時もあるし、状況に関わらず、食べたくなったら食べたいのだ、ユイは。

 おそるべし。


 幼児。

 そう、幼児なんだよなぁ……


 俺が気絶している間に、ユイの心は、凄まじく成長していた。



<ハジメ おなか すいた>

「はいはいっ! 今エネルギー補給できるとこに向かってるから、待ってて下さいねイったぁ!?」

<ううー>


 ユイに、首をガブリとやられた。


「そんなにひもじいの!? 痛いんですけど!?」


 横で噴き出す音。


「ふっは……!」

「笑うなヒフミ」

「ひもじいって……ひもじいってその語彙、変すぎる、最っ高。はー……ところで目的地の扉のロックは解除しておいた」

「さすが」


 モモが唇を尖らせて、眉根を寄せている。


「ああ……隣で堂々と違反行為が行われているのに、それをスルーするなんて、ボクってば罪な生徒だよ本当に」


 ため息。そして……


 モモが助走をつけて、ダッシュ!

 ドオオオン! と尋常ならざる異音がする。

 扉をみごとに蹴り破った。


 そっち反対方向行きの扉だよな??

 なんで壊した?? えっ??


「さ、こっちに教師が集中している間に、先を急ごう」

「「モモ…………」」

「ユイちゃんのためだもの。目くらましだよ。なにがあろうと10日間はユイちゃんを最優先って覚悟キメたでしょ?」


 モモがユイの喉を撫でると、ユイは気持ち良さそうに目をとろけさせた。

 反応は、まだまだ犬だ。

 ガブリ、と俺の首が噛まれるのは納得がいかないんだけど……いった!?




 校舎の影に忍ぶように、細道を通って、目的地にやってきた。


 園芸室プラントルーム


 丸い屋根はガラス製、太陽の日差しがさんさんと差し込んでいる。

 背の高い植物が天井近くまで伸びていることを、ガラス屋根から覗く緑色で知る。


「中に人は?」

「いない」


 ヒフミが入り口端末に干渉して、ここを通った者の経歴を調べてくれる。

 園芸に携わっている生徒は、一限目の授業後に、みんな退出したそうだ。



 俺は、新しい電子ペンシルを取り出して、入り口端末をチョチョイと操作する。

 ──扉が開いた。


「さすが問題児」

「手慣れたものね」

「って言われるけどさ、これ、いつの間にか身についてたスキルだからな?」

「「かわいそうに」」


 俺を眺めるモモとヒフミの視線が、それはもう生あたたかい。

 さっき気絶して、意識を取り戻した後から、ずっとこんな感じだ。

 なんだよ……なんなんだよ〜……。


 さっさと中に入ろう。



 ムワッと湿度の高い空気が、俺たちをつつむ。

 制服を湿らせる感覚がすこし苦手だ。


 ガラス天井から拡散される日差しは虹色プリズムをともなって、室内にまんべんなく降りそそいでいる。

 土のにおい。

 緑の枝葉がのびのびと広がって、それぞれの区域エリアで植物が生きている。



 園芸室プラントルームでは、リアルな植物開発を行っている。


 ここで生まれた未来植物ネオプラントは、土壌からわずかな水を吸い上げただけで、種が膨張してすばやく巨木になる。

 樹皮には伸縮性があってよく伸び、ひび割れず、風にも耐えて、倒れにくい。

 葉が空気をきれいにする働きは、従来よりも五割伸びたという。

 いつか「外部リアルの」自然環境にも耐えられるようにと、工夫が凝らされているんだ。


 その辺りのことは、科学技術学科の園芸担当生徒がやっている。



 頭の中に浮かんだ説明文が更新されていたので、ちょっと新鮮に思って意識をそらしたら、ユイが腕の中から飛び降りてしまった。


 体の力をカクンと抜ききって、俺が動揺した瞬間に、バネ人形のように力強く動き出したんだ。


 なにその技能!?

 幼児の知能!!!


 1メートルくらいの木にぺたんぺたん触り、幹に手形をつけて、きゃっきゃとはしゃいでいるユイ。


「コラーーーー!?」

「まあ騒ぐに決まっているよな。幼児だし」

「手を離したハジメくんがダメ。幼児なんだから」

「その通りでございます、ハイ!」


 きびしい!

 文句を受けいれて反省、そして大急ぎで、ユイの手首を両方捕らえた。


 ジタバタ暴れるユイは、もうちょっとおとなしくなってください!


