第24話
帝国で1番大きな都市である帝都、さらにその帝都で1番大きな建物である皇帝の居住する宮殿。
この宮殿の一室には現在、皇帝と帝国政府の高官達が一堂に会している。
そして、帝国の政治を担う者達を前に跪く一人の男がいた。
「呼び立ててすまない、サモアド君。ただ、帝都治安部隊が2日前に大量の殉職者を出したと聞いてな。今の帝都では数人の殉職者すら珍しいのに…こうも一気に死人が出るとは驚いたよ。
近隣諸国との情勢が不安定の中でこのようなことがあれば、国を統べるものとして何があったか確認せねばならない。
………では、報告を」
皇帝は厳格な声でサモアドにそう言うと、サモアドは畏まりながら「はっ」と返事をした。
皇帝を始めとした帝国幹部が目守る中、サモアドは今回の事件の報告をする。
「結論から申し上げると近隣諸国は無関係です。任務に失敗、実働部隊は死傷者多数で壊滅いたしました」
「………私も万能ではないのでな。一部隊の一任務をわざわざ把握していない。だが、帝都治安部隊が壊滅する可能性があるほどの任務なら別だ。少なくとも軍部総司令官に何らかの話が来ていると思うが…何か聞いているか?」
皇帝が政府高官の一人である帝国軍トップの総司令官に問いかけると、総司令官は一礼をしてから何も聞いていないことを告げる。
その答えに皇帝が小さくふむと呟いてから、再びサモアドに問いかけた。
「サモアド君。此度の任務とやらは想定外の脅威による壊滅なのか、意図的に秘密裏に動いたのかどちらだ?」
「………後者です」
「水を差したな。なに、別に責めているわけではない。その辺りは前隊長のゲオルのやったことだろう?
だが、報告に虚偽は許さない。任務の概要や壊滅理由を包み隠さず全て報告しろ」
「はい」
サモアドはいったい何が起きたのかを順番に説明していった。
ジルベールが帝国政府に隠れて獣人を使って実験をしていたこと。
実験用の獣人を帝都治安部隊が用意し、ジルベールとゲオルが内密に手を組んでいたこと。
ジルベールが一人の獣人の少女に執着し、その少女を捕らえるために帝都治安部隊が動いたこと。
ジルベールから貸し出された獣人が暴走し、隊長を含めた多数の隊員が命を落としたこと。
獣人の少女に味方をする帝都の民であるリックという青年がいたこと。
サモアドは包み隠さず全てを報告した。
ただ1つ、クラーとその部下達がリックに殺されたというところ以外は全て真実である。
「………なるほど。そうなると、ジルベールからも話を聞かなくてはな」
報告を聞いた皇帝がそう呟くとサモアドが少しバツが悪そうに話し始めた。
「いえ…その、帰還後にジルベールの元を訪ねたのですが………どこかに行ったのか、もぬけの殻でした」
「君が戻ってきてから随分と経っただろ。まだ戻っていないのか?」
「依然として行方知れずです。ジルベールの身の周りの者に聞いてもどこに行ったか誰も知りませんでした。
………それと、今回の任務に不参加の帝都治安部隊隊員数名がジルベールと共に帝都を出たという報告も…」
「………なるほど。ジルベールの処遇は我々も検討しよう。では、下がっていいぞ」
「はっ」
サモアドは一度大きく頭を下げてから跪いた姿勢から立ち上がり、退室すべく帝国幹部たち背中を向ける。
その表情は苦虫を噛み潰したかのように歪んでいた。
ジルベールのことを報告した際に帝国政府高官の反応が芳しくなかったからだ。
ゲオルとクラーが亡き今、帝都治安部隊を率いるのは間違いなくサモアドになる。
そのため、ジルベールと関係を断ち切ることは難しいことではないが、ジルベールが大人しく帝都治安部隊と関わらないという保証はない。
理想としてはジルベールの悪事を知った高官たちが驚き、ジルベールに対して怒りを見せることだった。
だが、実際にはほぼ無反応なのだ。まるで、予想していたかのように。
(やはり、獣人を実験体にしていたってだけじゃ弱いか)
サモアドはそんなことを考えながらもう一度大きく頭を下げてから退室した。
「怪しいと思っていたが、ジルベールの奴やはり隠れて動いていたか」
「さっきの話を聞く限りジルベールは独断で管理下の獣人村から実験用の獣人を工面していたようだな。その橋渡し役は帝都治安部隊が行っていたと」
「帝都治安部隊、少なくともサモアドは帝都の管理下にある獣人達のことを知らないようだったな」
「死んだ隊長はどうかわからないが、サモアドが知らないなら帝都治安部隊は知らないと判断していいだろう」
「しかし、ジルベールのやつも勝手なことを。あまり、獣人の不満を買うと反乱を起こされるかもしれないのだぞ」
「ジルベールのことだ。単なる好奇心なんだろうな」
「それでジルベールをどうする?」
「お咎め無しというわけにはいかないだろ。そもそもどこにいるんだ?」
サモアドが去った後に次々と話し始める高官たちとその様子を静かに眺めている皇帝。
そんな光景がしばらく続いた後に皇帝が周りの声にかき消される小さな声でポツリと呟いた。
「ジルベールにつけていた監視は?」
その僅かな声にさっぎでの騒がしさが嘘のように高官たちが静まり返る。
皇帝はジルベールを以前から不審に思っており、軍部にジルベールを監視するよう命令していたのだ。
そして、静まった高官たちを代表して総司令官が口を開いた。
「ジルベールには我が軍の隠密部隊、その中でも精鋭を監視につけました。そして、ちょうど議会前に経過報告がありました」
「それで内容は」
「ジルベールと帝都治安部隊の関係についてはサモアドの話に嘘はありません。
そして、ジルベールは帝都治安部隊の隊長部隊が作戦行動中に数名の治安部隊隊員を護衛に連れて森へと入りました」
「行き先は?」
「第5獣人村です」
「5番、確か猫だったか?」
「はい。村の手前に隊員を待たせて1人で村に入りました。その後、人間の青年と獣人の少女…サモアドの話からリックとジルベールが執着した獣人の娘かと思います。その2人が5番に入りました」
「それは昨日の話か?」
「昨日の朝方の話です。そして、しばらくして村の中が騒がしくなり件の2人が逃げるようにして出てきました。中には入っていないので、何があったかは不明です」
「ジルベールは?」
「今朝まで村の出入口は隠し通路も含めて全て監視してましたが、出てきてません」
「ジルベールはもともと長居する予定だったのか?」
「外に待たせていた治安部隊隊員も見張っていましたが、恐らく数時間で戻る予定だったはずです。丸一日も音沙汰無しというのは、何かあったとしか思えません」
「死んでいる可能性もあると?」
「はい。リックとやらは帝都治安部隊のクラーとその部下を殺せる実力があり、獣人の少女のために帝都治安部隊と敵対しています。ジルベールのことを知ったら、殺してもおかしくないかと」
ジルベールの死の可能性に高官たちは一気に緊張した面構えへと変貌した。
色々と問題の多い男だったが、帝国への貢献度は研究者の中ではダントツだった。近隣諸国といつ戦争になってもおかしくない現状において、少しでも科学力を他国より発展させたく、ジルベールを失うことは相当の痛手だ。
高官たちが重い表情で今後のことを考える中、皇帝が普段通りの口調で、取るに足らないことを話すようにある決定を下した。
「兵を集め、5番の獣人を皆殺しにしろ」
冗談とすら思えるこの命令だが、高官たちは皇帝の顔を見て、これが冗談でないということを感じていた。




