第26話
帝都の近くにある森の中。ここにはいくつかの獣人のみの村が存在し、帝都により管理されている。
その内の1つ、帝都から5番の管理番号をつけられた村は急発展をとげ、秘匿された村とは思えないほどの規模になっていた。
そんな5番村の入口である門の上の見張り台にいる獣人達は寂しくなった門下を眺めながらため息を吐く。
「………下の連中どうしたんだ?」
「さぁ?噂じゃ村長邸でなんかやらかしたとか?」
「なんかって?」
「さぁ?」
そんな他愛もない話をしている横で1人の見張りが何かに気づいて望遠鏡を取り出し、何かを見つけたのか、望遠鏡を覗いたまま固まって動かなくなってしまう。
「………どうした?」
突然、望遠鏡を覗いて動かなくなった同僚に声をかけるが、同僚はしばらく固まった後に消え入りそうな声で喋り始める。
「………兵だ」
「兵?」
「帝都の、帝国軍の兵が編隊を組んで向かってきているぞ!」
その言葉をしばらく理解できずにいたが、重大性を把握すると同時に一斉に望遠鏡で同じ方向を見る。
そこには同僚の言う通り、数え切れないほどの兵が隊列を組み、村に向かって行進していた。
「ぐ、偶然じゃないか?」
「でも真っ直ぐ向かってきているぞ!」
「それにあの人数…戦争でも始める気か!?」
「そんなことより、まず警報だ!」
「警報ならしたら位置がばれる!誰か村長のとッ」
言い争う見張り達は意識は突如として途絶えた。
言い争う見張り達は気付かなかったが、森の木々に隠れて近づいてくる帝国兵の数人の魔法使いがおり、その魔法使い達が見張り台に風魔法を放ったのだ。
風魔法は風の刃を放つ魔法で、射程距離や攻撃範囲は狭いが隠密性が高く、音もなく殺傷能力の高い攻撃をすることができる。
森に潜んだ魔法使いが放った風魔法は見張りの首を一瞬で跳ね飛ばしたのだ。
見張り達は誰にも気づかれることなく、本人達も痛みすらなく、死んでいった。
「隠密魔法部隊、5番村の見張り台の制圧を完了。内部はまだ異変に気付いていません」
「包囲は?」
「完了しました。帝都で把握している隠し口を含めた全ての出入口を確保済みです」
「では総員、突入せよ。村の中にいる連中は1人残らず殺せ。ジルベールと思わしき人物を見つけたら保護。それ以外の人間は殺せ」
5番村の獣人達が過ごしていた人間のいない平和な暮らしはこの日突然に終わることとなる。
村の全方位から大量の騎士が雪崩れ込んでき、逃げ惑う獣人達は容赦なく剣や矢、弾、魔法によりその命を散らしていった。
村長は執務室に真ん中に横たわるジルベールの死体の周辺を落ち着きなくウロウロしていた。
その口は何事かをブツブツと呟いており、はたから見ると不気味なことこの上ないが、同じ部屋にいる村長夫人もため息を吐きながら元気がない。
帝都の要人であるジルベールを自分たちの村の中で死なせてしまったのだ、冷静さを失うのも無理のない話だ。
さらに犯人であるリックはジルベールを殺した後に正面から堂々とミアを連れて逃げてしまい弁明の余地すらない。
だからといって死体と同じ部屋で数日もの間こうして意味のない行動を繰り返すのは異常だ。
この後の村長達の対応がこの村の命運を決める。村長夫婦はその重荷に耐え切れず、無意識に結論を先延ばしているのだ。
「そ、村長!大変です!」
そんな異様な空気感の執務室に1人の獣人が飛び込んできた。
飛び込んだ獣人は何故か様子のおかしい夫妻とジルベールの死体に一瞬たじろぐが、すぐに我に帰り報告をする。
「帝国軍が攻めて来ました!人間に我々の存在がバレました!」
自分達の住む村が帝都の管理下にあると知らない獣人の報告に村長は苛立っていた。
ジルベールが死んだことによりいつかはこんな日が来るかもとは村長も考えていたが、まさかこんなにも早く対話すらなく侵攻してくるとは予想外である。
「うるさい!男は戦い、女子供はどっかに逃げろ!」
「はっ!?そ、村長!し、指示を…村人は今この時も死んでいっているのですよ!」
「指示なら今出したろ!はっきり言うぞこの村は終わりだ!私は逃げる!」
「なっ!あなた村長でしょ!」
「世襲しただけだ!」
報告をした獣人は信じられない物を見たかのように目を見開き唖然とする。
自分達が信じてきた村長がこのような人物であるとは想像すらしてなかったのだ。
「そこで呆けて勝手に死んでろ、役立たず。おい、行くぞ。帝都に知られてない地下道がある。そこを通る」
村長は妻を連れて逃げるべく声をかけるが、妻は無表情のまま動こうとしない。
「おい、どうした?行くぞ」
「あなただけで行って。私はここに残る」
「………勝手にしろ」
村長は妻を置いて去っていき、執務室に残されたのは村長夫人と報告にきた獣人の2人だけとなった。
村長夫人はしばらく無表情に俯いていたかと思うと、ポツリと口を開く。
「………夫は逃げた。今から私が統制をとる。戦える者は戦えない者をこの屋敷まで後退させて。人間には勝てない。できる限り戦闘は避けること。そして、村人全員を助けることも不可能。だから、ある程度の人数を後退させることに成功したら総力をあげてどこか一箇所を集中攻撃して活路を開く。そこから全力で逃げる」
「………」
「何、不満?」
「いえ…流石です」
「あなたは今の作戦伝達に専念。帝国軍は待ってくれない。すぐにでも動いて」
「はっ!」
報告にきた獣人は一礼をすると足早に執務室から出て行った。
残された村長夫人も武器の調達や情報収集などやることは山積みであり、のんびりとしている暇はない。
だが、村長夫人には仕事の前にどうしても執務室にやり残したことがある。
村長夫人はジルベールの死体に近付くと、その物言わぬ顔を力いっぱい踏みつけた。
「………好き勝手やったあげく、簡単に見切りをつけたな。ただで死んでやるつもりはない。一人でも多くの獣人を逃がし、他の村と連携を取る。今に見てろ人間、必ずその喉元を噛みちぎってやるから」
死体相手だが、言いたいことを言った村長夫人は少しだけ満足そうにしてから、決意を固めて執務室を後にした。
このまま何も出来ずに死んでいくのだけは絶対に避けなければならない。
勝った気でいる人間どもに手負いの獣の恐ろしさを教えこむ。勝ち目がなく、勝つ気もない戦いをするために村長夫人は足を進めた。




