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無題(仮)  作者: konoha
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序章 「余寒(よかん)」 


「ごめんなさい、あなたとはもう会えません。私はある方を待っているので・・・」


      1


 八千代大の卒業式が終わった数日後の夜、リビングに横たわる父の背後を通りすぎようとすると、父は中年男性特有のでっぷりした体を転がし振り向いた。


「出るなら、食いもん買ってきてくれないか」

呑気そうに言った父親に対し僕は少しムッとしかけたが、顔を向け、


「別に出かけるつもりはなかったんだけどね」と嫌味ったらしく返事をする。

父はTVのバラエティ番組を見てゲラゲラと笑いながら

それならいいやと言う。


 この時間にやっているのは、あのお笑い界の巨匠、内田 信之助がプロデュースするクイズ番組

「クイズ! 君は答えられるか!? 」である。内田の取り巻きのお笑い芸人やちょっとおバカなタレントを集めていかにおかしな回答を並べて笑いを誘うかというものをテーマとした非常にユニークな番組だ。

今ちょうど、今月結婚会見をしたばかりの清純派女優 清水 真琴が

地理の問題でうんうんと悩んだ末、どうしようもない珍回答を飛ばして、会場にどっと笑いが起こったところだ。これが彼女の十八番ボケである。

何が面白いのやら残念ながら僕にはわからない。


「いいよ買いに行く」そして僕は父の問いかけに答える。

「あっ、そう? 」

 キョトンとしている父に背を向けリビングを後にする。

別に気遣いとかではない。気が変わった。僕はきまぐれなのだ。―ゲラゲラという父の笑い声がまた聞こえた。


ガチャリと玄関の扉を開けると、外気のヒヤッとした感覚が体の芯まで突き刺さっていくのがわかる。

今は3月の中頃、春が近づき暖かくなってきたとはいえ、まだまだ夜は寒い。

 

 僕の家は鉄道が通るすぐ近くの山側の方角にあるので

散歩に行くなら「河原町駅」近くの商店街を通り抜けることが多かった。野球ドームのような屋根に覆われていて、丸っこくてかわいらしいフォルムが特徴だ。

「おいおいおいおい!! やめろよ~!! 」「ばっか!! バイク倒れる倒れる!! 」

ガランとした商店街の中に時間をわきまえない大声が反響する。

S中の連中だ。


 S中は僕の出身校でもある。山の麓に校舎を構えており、有名な登山スポット、平山山に直結する山道があり毎日地元の人達で賑わっている・・・らしい。

「自然と調和した学び舎」というのがS中のキャッチコピーだ。

 自然と・・・なんて、いかにも品のありそうな言葉ではあるが、そのようなムシの良い言葉は

ちょっとでも田舎町に縁のある者ならばわかるように必ずしも良いものというわけではない。


夏には大量の害虫で溢れかえるし、青臭いし、年に数回だが野犬がグラウンドに現れることもある。


      2


 商店街を抜けた先からしばらく進むと公園がある。

川に沿うようにまっすぐ伸びているので距離はそこそこ長く、ペットの散歩やランニングにはもってこいの場所だった。

また桜の木がたくさん植えられているので春には満開になり、ところせましと屋台が立ち並び

絶えず花見客で賑わっている。


すぅ、と息を吸い込み目を閉じてみる。香ばしいとうもろこしの香りや舞い散る桜の花びらが手に取るかのように感じられた。

後ちょっとしたらこんな光景が見られるのだろうな。人ごみが苦手な僕にはあまりよろしくない状況のはずだが、不思議と心待ちにしている自分がいる。そんなものなんだろう。


 ところどころ剥げたり割れたりしているレンガ仕立ての道を歩いていると、僕の視界にぼんやりとした光が差す。

道の端っこにポツンと構えるようにたったひとつ自販機があった。

僕は何気なくポケットをさぐり、いくつかの小銭の中からちょうどになるように取り出して投入した。

ガコン!という音が虚しくあたり一面に響きわたる。缶コーヒーを買った。あの新発売のちょっと甘いやつだ。


ピピピピと機械的な音が鳴り出す。

ルーレットつきの自販機だったようだ。案の定惜しいところで数字は止まり、僕は何故かため息をした。

わかりきっていることなのに。


プシュ、っとプルタブを持ち上げちびちびと飲む。心が満たされてゆく。スチールの缶は最初はやけどするくらいに熱かったのに見る見るうちに冷たくなった。

わけもなくちょっと寂しい。

ジャケットの胸ポケットから携帯電話を取り出す。もう何年も使っていて古い機種だが、ワインレッド色のコーティングがされているおしゃれなデザインだ。

一度スマートフォンに機種変更したが、使い勝手が悪くて結局こっちに戻ってきた。


メールアプリの受信フォルダ一覧を開く。

整然と振り分けられたフォルダのうちの一つを開くと、

差出人が同じ名前のメールがずらっと並んでいる。一番上のメールを開く。


「件名:こちらこそ、ありがとうございました。」


今日はお話できてとっても楽しかったです。

お借りした本、じっくり読ませてもらいますね。僕さんにお渡しした本は普通の人だと大体1週間くらいかかる分量だと思います。

それは古い本なので差し上げますからゆっくり読んでくださいね。



あと、次のお誘いの件ですが…ごめんなさい、今後は控えたいと思っています。


私は――」


電源ボタンをピッと押す。これ以上は見たくなかった。表示された待ち受け画面には、池に水滴がぽちゃんと落ちるアニメーションが流れる。



携帯を持った手をゆっくりと下ろし、首をぐっと持ち上げて大空を眺めてみる。散りばめられた星々がキラキラと光っている。


僕は、生まれて初めて、本当に、失恋したのだろうな。


そう、僕は振られた。


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