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盾と癇癪玉   作者: 甲斐 雫


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3/3

3 絵画の女性と銀の馬

 風邪も完治したセシルは、ジャスティンと共に王都に来た。

 彼はこの際、小さな屋敷を用意しようと思っている。王都に来るたびに叔母の屋敷に滞在するのは、流石に甘えすぎではないかと思うし、セシルが気を遣わずに過ごせる場所を作りたくもあった。

 その準備の合間に、セシルが持っている小さな鉛色の馬を、磨きに出しチェーンを注文する。

 そしてドゥラ伯爵家に使いを出し、令嬢であるエリンと会う段取りをつけた。


 元皇太子の地位と、セシルという女性を同伴するという事で、伯爵の方もすんなりと歓迎してくれる。結婚の前祝として、叔母と自分からの贈り物を届けるという名目だった。

 伯爵家の応接室で、ひと通り話が終わると、ジャスティンは適当な口実を設けて、伯爵に席を外させた。その辺りの自然な社交術は、流石は王族である。


 エリン伯爵令嬢と、ジャスティンとセシル。

 3人になったところで、彼は徐に口を開いた。

「エリン嬢、ダン・フレームという男性をご存じではありませんか?おそらく、画家だと思いますが」

 その言葉を聞いて、エリンはハッと身を固くした。


「・・・以前、肖像画を描いてもらったことがございます」

 暫しの沈黙の後、伯爵令嬢は努めて淡々と答えた。


(・・・何か隠しているな。表情の下に、どこかツラそうな・・・悲しそうな感情が潜んでいるように感じる)

 ジャスティンは、その考えを元に、もっと詳しく話を進めた。

 ダン・フレームが、肖像画を抱えて海に入水自殺をしようとしたことを、見た通りに説明する。


「それについて、他言するつもりは無いという事を、先ずはご理解ください。ただ、乗り掛かった舟と言うか、助けた相手なので、事情を知っておきたいと言うか、その程度の質問です。正直にお話いただければ、寧ろ変な噂が立たないように配慮できるかとも思います」


 ジャスティンの話を聞きながら、セシルはふと思った。

 何故、彼はお節介のような行動を取っているのか、と。

(王族なのだから、たかが平民の画家について、そこまでするような方だとは思えないのですが・・・)


 セシルとジャスティンが黙っていると、やがてエリンは意を決したように話し始めた。

「・・・ダンとは、恋人同士でした。何度か肖像画の依頼で屋敷に来てもらううちに、互いに想い合うようになって・・・こっそり屋敷を抜け出して、私が会いに行ったこともあります」


 エリンは、冷めたお茶でのどを潤し、低い声で続ける。

「でも、私に縁談が来て、周囲はすっかりその気で準備を進めて、私は何も言えませんでした。そしてダンとは、何度も話し合いました。駆け落ちも考えましたが・・・それは難しいという結論になって、別れることにしたのです」


 身分差の恋愛は刺激的だが、手に手を取っての駆け落ちはリスクが大きすぎる。伯爵家は当然、娘を捜索するだろうし、万が一でも見つかれば、男の方は最悪の結果になるだろう。

 例え見つからずに逃げおおせたとしても、ダンの方は、画家としての人生を棒に振ることになる。貴族からの注文が無ければ、収入を得ることが難しくなるのだから。

 熱情に任せて、駆け落ちを選ばなかったのは、多分エリンの方が現実的な思考をしていたからかもしれない。


「別れを決めた後は、一度も会っていません。辛くて悲しかったけれど、伯爵家に生まれた娘としては、仕方が無いことだと思っていました」

 エリンの話が終わると、ジャスティンはどこか満足そうに言った。

「解りました。彼が今後、どう生きてゆくのかは解りませんが、出来れば立ち直って再び絵筆を手に取れたら良いと思います。1度見ただけですが、彼の画才は埋もれさせるには惜しいと思うので」


 これで用は済んだと腰を浮かせかけたジャスティンだが、その時セシルが口を開いた。

「最後に、彼への手紙を書いて貰えませんか?エリン様の名前は書かずに、でも彼にはそうだと解るような形で。彼が、これからの人生を、それをよすがに生きていけるような言葉を書いていただければ、立ち直る切っ掛けになるのではないかと思うのです」


 それを聞いたジャスティンは、再び腰を下ろして頷いた。

「そうだな、またどこかで自殺を企てられても、寝覚めが悪いしな」


 そしてエリンは、手紙をしたためた。

『ダン・フレーム様

 私は、貴方の描く絵が、大好きでした。愛のこもった優しい雰囲気や、幸せな瞬間を切り取ったような構図や、自然で爽やかな色。貴方が生み出す芸術を、私は誰よりも愛しております。

