12・もうひとりの
モモ・ヒフミ・ムサシ先生と雑談をする。
短い問答をして、やっと俺の話を聞く気になってくれたみたい。
「目が痛いから」
「ヒフミ?」
「その光る目。眩しすぎ。ハジメ、もーちょっと抑えて」
「なにを? 人間って好奇心旺盛な時に、目が輝くものじゃん? 慣れてくれ」
「……」
窓をチラリと見ると、ああ確かに、俺の目は内側から光っているみたい。
嬉しいからだ。
ユイに会えたことが。
そんな感動を抑えるなんて、無理に決まってる!
「……もー。君、ハジメくんって呼んでいいかな?
「はい」
「続きを」
ムサシ先生が、目を閉じながら、片手を挙げて、俺に言った。
なるほど、そんなにも……?
ちょっと悪い気にはなるけど、感動ってどうやって抑えたらいいの?
感情豊かなほど良い、って価値観をもとに俺は生まれたから、真面目に分からないんだ。
ヒフミとモモも、目を閉じた。
そっちで対処してくれるのは助かるなー。……。
「一つめから、詳細に話すよ。どのように10日間過ごすか? ユイを年齢相応の女の子として幸せにしてあげたいんだ。穏やかな学校生活を楽しませることを目的に、サポートするつもり。それだけ」
プログラム通りにユイが思考をするならば、きっとそう望むはず。
17歳の女の子が望む、当たり前の当たり前に楽しい、そんな日常をユイに体感してもらいたい。
カチリ、歯車が噛み合うような、脳の感覚。
パチリ、と、頭の中に、眩しい光。
「……もう一声。今のお前から、聞いておきたい」
「疑り深いなぁ、みんな。──平和的証明をしたいんだ。人型ロボットのユイと、人間の俺たちで」
薄っぺらい冊子を、机におく。
昨夜からのユイの成長の記録。
……まあ、いつものハジメが書いたものだから、お世辞にも分析的とはいえず、感情的にまとめた殴り書きのようなものだけど。
この記録があれば、俺が、その時のユイの様子を詳細に思い出して、語ることができるからオッケー。
こぶしを握った。
「過去の戦争から学ぼうとしない。だから現実が代わり映えしないんだ。もうどれだけ、過去の生活を維持するだけの毎日を続けてる? 未来って、なに?
臭いものに蓋をするように、人型ロボットは禁止! 血の色は禁止! って、ほんとうにそれだけでいいのかな?
新しいものが生まれないのはなぜかって、考えたことある? 俺は、ずっと考えてきたよ……そしてもう、限界だ。
俺たちはきちんとした未来に向かっていかなくちゃ……」
あちらは、スッと細めた目で、俺を見つめ返してくる。感情的になった俺とは正反対の、冷静な声だ。
「きちんとした未来って、なに?」
「あなたは一貫した理由があり、暴走してきたというのかしら〜?」
「現在の僕たちは、幸せじゃないわけだ? お前の感覚では」
それぞれの疑問に、肯定の意味で、満面の笑みを返した。
分かって?
「あとは『幸せ』っていうユイの声が聞きたいよね!」
「「「まあ、それは」」」
俺とユイを、3人は交互に眺めて、しばし停止、それから……長ーーいため息が落とされた。
ヒフミの「厄介な性格だな」って呟き。
モモにおぞましいデコピンを食らった。
見事な軌道をえがいて、俺の後頭部がベッドに沈み込む。
胸の上でユイがころんと転がった。
びっくり、何事? ってこちらを見下ろしてくるユイの真ん丸い目が、素晴らしいなって思って、モモへの文句がひっこんでしまった。
寝起きのユイの瞳が潤んでいるため、映った白色は、歪んで見えた。
くあ、とユイがあくびをすると、涙がぽろっとこぼれて、性能美に感動してしまう。
──やっと、本当に、出来上がったんだなァ。
「もしもし、ハジメくん? ハジメくーん? 生徒番号一番?? あのねー、今のうちに言っとくね。こうなったら君が止まらないのは知ってるけどね、ボクらにも、限界があるんだからね!? 理性ぶっ飛ばすにしても許容量がある! いくら暴走してる君だって、それくらい考……それともキッチリ計算しているのかなー? ン?」
あ、やば。
モモが「生徒指導モード」になってる……
おお、ユイの首の後ろの弱点をツボ押しして、気絶させた。さすが委員長。
さすがに、しょうがなくないらしい。
ムサシ先生が、モモを羽交い締めにした。
「待って〜。まだ、レポートを書いてどう使うの? って聞いてないわ」
「言うから、言うから! 聞いて、言わせて?」
渋々、モモが引き下がる。
じろっと睨んでくる顔は……怖。
ヒフミがノートパソコンを構えた。キーボードをいつでも打てるように、指の位置、オッケー。
俺は、ふう、と胸をなでおろした。
ユイをそっと抱え直す。
「10日間のレポートが完成したら。18歳生徒の成人発表式で、日本エリア全体への放送を管理権奪取するんだよ。俺がスピーチする。人型ロボットについて、正しく理解してもらえるように!」
たったそれだけ? って?
未来人の精神の弱点をとらえて、きっちり理解してもらうさ。
なにがそれで変わるっていうの? って?
