第25話
「………皆殺し、ですか?」
あまりにも突拍子のない皇帝の発言にどこらともなく高官の誰かがそんなことを呟くが、皇帝の顔は真剣そのものだ。
「陛下、お言葉ですがそれはあまりにも軽率ではありませんか?」
静まり返った高官たちを見かねた総司令官がそう言うと、皇帝は目線だけを総司令官の方に向けた。
第三者が見たら無視してるとしか思えない反応だが、この総司令官は長い付き合いからそれが先を促しているのだと悟る。
「まず大前提として今回の騒動の非は人間側にあります。ジルベールとゲオルの身勝手な行動と、場を荒らしたリック。この3人に5番の獣人達が巻き込まれた形です。確かにリックの行方がわからないため、ジルベールと帝都治安部隊の大勢の隊員を失った鬱憤を晴らせないのは癪です。だからといって八つ当たり的に殺戮するのはいくら獣人といえど流石に短絡的では?」
「………誤解しているようだが、別に八つ当たりではないぞ。見せしめだ」
「見せしめ、ですか?」
「例え獣人サイドに非がなくても、我々に害を成すことに関与していれば問答無用で罰する。人間と獣人の力関係は本来そのぐらいかけ離れているものだ。だが、帝都に長いこと飼われた獣人どもはそのことを忘れているようだからな…ここらでお灸をすえなければ、いずれ奴らは人間に勝てると思い込む」
「力による支配、それこそ反乱を招きます。現に獣人の反乱により滅びた街や村は数多い。勝てると思い込むではなく、獣人は人間に勝てるのです。人間と獣人には身体能力に歴然とした差があります。人間が勝っているのは数と魔法ですが、ここ帝都では周囲に通常より多くの獣人がいます。そして、魔法を使える人材を帝国中から集めているとはいえ、彼らのほとんどに実戦経験はない。はっきり言います、獣人村の獣人が反乱を起こしたら今の帝都は負けます。
………陛下、どうか考えなおして下さい。ここは穏便にすませるべきです」
「それは獣人村が徒党を組んだ場合だ。1つ1つの村自体には圧倒的に我らの方が有利。そして、全ての村を把握している我々だからこそ獣人に勝ち目があるとわかる。だが、獣人側は他にどのぐらい村があるかは完全には把握しとらんし、人間が国家間でいがみ合っているように獣人も種族間でいがみ合っている。手を組むことがありえないからこそ、見せしめが効く」
「………見せしめの効果はわかりました。ですが、帝都に勝ち目がないと獣人が判断すれば、次は逃走を図ります。我々は支配しつつも獣人と共に並び発展をしてきました。そして、他国より抜きん出るためにこの関係は維持する必要があります。ここで税収を減らすのは避けねばなりません」
「逃げない。獣人にとって外の世界は残酷だ。見せしめで村1つ滅ぼされただけじゃまだ帝都の方がマシだ。獣人のみと暮らせるというのは奴らにとっては楽園にも等しい。
仮に平和ボケして逃げ出す村があっても、世界には楽園を求める獣人が腐るほどいる。代わりを持ってくればいいだけの話だ」
「………考えを…変えるつもりはないのですね?」
「ない。5番は他の村に比べて大きくなり過ぎたと感じていたし、ちょうどいいぐらいだ」
「わかりました。5番掃討作戦の部隊を整えます。ですが、治安部隊の隊員を大勢失ってまだ日が浅いです。ここで多くの軍人を死なせてしまうと都民に悪感情が生まれてしまいます。戦力は最低限に抑えますので、掃討となると難しいかもしれません」
「その点ならあてがある」
「………あて、ですか?」
「獣人と聞いたら飛びついていきそうな女がちょうど帝都を訪問しているではないか」
「………………まさか聖女に戦わせるつもりですか?」
聖女を戦わせる、その言葉に高官たちは再びざわつきはじめる。
聖女は神聖な存在で、帝国に訪問することは名誉であり、利用するなど高官たちは考えすらしていなかったのだ。
この世界は国同士がいがみ合いをしているが、宗教という点においては1つの教えが国を超えて広く信奉されていた。
キルヒェン公国に総本山を置く統一宗教、その法王の実の娘が世界中から聖女と呼ばれ慕われる人物だ。
過去には様々な宗教があったとされているが、世界を滅ぼそうとする魔王が現れ、その魔王を倒したのがその代の聖女だった。
そのため、世界を救ったことからその宗教の信者が爆発的に増え、現在ではほそぼそ続く小さな団体を除けば、国を問わずに信奉されるのは統一宗教のみとなったのだ。
そして、聖女は今も世界中の人々から慕われ、統一宗教のトップである法王よりも信奉の対象となっていた。
さらに、今代の聖女は歴代の聖女の中でも神の加護をより強く受けていると世間では評判である。
統一宗教の教えでは魔法は神から信奉心が強い者に与えられる聖なる力とされているが、あまりにも今代の聖女は力が強く、聖女を敬えば魔法が使えると世間で広く言い伝えられるほどだ。
世界中が争いが絶えない中で、統一宗教の存在は国を問わない不可侵的存在となり、もしキルヒェン公国を攻めいよう国があれば、その国は世界中から目の敵にされることになるだろう。
戦争中の国の両国に同じ宗教の教会が建てられ、当然のように交流があるほどだ。
そして、世界中から慕われている聖女は聖騎士隊というキルヒェン公国軍の部隊を連れて、世界中の国々を訪問して回っており、ちょうど帝国に聖女が訪れていた。
統一宗教は獣人を魔王が戦力として作った魔族の末裔と教えており、熱心な信者ほど獣人への憎しみは強い。
その中でも聖女は人一倍に獣人への悪感情が強く、獣人を見かけたら問答無用で裁きをくだすと言われるほどだ。
そのため、働き手として獣人を重宝する者達は聖女が来ると真っ先に獣人を隠していた。
そんな聖女が獣人村の存在を知ったら、聖騎士隊を率いて攻め入るのは目に見えている。
皇帝は聖騎士隊を戦力に加えることにより帝国の被害を減らそうという腹づもりなのだ。
だが、それは帝国だけではなく世界中の人々の価値観に従うと、統一宗教や神への冒涜に他ならなかった。