 いつかまた、きっと、どこかで貴方の絵を見ることを楽しみにして、私は生きてゆきます。

 あの春の日、貴方が庭から取って来たカスミソウの花を髪に飾って貰った娘より 』


 短くはあったが、セシルが書いて欲しいと言った内容を満たした手紙だった。

 これならば、誰かに見られても差出人を特定することは難しいだろうし、ダンならばそれがエリンだと解る筈だ。

 ジャスティンは手紙を預かると、セシルを連れて伯爵邸を辞した。



 その晩、ジャスティンは考えていた。

(・・・身分差、と言うのは困難があるものなのだな)

 自分とセシルもそうだが、エリン伯爵令嬢とダンと言う画家。

 きっと世間には、こういった身分差がある恋愛はそれなりにあるのだろうと思う。


(今、俺がセシルと暮らしていられるのは、運が良いのかもしれない・・・いや、決意と行動と・・・自由にできる資産があるからだ)

 皇太子の座を譲っても、リヴェール公として領地を貰えた。領主としての館や収入もある。

 近頃、自分で様々な物を購入したりするようになって、金銭に対する認識が出来るようになった。だからこそ、現在それなりに裕福生活が送れるのは、その身分のおかげだと理解している。

(そう意味では、元皇太子でリヴェール公と言うのは良いものだ)


『ただのジャスティン』を望んでいながら、結局は今の地位を享受している。

 そんな矛盾に気付くことも無く、ジャスティンは満足そうに微笑むのだった。



 手頃な屋敷の目星も付き、内装などの注文も済ませたジャスティンは、王立図書館長の仕事もさっさと終わらせ、また領地へと戻る。

 馬車の中で隣に座るセシルの胸には、美しく銀色に輝く馬のペンダントがあった。


「銀だったようだな。輝きが鈍くなったら、また磨けば良いと職人が言っていた」

「ありがとうございます。これなら、いつも身に着けていられます」

 セシルは礼を言いながら、銀色の馬に触れた。

「いつも?・・・服によっては、着けられない時もあるんじゃないか?」


 銀色の馬は立体的で、写実的だ。

 それなりに存在感もあるので、アクセサリーとしては使い方が難しいかもしれない。


 けれどセシルは、にっこりと笑って答えた。

「胸の中に入れておけば、大丈夫です。ほら、こんな風に」


 立ち襟のドレスのボタンを上から3つ外し、セシルは胸の谷間の間にペンダントを押し込む。

 そして服を元通りにすると、そっと上から胸を押さえた。


「ああ・・・そうだな。だが・・・」

 ジャスティンは、ふと思いついたかのように笑みを浮かべた。

「ベッドの中でも、着けたままか?」


 銀のネックレスを着けた彼女の裸体を、様々なシチュエーションで想像しながら、彼はニヤリと笑って見せた。

 それに対して、セシルはふわりと笑みを返して答える。

「ジャスティン様の、お好みのままに」


 それはかつて養成所時代に教わった、現在の『盾の乙女』の台詞に他ならなかった。



 館に戻った翌日、ジャスティンとセシルは村長の家を訪れた。

 保護されている自殺未遂の若者、ダン・フレームという画家は、その家の2階に保護されていた。


 簡素だが清潔な部屋に案内されると、画家はぼんやりと座って、肖像画を眺めていた。おそらくずっと、救助されてから今まで、起きている間はそうやって時を過ごしていたのだろう。


「ダン・フレーム、手紙を預かって来た」

 ジャスティンは、素っ気ないような物言いで、エリンからの手紙を差し出す。

 画家はのろのろと動いて受け取り、封を開いて読み始めた。

「・・・・・・これ・・・これって・・・」

 ダンは、ジャスティンとセシルの顔を交互に見ながら、そっと呟く。

「ああ、そうだ。誰から、とは口に出来ないが、お前なら解るだろう。私たちは、この件の事はこれ以降忘れることにする。お前は、お前の人生を、しっかり考えると良いだろう」


 領主夫妻が部屋を出た後、若い画家は手紙を握り締めたままずっと動かずにいた。



 それから数十年後、王都で一人の画家が描いた絵が評判になる。

 見るだけでふわりと幸せな気分になるような、子どもが遊ぶ風景画。

 部屋に掛けるだけで、爽やかな空気が満ちてくるようなカスミソウの静物画。

 若々しく微笑む貴族女性や、そよ風に髪を靡かせて佇む中年の貴婦人の肖像画。


 画家ダン・フレームは、その作品と共に、長寿の画家として後世に名を遺すようになったのは、また別の話になる。



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