「ユイ、聞いて下さい。大事な話です。できる?」


 イヤイヤ。まったくもう……


「ご・は・ん」


 ──ピタッと動きが止まった。

 モモのサポートだ。


 モモは、動物的本能にどう語りかけたらいいか? 本当によく知っている。

 それでいいのか幼児教育、と思わなくもないけど。

 今は、植物に勝手に触らないことの方が、大事。


「ユイの皮膚は特殊です。植物に触ったら、手が、かぶれてしまうことがある。かぶれるって症状わかりますか? 皮膚が炎症を起こし、爛れて、痒くイタくなることです」

<イタイ!?>


 ユイが、ぴゃっと手を引っ込めた。

 白衣の袖と袖を合わせて、まるで中国領域チャイナエリアの古い挨拶のしぐさみたいになっている。


 ちょっと面白いんだけど、ここで笑ってしまったら教育にならないから、真剣な表情を崩さない。


「イタくないように、しましょうね?」

<はい……>


 しょんぼりとユイがうなだれた。

 犬耳カチューシャまでうなだれて見えるほど。


 かわいそうにって、心が抉られるんだけど……うわモモとヒフミも心臓のとこ押さえてる。謎の一体感だよ。


 ユイに、なんて声をかけたらいい?


「ユイが笑顔になれるようなとっておきがありますよ……?」

<♪♪>


 心がころころ変わってくれるのは、幼児ならではで、ありがたい。


 期待に輝きはじめたユイの表情を、裏切ることのないようにって、俺たちは慎重に植物を吟味していく。



 観葉植物エリアは除外。離れる。

 ユイが触りやすいおかしな形の葉っぱが多いし、成分によっては手がかぶれるから。


 花エリアも除外。離れる。

 ユイが食べてしまったら困るし、蜂の小型ロボットが巡回して花粉を運んでいるから。


 果物エリア、ここだ。近づく。



「この果物エリアの中から、ごはんを選んで。アメリカンチェリー、スモモ、ブルーベリー、イチゴ……」


 指差していくと、ユイの目が釘付けになり、そわそわと足踏みまでしている。

 手を繋いでいないと、走り出しそうだ。



 品種改良された果物……デザインフルーツには、エネルギーがぎゅっと凝縮されている。

 人型ロボットの潤滑液に溶けて、調子を整えて、満腹感という感覚も与えてくれるだろう。


<あれ>

「チェリーね」


 手を引っ張られて、木の前に連れていかれるがまま。


 3センチ×2センチの葉が茂る隙間に、ピンクとオレンジの中間のような色味の丸い果実が、2つ寄り添っている。


 ユイは顔を近づけて、匂いを嗅ぐと、枝にくっついているチェリーをそのまま食べようとしたので、いったん止めて、俺がプチンと実をもいだ。


「どうぞ、ユイ。中に種があるから、それは吐くこと。できそうですか?」


 ユイは頷いた。


 チェリーの真ん中に種、種は歯に固くて、喉に詰まる大きさであること、味覚を苦く刺激する……などの知識が、ユイには備わっている。

 知能・幼児の好奇心が悪さをしなければ、安全に食べられるはずだ。


 3人が緊張しながら見守る中、ユイが、ちょんと手を合わせた。


<いただきます>

「「「えらい!!」」」


 みんなで感動してしまった……!



 ユイは丸い果実を一つつまむと、唇に触れさせて、きゅっと中に押し込んだ。

 頬がモゴモゴと動いている。

 おそらく……表面のハリが歯でもてあそばれて、傷ができ、ぷしゅっと果汁オイルが溢れたんだろう。目を白黒させている。

 口の端から、たらりとひとしずく淡く色づいた水分を、指で拭ってあげる。

(こんなはずじゃなかった)っていうように頬が膨れているユイの表情、面白い。


 笑ってしまった。

 こんなにあたりまえに失敗をする存在って、俺以外いないから、とても親しみを感じた。



 ブルーベリー、イチゴをユイは食べていく。


 こんなに暑いのに、ユイが白衣を脱ぐことはなくて、袖が、果汁オイルで汚れてしまって、嫌なカラフルさだ。


 その後抱きつかれると、フワンと甘い香りが漂った。

 うーん、ロマンチックというより、あとで漂白洗濯しなきゃなって業務感覚だなこれ……



「俺の体温、熱くないですか? ユイ……」

<♪♪>


 蒸し暑い温室で、40度の人体に、平気で抱きついてくるユイ。

 暑くても、今、なつくことの方が、幼児にとっては大切らしい。



 こんな風になついてくれると、可愛がるしかないなぁ、って思いました。

 可愛いです。

 脳がパチパチ音を立てて焼き切れそうなくらい。

 語彙は死んだ。



「こんな風になついてくれると、可愛がるしかないなぁ」


 それは奇しくも、【ロボット育成日記】に女性博士が書いていた感想と、まったく同じなのだった。



 ユイが吠えた。


「わんっ!」<♡♡♡>






 [レポート]


 美少女型ロボット ユイ 2/10


 ・知識 博士級

 ・知能 幼児


 ・装備 セーラー服・白衣・スニーカー・犬耳カチューシャ

 ・なつき度 MAX


 ※エネルギー残量:まんぷく




挿絵(By みてみん)


とってもラブコメ!


読んで下さってありがとうございました!



昨日は三歳児大暴れで夜に更新作業できませんでした(汗)すみません。

おおらかにつきあって頂けると助かりますε-(´∀`; )

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