未来人のプログラムが、すっかりと変わってしまうと思うよ。
人型ロボットは「エンジン」だ。
未来人たちを動かすことになるだろう。
良くも、悪くも。
ただ登場させるだけでは、悪い意味で社会を混乱させてしまうから、ユイのレポートが出揃ってから、良い点をみんなに伝えよう! ということ。
内容を噛み砕いてなんとか理解しようとしている3人に、たたみかける。
「で! よいレポートを作るための、人型ロボットの幸せ学園生活プランの原点はこれ!」
俺は古めかしい冊子をひとつ、机に乗せた。
パサッと軽い音。
【人型ロボット育成日記】
「戦前のもの」
…………ヒフミたちが息を呑む、しばし停止。
「図書館のR18コーナーから拝借してきたわけで」
「それってハジメくん……またも規則違反甚だしいよ!?」
「まあ中身だ、まずは」
「ヒフミくんーー!?」
それでも、俺が一ページ目をめくると、モモも黙って目が釘付けになる。
ムサシ先生が「まあぼくのせいってことにしといて良いわ。それなら違反ではないから」って、ありがとうございます。
にこりと笑っておくと「ギリギリなんだからね」と注意が返ってきた。
ヒフミが読み上げる。
「”知能計測・一日目・人型ロボットは二足歩行をマスター、声は出ない。どのように喋るのかを楽しみに、喉をオイルでケアする。”…………ええと、日記風?」
「そう。これをもとにユイの健全な育成を行いたい」
ぱらり、と次のページへ。
その次も、人型ロボットについてどこかあたたかく見守るように記述されている。
「著者が自分の感情を交えて、丁寧に書いてるだろう。だから、俺はこれが一番気に入ったんだー」
「一番? 他にも、いろんな関連書籍があったの……?」
「あった。人型ロボットで心が生まれたものは、一体だけ。それについて、いろんな人物が資料を遺している。この一冊は、『心が生まれた人型ロボット』開発者の手記なんだ。天才女性博士らしいよ?」
「ほえー」
モモが感嘆の息を吐いて、大きな目を見開いて、ページを見る。
ヒフミが、書籍の裏表紙を確認した。
「戦前、平成30年。人型ロボットとその心についての研究が活発だったんだな。昔って……。何度授業を繰り返しても、僕たち未来の生徒には、開示されなかった情報か。正直、めちゃくちゃ気になるテーマだ」
「そう。だから俺は、いまの政府が嫌ーい」
「こらこら……」
モモのため息、それからデコピン。
いッッ……た!?
ハイ、イヤリングがオフラインでも発言に気をつけましょう、ですね、すみません。
「あのね。同じように育てたら、同じように失敗が起きない……? ボクね、今やっぱり気になっちゃって……」
失敗。過去の戦争。
「ユイのこと叩いたり傷つけたり手足をもいだり、したい?」
「「「とんでもない」」」
みんなが頭をぶんぶんと横に振る。否定の意思。
そうだよな。
モモだって戦争原因がなにか、把握しているだろうに、心配のあまりこんな疑問が出たんだろう。
生徒として? 生徒指導部として? それとも百番として?
どれだろう。
まあいいや。
「ここ見て」
数十ページをめくると、人型ロボットは「”幸せ、と言った”」と書かれている。
それを目標にしたい。
10日後、ここまで辿り着けていたらいい。
傷つけたいような気持ちがなければ、きっとできる。
「がんばろう」
にこりと笑う。
冊子を閉じた。
みんなはそれぞれ顎に手を当てて思案している。
しばらくすると、気持ちがまとまったようだ。
「あのね。君なりに、凄く考えていたんだな……って。むちゃくちゃな天災児だけどさ、自分の心をこんなにも語れて、現実にできて、凄いなって。ボク、そーいうの羨ましいって思うんだ。……手伝うから。ユイちゃんのためだからね? 君のためじゃないんだから。いつものハジメくんのことも心配だしね!」
「この日記と、今日の行動データをもとに試算しても、10日がユイさんが健康的に動ける限度でまちがいなさそう。血の色の問題も出たけど、僕たちが万全にケアすれば、隠し通せるだろう。人型ロボットと未来人が共存できることの証明……できたらいいなって僕も思う」
ああ、2人がなんて言ってくれるか予想はしてたのに、嬉しすぎる。
目が眩しいって文句を言われた。
ユイの口元が、ふと、緩んで、俺たちの視線が吸い寄せられるように集まる。
いつか、幸せ、とどうか。
昔の人型ロボットへの悲劇のように、途中でひどい扱いに切り替えたりしない。
「たくさん素敵な思い出を作ってあげたいわねぇ。みんなで可愛がりましょう」
ムサシ先生のやわらかな声のまとめ。
俺は、眠るユイの手を取る。
「あなたの人生を幸せに彩るパートナー、ハジメです。ユイ、どうぞよろしく!」
ユイの瞼がちょうどいいタイミングで持ちあがって、俺の白を映して、キラキラと輝いてみえた。
見惚れた。
──がぶり!!
──意識が深く沈んでいく。
──意識が浮上していく。
「あれ? 俺は今まで一体、なにを…………」
──ユイが上に乗っかっている、デジャヴ。
「いった!? ユイ、指、指ぃ! なんで噛んでるの!? いや、舐め…………えっ、なんで!?」
モモと、ヒフミと、ムサシ先生が、生あたたかい目で俺を見ている。え、ほんと何?
俺また、意識失ってたの……?
ぐうーー、と奇音が耳を打った。
<おなか すいた!>
[レポート]
美少女型ロボット 唯 2/10
・知識 博士級
・知能 幼児
・装備 セーラー服・白衣・スニーカー・犬耳カチューシャ
・なつき度 MAX
※エネルギー残量:わずか




